第2話

 城を出たマーカスは、大通りを下っていく。そのまま真っ直ぐに進めば寝床にしている宿にはすぐに着く。魔道灯がわずかに光る道をゆっくりと歩いていると、正面からトボトボと歩いてくる人の姿。それはマーカスに気が付くと、駆け寄ってきた……が、途中で蹴躓いてバランスを崩す。

「あ、あわっあわわわわっっ!!」

 ドカンッ!

 勢いそのまま、マーカスに激突してしまう。だが、彼はその程度で倒れることはなかった。

「あわわわっ! す、すすすすみません! すみませんん!」

「おいおい、またお前かよ……何なんだ、一体」

 シエラの姿を確認して、マーカスは呆れたように言う。

「ご無事でいらしんたんですね! よかったですぅ! あのまま、でっかい鳥さんに食べられちゃったのかと思いましたよ!」

「鳥じゃねぇ。ありゃドラゴンだ、ド・ラ・ゴ・ン」

「あ、あれがドラゴンなんですか。とっても怖かったです……助けてくださって、ありがとうございました!」

 シエラの驚きに満ちた表情は、泣きそうな顔になり、すぐに微笑みに変わった。コロコロと切り替わる相手の様子に、マーカスは一瞬戸惑いを覚える。だが、すぐに目的を思い出した。

「別にお前を助けたわけじゃねぇよ。俺は宿に帰るんだから、邪魔しないでくれ」

「ちょ、ちょっと待ってください! あの、これ……」

 シエラが差し出したのは、一つの書簡である。筒状に丸められた羊皮紙は蝋で止められていて、そこにはリルムウッド王家の紋章が刻まれている。

「あなたへ届けるのが、私のお仕事でした。ですから、受け取ってください。読んでください! それでは、私はお城に帰ります!」

 書簡をマーカスに渡すと、シエラはペコリと頭を下げ、そのまま駆け出していった。強引に渡された手紙を見つめるマーカス。

「手紙も何も、さっき会ったばっかりなんだけどな」

 シエラが持っていたということは、この手紙が書かれたのは、それ以前の出来事。だが、リィンはマーカスと顔を合わせても、何も口にしなかった。立ち去る彼を止めることさえしなかったのだ。

「読む意味ねぇだろ」

 投げ捨てようとした……が、どういうわけか、中身が気になってしまう。意味はないと思いつつ、読まずに気がかりを残すというのも、マーカスにとって望むところではなかった。たとえ、読んで無駄な時間を過ごしたと後悔するとしても、知らないままモヤモヤとした気分で過ごすよりはマシだと感じる。

 すぐ近くにあった明るい魔道灯の下まで行くと、マーカスは腰のベルトから短剣を取り出す。そして封蝋に刃を当て、ゆっくりと剥がした。

「はてさて、お姫さまはどんなお説教を……」

『マーカス様へ まずは先日のご無礼をお詫び申し上げます。知り合ってより日が浅い貴方に、あのような言葉を口にしたこと、どうぞお許しくださいませ。ワタクシの未熟さや至らなさを指摘され、つい感情的になってしまいました。貴方がワタクシを侮るのも蔑むのも仕方のないこと。国を背負う力など、ワタクシにはございません。だからこそ、お力をお借りしたのです。どうか、今一度お会いしていただけないでしょうか』

 やはり、マーカスは手紙を読んだことを後悔した。しかし、目を通す前に予想したものとは違う。ガッカリしたから悔やんだのではない。

 面倒なことに首を突っ込もうと考えている自分がいるからである。

「これならいっそ、罵られたほうが百倍マシだってーの!」

 手にした書簡を握りながら、マーカスは来た道を戻っていった。

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