第7話

「おやめなさい! マーカス様がドラゴンを倒してくださらなかったら、どのような惨状が待っていたか! わたくし達は感謝をすべき立場ですよ」

「いいえ……いいえ、違います。リィン様、恐れながら、この男にリルムウッドを救おうなどという気はありません。ドラゴンの被害を抑えようと、魔法を乱用してローデリアとの関係が悪化すれば意味がないのです! それでは結局、この国を滅ぼすだけではありませんか!」

「そ、それは……」

 リィンはサヤに反論ができない。思わずチラッとマーカスの様子をうかがってしまう。すると、マーカスの口元が緩んでいることに気づく。

「笑って……いらっしゃるのですか?」

「クックック……そりゃ笑うさ。まったく……どこまでも茶番を続けるんだな」

 サヤの拳がマーカスの顔面をとらえる。だが、当たる寸前で止められてしまった。

「茶番だと? お前に笑う資格があるものかぁっ!! リィン様の……この国を憂う気持ちを!!」

 マーカスはサヤの拳を掴みながら、うなだれた様子を見せる。

「あのな……早とちりするなよ。茶番って言ったのはな、おチビのことなんだよ。お前、ちゃんと説明しなかったな?」

「説明……ですか? ドラゴンはミスリルに引きつけられる……エーテルの流れを辿っているというお話なら伺いましたが……」

 リィンは不思議そうな表情を浮かべる。

「ほほう。そりゃ随分と、大事な部分を端折ってるじゃねぇか」

「やめろ、それ以上は何も言うな!」

「そうだな、語る必要はねぇかもな。すぐにわかることだし」

「……っ!? どういう意味だ!」

 ミーシャは戸惑った表情でマーカスを見つめた。すると、彼はサヤの手を離し、ゆっくりと両腕を広げてみせる。

「今、ここにはドラゴンの死体がある。そして、周りには魔道灯。つまり、小さく加工されたミスリルだ。何が起こるのか……お前ならわかるだろ?」

「そんな……まさかっ!」

 マーカスの背後で、ドラゴンの躯は徐々に姿を消し、そして完全に消滅する。リィンとサヤ、カッツェは何が起こるのかと緊張した面持ちを浮かべていた。

 だが、何も起こらない。

「なんだ、勿体つけて……何も起こらないじゃ、ない……え?」

 市場を囲うように設置された魔道灯が、徐々に光を灯していく。ゆっくりとだが、全ての魔道灯がほんのりと赤く輝いていた。

「ど、どういうこと? 魔道灯は夜にしか灯らないようにしているはず……まさか、城に侵入者が?」

 普段、魔道灯を灯しているのは、城に設置されたミスリルから供給されるエーテルである。夜にだけ光を灯すようにコントロールされている魔道灯が昼間に灯る……それはありえないことだった。

「いえ、おかしいですよ。明かりが灯っているのはこの辺りだけ……通りの向こうは消えたままになっています。これは……これは何なの?」

 さらに魔道灯の明かりは強さを増していく。同時に色は赤から紫、そして紺碧へと変化していった。

「久しぶりに見たぜ……こりゃ、『碧き魔道の輝き〈ミスティック・ブルー〉』じゃねぇか。ミスリルがエーテルに満たされてるんだ」

「そんな……そんなはずはない! 魔道灯には必要以上のエーテルが送られないようになっているはず! それが、碧く輝くなんてこと……!」

 カッツェの言葉に、サヤが反論する。だがリィンの耳には届いていない。美しく輝く碧に目を奪われてしまっている。

「これが本来の、ミスリルの輝きなのですね……初めて見ました。ならば、今ここはエーテルで満たされているということでしょうか?」

 リィンはマーカスのほうへと振り向き、たしかめるように問いかけた。すると、彼はコクリと頷く。

「でも、どうして?」

「俺がドラゴンを殺したからだ」

「やめろ……」

 力なくミーシャが言う。だが、マーカスは言葉を続けた。

「ドラゴンの死体は形を残さない。死ねば、体は消えていく。だが、本当に消えるわけじゃない。別のものに変わってるだけだ」

「それ以上は……言うな。頼む、マーカス!」

 ミーシャは弱々しく懇願する。が、マーカスは聞き入れなかった。

「それが『エーテル』だ! ドラゴンの体を造っているもの。それこそがエーテルの正体なんだよ!!」

 魔道灯から放たれる碧い光に囲まれながら、マーカスは大いなる秘密を言い放つ。まるで、演劇の一幕のように仰々しく振る舞う彼は、とても清々しい笑顔を浮かべていた。

 だが、マーカスの言葉はカッツェとサヤ、そしてリィンにとって余りにも重たいものとなる。

 ミーシャは、歯を噛み締めながら、その場を後にした。

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