第2話

「ここにいるんだろう? ボクは見たんだからなっ! おい、出てこいよ!!」

 宿の一階に設置されている酒場で大声を上げる一人の青年。キノコのような髪型をした男――ガルヴォは、宿泊部屋のある階段を登ろうとする。

「誰も通すなと命令を受けています。お通しすることはできません!」

「ふざけるなよっ! 貧乏国の下っ端兵士ごときが、ボクの道を塞ぐな!! ボクにケガでもさせたら、お前……一族もろとも死刑だぞ、シケイだ!」

 リルムウッドの護衛兵が、ガルヴォを止めようとするが、脅迫めいた言葉に怯んでしまう。

「おいおい、何の騒ぎだよ……おっ?」

「あああああ、ききききさきさ……キサマァァァァッッ!!!」

 ガルヴォは兵士を払い除け、一気に階段を駆け上がる。

「見つけたぞっ! やっぱりここにいたな……ハハハハハハッ! よくも……よくも!」

「誰だ、お前?」

「わ……忘れたとは言わせないぞっ! ボクの高貴なる顔を殴って……あまつさえ、つつ剣まで向けやがってっ!!」

「冗談だよ、そんな怒るな。お前のそのキノコ頭っ! そう簡単に忘れられるもんじゃねぇよ。生まれてこの方、そこまで笑えるヘアスタイルは見たことがねぇよ、キノコ君」

 マーカスの言葉に激高するガルヴォ。顔を赤く染め上げると、まるで毒キノコのような風貌に拍車がかかる。

「何の騒ぎかな、これは。説明してもらおうか、ガルヴォ監察官」

 マーカスの後ろから姿を見せたミーシャを見て、ガルヴォはギョッとした。

「え、エルメロード統括官っ! どうしてここに」

「私がどこにいようと、君には関係ないと思うが? で、何を騒いでいるのかと聞いているんだが?」

 凄むミーシャにたじろぐガルヴォ。だが、すぐに気を取り直して、マーカスを指差した。

「こ、この男ですっ! この男がエーテル監査団を侮辱し、ボクを殴ったんです。その上、『この国はローデリアの思い通りにはならない』とまで言い放って……こいつを捕まえて、死刑にしましょう! もちろん、この国にも然るべき制裁を!!」

 ガルヴォの声はよく通る。おかげで、宿にいたリルムウッドの人間は、ざわめき始めた。

「今のは本当か、マーカス」

「ん? えーっと、殴ったところまでは本当だな。高貴な顔だとはまったく思わないが。あとはデタラメだ。お前、こいつの話を聞いて、ここまで来たのか? ご苦労なことだな」

「殴った理由は?」

「こいつがあんまりウザいんでな、つい手が出ちまった。いや、俺も無意識に人を殴ったのは初めてで……びっくりしちまったぜ」

 ミーシャの質問に、マーカスはあっけらかんと答える。その様子を見て、ガルヴォはますます腹を立てる。

「貴様ぁぁ! よくもヌケヌケと!! エルメロード統括官! こいつを今すぐ、処刑してください! 処刑を、ショケイを!」

「残念だが、それはできないな。彼は、リルムウッドの客分だ。それをこちらの一方的な裁量だけで処刑などできない。すれば、外交問題に発展するぞ」

「構うもんかっ! こんな小さくてみすぼらしい国なんて、我らが栄光なるローデリアの前では、泣きべそかいて許しを乞うだろうよ!!」

 ギロリっ!

「ひぃっっ!」

 ミーシャはガルヴォに冷たい眼差しを向ける。あまりにも鋭い視線に、彼は怯えた声を上げた。

「黙りなさい。私はあなたの上官だぞ? そしてここはローデリアではない……命が惜しければ口を慎むことだ。でなければ、君の言う『みすぼらしい国』に骨を埋めることになるぞ」

 そう言うと、ミーシャは階下へと視線を向けた。釣られてガルヴォも、下の階へと目を向ける。そこには、怒りの表情を浮かべる人々の姿があった。さぁっと顔が青ざめるガルヴォ。

「なんだ、なんだってんだ! お……お前は……何でコイツらの味方するんだっ!?」

 ガルヴォは震えながら、ミーシャを指差した。

「ああ、そうか……お前もみすぼらしい生まれだったもんな! 何がエルメロードだ! 下民の腹から生まれた女が偉そうに……」

 ドンッッ!!

 拳で壁を砕いたのはマーカスだった。木製の壁には、大きな穴が空く。

「いい加減にしろよ、キノコ!! それ以上言うなら、今度こそ息の根を……」

 ガルヴォに詰め寄ろうとするマーカスだが、ミーシャがそれを止める。

「おい! こんなヤツ、庇う理由は……」

「ガルヴォ監察官。君が私のことをどう言おうと構わない。母が貴族ではないのは事実だし、不満があるというならいいだろう。だがな、上官の言葉に従えないなら、君はここにいられないぞ? その場合、正規の兵役を負うことになるが、それで構わないのかな?」

「……っ! そ、それは……く、くそっ!!」

 ガルヴォは怒りと恐怖が同居したような、複雑な表情で顔をしわくちゃにさせた。そして、捨て台詞も言わずに、階段を駆け下りて宿から出ていった。マーカスは、その様子を訝しげに眺めていた。

「なんだ、ありゃ?」

「ローデリアの兵役は過酷よ。あなたも知ってるでしょ? ドラゴンと戦う機会はなくなっても、そこは変わらないままだわ。下級貴族の子息は、兵役の義務を免れない……だから、代わりに放り込まれるわけ。エーテル監視団なんて名ばかりで、抱えているのはああいう世間知らずばかりだわ。おかげで仕事はやりやすいけれどね」

「……前言撤回だ。お前、変わったな。昔なら、あのキノコは身動きが取れなくなってたろうぜ」

「変わるわよ。変わらなくちゃ……いけなかったのよ」

 パンッ!

 大きく手を叩くと、ミーシャは声を張り上げた。

「私の部下がお騒がせいたしました! お詫びというわけではありませんが、皆さんに一杯奢らせていただきたい!」

 ミーシャの声に、酒場は大いに盛り上がる。ミーシャはニッコリと笑いながら階段を降ると、支払いだけをして立ち去っていく。

「ほんと、ずいぶんと愛想笑い上手くなったもんだ」

 ボヤキながら、マーカスも自分の部屋に帰っていった。

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