第五章「竜を討つ剣士と真実に触れる娘」

第1話

 マーカスの登場により、完全に場が荒れてしまったため、話し合いは後日という形になった。

 ミーシャ=エルメロード率いる監察団は、城下町に宿を取り、一夜を過ごすこととなる。そして、マーカスの部屋には今、ミーシャが訪れていた。

「まさか、お前がエルメロードの家名を継いでるとは思わなかったぞ」

「よく言うわ。私の顔を見るまで、すっかり忘れていたじゃない。物覚えが悪いのは相変わらずなのね」

「お前の口の悪さも相変わらずだな、おチビさん。いや、一部は立派に育ったが」

 マーカスは視線をミーシャの胸元に向ける。すると、彼女はソレを隠すように、腕を組む。

「まだ言うかっ! いや、そんなことよりも! どうしてあなたがこんなところにいるのよ。今までどこにいたわけ?」

「どこって……どこかだよ」

「何、その曖昧な答え……私のこと、バカにしてるわけ?」

 キッと睨みつけるミーシャ。だが、マーカスは両手を上げ、首を横に振る。

「おちょくることはあっても、バカにすることはねぇ。俺は、お前ら三人だけは信頼してんだよ。そこは変わらねぇ……本当にわからないんだよ。逃げるのに必死だったからな。あれからどのくらい経ったのかも、イマイチわからないくらいだ」

「二年だよ、二年経った。あなたが死罪を言い渡されてから」

「そうか……随分と逃げ回ってたもんだ」

 二人はお互いを見つめながら、しばらく沈黙する。だが、マーカスは重苦しい空気に耐えられず、頭を掻き始める。

「つーか、何でお前、いきなり襲ってきたわけ? おチビが相手でも、ナイフで刺されりゃ、死んじまうぞ、俺は」

「刺されたら、でしょ? あなたが私なんかに刺されるはずないじゃない。これでも、エルメロード家の次期当主で、ローデリアに忠誠を誓う身だもの。大罪人マーカスを前にすれば、処分しようとするのは当然でしょ」

「言ってることが矛盾してるぞ、おチビさん」

「それが私の現状ってことよ。察しなさい、このバカ」

 マーカスがクスクスと笑い出す。すると、釣られるようにミーシャも笑顔になった。懐かしい気分が湧き上がり、自然と表情が緩んでしまう。だが、マーカスはすぐに口を閉じる。ミーシャの鋭い視線に気付いたからだ。

「で、一体どういうつもりなの?」

「どういうつもり? 曖昧すぎて、何が聞きたいのかがわからん」

「アンタ、助けに入ったでしょ。あの女王様を。ずいぶんとお人好しになったこと」

「言っただろ? ラブレターをもらったんだよ。んで、据え膳食わずはなんとやら……」

 ブンッ! ゴトンッッ!!

 ミーシャは持っていたカップを投げつけた。中身は入っておらず、乾いた音だけが壁を叩く。

「ふざけないで! あなたは大罪人なのよ? 百回死んだって、千回殺されたって、誰も許してはくれない存在だわ。それが、こんなところでブラブラと油売って……あまつさえ、ラブレターですって? いいわ、そんなに死にたいなら、ここで私が始末してあげるっ!!」

 ミーシャは懐からナイフを抜く。マーカス目掛けて飛びかかるが、あえなく腕を掴まれる。

「……お前こそ、一体何をやってるんだよ」

「アンタを殺してやるのよ!」

「そっちじゃねぇよ。エーテル審査団? だか、監査団だか? はっ!! そんなもん、意味がねぇことくらいわかってるだろうが。あの壁の内側は、何も変わっちゃいないんだろ?」

 問いかけに、ミーシャは返事をしない。マーカスはそれを肯定と受け取る。

「なら、お前は単なる道化じゃねぇか。どんだけ頑張ろうが、何も変わらねえ」

「そんなこと、わかってるわよっ!!」

 ミーシャはマーカスの腕を払いのけると、そのまま背を向けた。手に持ったナイフをゆっくりと懐へとしまう。

「意味のないことでも、私にとっての意義はあるわ。いい? 私はね、継いだのよ……エルメロードの名を。何もなかった私が手に入れたの、居場所をね! なのに、どうして邪魔をするの? どうして……どうしてアンタが生きて、私の前に現れるのよ!」

「……ステラが今のお前を見たら、どんな顔をするかな?」

「もういない人のことなんか、どうだっていいじゃない……」

 沈黙。

 マーカスもミーシャも、しばらく何も言わなかった。お互いの顔を見ることもない。部屋を照らすロウソクの火だけが、ゆらゆらと揺れる。その度に、二人の影はぐにゃりと曲がり、不気味な形を刻んでみせた。

 だが、しばらくすると、マーカスのほうが口を開く。

「はぁ……あのお姫様を助けたつもりはねぇ。俺はただ、寝覚めが悪いのはイヤだっただけだよ」

「攻勢魔法を使ったのは、あなただったから?」

「信じてくれるんだな?」

「ローデリアの外にいる魔術師なんて数が知れてるわ。この国に、攻勢魔法を発動できるほどの使い手も、ミスリル兵装もあるとは思えないし……そこにアンタの姿があれば、よほどのバカでもない限り、そういう結論に至るわよ」

「そうだ。あれは俺の魔法だ。ドラゴンを殺すために使ったんだよ」

「はぁ? ドラゴンですって? アンタ、この期に及んでまた、そんな馬鹿げた嘘を……」

「嘘じゃねぇよ」

 ミーシャは呆れた調子で言葉を口にした。だが、すぐにマーカスに打ち消される。それは、言葉を遮られたからではない。彼の視線が、ミーシャに疑念の言葉を飲み込ませた。

「俺は、お前ら三人にだけは嘘をつかねぇ。お前とステラと……あのオッサンにだけは。これは、俺の数少ない矜持だ」

 ミーシャはマーカスの真剣な表情に、驚いてしまう。同時に、顔を真っ赤に染めながら、視線をそらした。

「た、たしかに……私達が竜王を滅ぼしてからも、ドラゴンの目撃情報がなかったわけじゃないわ。でもそれは……あれの根城があったローデリア北方の話で、こんな離れた場所に現れるなんて……いえ、沿岸を通っていけば、誰にも見られずにたどり着く可能性も?」

「まぁ、信じるかどうかはお前次第だ。ただ、俺はたしかにドラゴンと戦った……あっ」

 マーカスは突如、素っ頓狂な声を上げてみせた。それを聞いて、ミーシャはじとっとした視線を向ける。

「なに? まだ何かあるの?」

「いや、何でもねぇ。何の問題もなぇよ」

「アンタがそういう言い方をする時って、大体何もないことないわ。ほら、言いなさい」

「いや、だからな。何でもないって……」

 ガランッッ!! バッシャーーーーン!!

 ミーシャがマーカスを問い詰めようとした時、宿の階下で大きな音と喚き声が聞こえてきた。

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