第3話
エーテル監査団がリルムウッドを訪れてから、三日が経過した。
その間、話し合いは平行線をたどることになった。マーカスやリリィは、リルムウッド側の正当性を訴え、監査団側は疑義を述べる。そして今日もまた、水掛け論に終止する。
「結局、ドラゴンの遺体がないというのでは、どうにもなりませんな」
会議の場でため息混じりに核心を口にしたのは、グロノーツだった。
リルムウッドの王城内、長いテーブルを挟んで向き合うのは、リルムウッド側の代表四名とエーテル監査団の代表が五名。
リルムウッド側はリィン王女、グロノーツとその補佐官、そしてマーカスである。
「何を言ってる! それこそ、貴様達が嘘をついてる証拠じゃないかっ!! さっさと非を認めたらどうだ!!」
会議が前に進まない一つの理由は、同席しているガルヴォの存在があった。こうして、事あるごとに声を荒げる彼の姿に、ミーシャも含めて会議参加者は辟易していた。
「あのな……何度すればわかるんだよ。いいか? ドラゴンは死んじまうと、死体はすぐに分解しちまうんだよ。サァっと消えちまうのさ。だから、死体なんて見つかるわけないんだよ、わかったか?」
「だから、それを言い訳にして……」
「しばらく黙ってなさい、ガルヴォ監査官!!」
このやり取りを見るのは、すでに十三回目である。リィンの顔には疲れの色がハッキリと映る。国の命運がかかっている議論が、三日の続いていながら、まるで解決の糸口がつかめないからだ。
「あの……エルメロード様は、どうすれば納得をしていただけるのでしょうか? ドラゴンの体を見つけることは不可能なのですよね……こちらにできることがあれば、いくらでもご協力するつもりです。他に何か、ワタクシ達に罪がないという証明する方法はありませんか?」
「罪がないという証拠、ですか。これは困りましたね。罪がある、という証拠なら、見つけられそうなのですが?」
ミーシャはちらりとマーカスのほうを見る。当の本人は飽き飽きしたという顔で、大きな欠伸をしてみせた。
「そんな……では、どうすれば……」
「罪を認めればいいんだよっ! そもそも、そこにいる『ドラゴンを殺した』とのたまう男は……そうだ! ドラゴンを殺しただって? 馬鹿げた……なんてバカげた話なんだっ! いいかぁ? ドラゴンってのはな、軍隊で倒すもんなんだよっ! それを……たった一人で倒したぁ? そんな嘘、通ると思ってるのかぁ? あっはっはははは!」
ガルヴォは高笑いを始めた。同時に、監査団側の人間達は色めき立つ。ローデリアの出身者にとって、ドラゴンは恐怖の実感を伴う対象。実態を知るからこそ、相手の言い分のバカバカしさに気付いたのだ。
だが、ミーシャだけは深いため息をついた。
「まったく……マーカスのおかげで話がややこしくなるっ!」
奥歯を噛みしめるように囁いた。
マーカスならドラゴンを単独で屠ることができる。それをミーシャは理解している。だが、「彼には一人でドラゴンを倒す力がある」などと口が裂けても言えない。マーカスの正体を明かすようなものだ。それはリィンやグロノーツにとっても同じである。
「それができるんだよ。証明してやってもいいぞ?」
「証明? 証明だって! どうやって? 居もしないドラゴンと戦ってみせるのか? これは見物だっ!! 諸君、この男はドラゴンを倒す小芝居を披露するらしいぞ?」
監査団のメンツはケラケラと笑ってみせる。同時に、ミーシャの顔には、ますます深い影が差す。グロノーツもうなだれるばかりだ。
「マーカス様、証明するというのはどのように?」
一人だけ、マーカスの言葉を真に受けた人間がいた。リィンである。それはマーカスを信頼しての言葉だったのか、あるいはただ縋るものが欲しかっただけなのか……とにかく、リィンは彼に問いかけた。
「なあ、お姫さん。この城にはアレがあるだろ?」
「アレ?」
「エーテルを吸収し、魔力に変換するもの。この街全体に魔力を供給してる……巨大な〈ミスリル〉だよ!」
「も、もちろんです。ローデリアから貸与されているものですが……」
二人のやりとりにガルヴォが横槍を入れる。
「貴様はバカか! 今、ボク達が話しているのは、そのミスリルを引き上げるって話なんだぞ! そんなこともわからずに、ここにいるのか?」
再びケラケラと笑い声が上がった。だが、マーカスは気に留めることなく話を続ける。
「なら問題はないぜ。いや、正確には時間だけが問題だった。タイミングまでは俺にもわからなかったからな。おかげで、三日も不毛な話し合いに付き合うことになっちまったが……まあ、三日で済んだと考えておくぜ」
「マーカス様、一体何を……?」
「ずっと不思議だったんだよ、あのメイド女の反応。俺がドラゴンを倒したのを見たのに、『エーテルを使うな!』ってな。なぁ、ミーシャ……この二年間、ずっと隠してたんだな? 隠し通してきたんだろ、ローデリアは!」
長い会議に疲れ、俯いていたミーシャだったが、マーカスの言葉で視線を上げる。
「隠す? いきなり何の話……だ?」
返答するミーシャだが、マーカスの姿を見て、言葉が弱くなった。彼の目は、自分を見ていなかったからだ。
「マーカス、お前何を見て……」
窓がある。マーカスの視線の先に、大きな窓があることに気づいたミーシャ。だから、彼女自身も窓の外を覗き込もうとした。だが……。
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