第3話
「話はこちらで致しますゆえ、リィン様はただ玉座に座っていてくださいませ」
「しかし……」
グロノーツの言葉に、リィンは反論しようとする。
「しかし、ではありませぬ。相手はエーテル監察団の南方統括を任される者。一歩間違えれば、本当にこの国は窮地に陥ることになるのです。ご自覚ください」
「……わかりました」
リィンは渋々、グロノートの言葉を受け入れた。
すると、リィンが座る玉座の正面の扉がゆっくりと開いていく。そして、歩いてくる人影が一つ。綺麗な翡翠色の短髪と小さなメガネをかけた少女は、浅葱色を基調とした服を纏っている。その右胸には、金色の刺繍で描かれた「砂時計」の紋章――エーテル監査団のエンブレムが見えた。
少女はリィンの前まで来ると、ゆっくり跪く。
「お初にお目にかかります、リルムウッドの女王陛下。私はローデリア国エーテル監察団南方統括を務めますエルメロードと申します。以後お見知りおきを」
「ほほう、エルメロードと言えば、ローデリアの名家ではありませぬか。その御息女がエーテル監察団を束ねているとは……少々驚きましたな!」
少女の挨拶に反応したのはリィンではなく、グロノーツだった。大げさに驚いてみせたが、それが真性のものだと信じるものはいない。
だが、少女はゆっくりと立ち上がり、彼の言葉に返事をする。
「いえいえ、エルメロードの人間ではありますが、私には少々重たい名。できることなら、今すぐにでも返上したいくらいです」
「謙遜されますな。あなたほどの優秀な……」
「失礼ながら、世間話をするために足を運んだのではありませんよ、ご老体」
「……うむ」
話を遮られ、言葉を飲み込むグロノーツ。それだけの凄みが、少女の言葉に込められていた。
「さて、女王陛下。私がここを訪れた理由は一つきり。エーテル監察団統括を任される身として、リルムウッド国がエーテル無断利用をしていると疑念を抱いています」
「かようなこと、あろうはずがない。ローデリアの定めた法に逆らって、我らに何の得があろうか」
「あなた方に得があるかないか……そんなことは知りません。私はただ、無断利用があるのなら、確かめなければいけないと考えているだけです」
エルメロードはゆっくりと語る。言葉こそ丁寧だが、そこには感情が感じられない。見つめられるリィンは、静かに息を飲み込んだ。
「何ゆえ我らにそのような嫌疑をかけられるのでしょう?」
「報告が上がっているからです。担当の監査官、ガルヴォ=デリバーサムに暴力を振るったそうですね。『殺す』と、脅迫をされたと言っていますが、本当でしょうか?」
「それは、誤解ですな。ガルヴォ監査官を殴った者はたまたま城を訪れていた人間であって、我らに直接関わりのある人間ではありませぬ」
「それは本当ですか?」
「もちろんで……」
「あなたに聞いているのですよ、女王陛下!」
エルメロードは急に声を張り上げた。彼女は先ほどからずっと、リィンだけを見つめている。そして今、その瞳はさらに力強さを増していた。
「この国の行く先を変えるかもしれない、大切なお話なのですよ、女王陛下。いつまで、家臣にだけ口を開かせるおつもりですか。ぜひ、あなたのお言葉をお聞かせ願いたい、リィン=リーシア=リルムウッド陛下」
ツーっと冷や汗が垂れてくる。声のトーンは抑えられたものになっていても、そこに込められた気迫は、リィンにも充分に伝わっていた。いや、リィンだけではない。そこにいるもの全てが、場の空気が変わっていくのを実感していた。
「……はい。ガルヴォ監査官を脅した者は、この国の人間ではありません」
「なるほど、わかりました。では、質問を変えましょう」
エルメロードが納得するのを見て、リィンは一瞬だけだが、胸を撫で下ろした。
「では、エーテルの無断使用もしていない、と?」
「もちろんです。ワタクシ達はローデリアとの約束を……」
「嘘をつかないでいただきたいっ!」
ゾクリ。
一瞬緩んだ気持ちが、一気に緊張へと向かう。
「嘘をつくな……ですか。ワタクシの言葉に偽りがある、と?」
「その通りです。先ほど、この街に到着するなり、私は目にしました。城の上に輝く稲光を。あれは一体何だったのですか?」
稲光と聞いて、リィンはすぐに察した。それがマーカスの放った魔法であったことを。だが、素直に真実を語る訳にはいかない。言葉に詰まるリィンを見て、グロノーツが再度口を開く。
「それは、この土地特有のものでして。海辺の街では、時折一本だけ雷が落ちることがある。まさか、この城に当たっていたとは驚きましたが……」
「何度言わせれば気が済むのかな……私は女王陛下と話をしている、と。ですが、いいでしょう。単に、雷が落ちただけだというのなら、信じることにします」
エルメロードの言葉に、謁見の間にいた他の者全てが安堵する。いや、一人だけ……エルメロードの視線の先にいた、リィンだけは別だ。表情には笑みがあるにもかかわらず、深い蒼を讃える瞳には、まったく安らぎを見出すことはできなかった。
「ですが、当然のことながら、説明していただけるのでしょうね? 『なぜ天空へと雷が落ちていくのか』について」
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