回想「ある男の嘆き」

「姉様!! しっかりしてください、ねえさまぁっ! どうして、こんな……わたしをかばって! どうしてっ!」

 男は目の前の景色を受け入れることができなかった。少女の腹部には大きな穴が空き、血まみれになっている。少女の妹は、ただ姉の傷を必死で押さえながら声をかけ続ける。

だが、流れ出る赤は、決して土を染めていくばかりだ。

「ミー……シャ? そこに、いるの? あの人も……いる?」

「いるっ! いるよ! 私も……アイツもちゃんといるからっ! だから!」

 少女の視線は定まっていない。おそらく、目が見えていないのだろう。だが、かろうじて妹の声は届いているようだった。

 男は駆け寄ろうと思った。すぐにでも、少女の体を抱え上げようと。

 だが、足が動かない。

 彼女の血に触れれば、冷たくなる肌に触れれば、無理やり全てを受け入れさせられる気がした。

「ごめん……ね? あしで……まとい、私……役に立てない、で。けっきょ、く……口、ばっか、で」

 少女の手が、何かを探すように動き回る。

 トンッと、背中を押される。

振り返ると、白髪混じりの大男が、一度だけ大きく頷いてみせた。

 男はようやく立ち尽くすのを止めた。少女の傍らに駆け寄り、すぐに手を握る。

「足手まとい……? ああ、本当に……お前は足手まといだ! それが嫌なら、こんなところで寝てんじゃねぇよ……眠るんじゃねぇ!」

「あ、あの……ね。わたし、嘘……ついてた、んだ。みんなに……ほんと、に……ごめん、な……さい……」

 男は少女の手が重たくなったのを感じた。まるで、地面に張り付こうとしているように、鉛になったように。

「なんだよ、お前……何言ってんだよ……わっかんねぇよ。お前の言うことは、いっつもわらねぇっ! なぁっ! 目を開けろよ、寝てんじゃねぇよっ!! なぁおい!」

 目を閉じた少女の顔を、男はゆっくりと覗き込む。

 ポタリと落ちる雫が一つ。それを見て始めて、男は自らの胸にこみ上げる感情を理解する。

「ステラーーーーーーーァァァァァァァッッ!!」

 咆哮はただ、虚空に響き、そして消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る