第4話

 バギィィィイィィィンンンッッ!!

 部屋に何かが飛び込んできた。巨大な黒い影。そして赤く光る瞳。ミーシャにとって、数年ぶりに目にするソレは、決して忘れることのない敵だった。

「……ど、ドラゴンッ!!」

 ビィィィギャアアアアアァァァァッッ!!

 最初に動いたのはマーカスである。すぐさま、腰の剣を抜き放ち、ドラゴンの口元を斬り裂く。怯んだドラゴンは、部屋に差し入れていた頭を抜き、飛び立っていく。

「あ、あわわわわわっっ!! い、いいい今のはっ!! 一体いいいぃぃ何だァァァ!!」

 叫び声を上げたのはガルヴォだ。だが、問いに答えるものはいない。代わりに、ミーシャがマーカスに向け怒声を放つ。

「……どういうことだ? これはどういうことだ、マーカス! ドラゴンは殺したと、言っていたじゃないないか! それがどうして……」

「ああ、殺したぜ。一匹は、な」

 ミーシャは顔を歪ませる。さらに言葉を続けようとした時、遮ったのはリィンの声だった。

「他にもドラゴンがいること、知っておられたのですか?」

「俺が見つけたのは二匹だ。同時に相手するのは骨が折れたがな。本当は探しに行きたかったが……ずっとここに呼びつけられてたんじゃ、仕方がなかったのさ。ま、どうせ襲ってくるのはわかってたし、疑念も晴れて一石二鳥だろ?」

「襲ってくるのがわかっておった、じゃと? それはどういう意味かね?」

 今度はグロノーツが問いかける。だが、マーカスは彼に背中を向けた。

「知りたきゃ、そこのおチビに聞きな。アンタらの知りたいことは、全部知ってるはずだからな。あとはお好きに」

 言い残すと、マーカスは部屋の外へと駆けていく。彼の背中をぼうっと見送った後、リィンはミーシャへと視線を向ける。その意味を把握し、ミーシャは口を開いた。

「……ドラゴンの生態や習性には不明な点が多い。どうして人を襲うのか、何を目的としているのか……しかし、一つだけ分かっていることがあります。それは、ドラゴン達が……ミスリルに引きつけられるという点です。どうやら、エーテルの流れを追いかけている節がある……らしいのです」

「そのような話、初めて聞きました。ローデリアは……それをずっと隠していたのですか?」

「隠していたわけではありません。確証がなかったために公表しなかったのです」

「もしきちんと知らせていれば、ずっと被害は少なかったのではありませんか? どうしてそのような……」

「知らせる? ドラゴンに襲われるからミスリルを放棄しろとでも? これは面白いことをおっしゃいますね。今、必死にリルムウッドのミスリルを守ろうとされているあなたが……よくもそんなことを!」

 ミーシャはリィンを睨みつける。あくまで他国のトップを相手にするという、先程までのうやうやしい態度は完全に消えていた。ただ、軽薄な言葉を口にする女に、侮蔑を込めた視線を送るだけである。鋭い眼光に気圧され、リィンは口を閉じるしかなかった。

「おいおいおいぃぃぃっ!! 何をくだらないこと話してんだよ! に、逃げないとっ! あんなバケモノがいるなんて……ボクは、ボクは死にたくないぞ! 逃げるぞぉぉ!!」

 情けない叫び声を上げたのはガルヴォだ。彼の言葉に反応して、監査団のメンバーはすぐに部屋から駆け出していった。ミーシャを除いては。

 呆気に取られていたリィンだったが、ハッと気を取り直す。

「グロノーツ、すぐに兵を出しましょう。ドラゴンを退治しなければ! 領内で野放しにするわけにはいきませんっ!」

「わかりました。すぐに命令を……」

「止めておきなさい。無駄に死人を増やすだけですよ。まともにドラゴンを見たこともない兵士が、対処できるわけがありません」

「ですが、放っておくわけには」

「ローデリアに応援を要請します。敵がドラゴンとあれば、すぐにでも兵を出してくれるでしょう。それまでは警戒と避難だけに力を注いでください」

「……英雄殿がそういう言うのなら、従うべきかと。女王陛下、よろしいですな?」

 ミーシャとグロノーツからの進言に、リィンはゆっくりと頷こうとした。その時。

「た、たたた大変ですぅ!!」

 部屋に飛び込んできたのはメイドのシエラであった。

「ば、ばばばバケモノがっ! 黒いバケモノがぁ!」

 震えながら叫んでいるシエラを見て、リィンはゆっくりと近づき、頭を撫でる。

「あなたも見てしまったのですね。大丈夫ですよ、シエラ。これから、ミーシャ様がローデリアに応援を……」

 だが、シエラの震えは止まらない。

「それじゃ、間に合いません! まちに……城下町を襲ってるんですっ!!」

「な、なんですって……!?」

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