第8話
「いきますよ、いち、にの……さん!!」
サヤはリィンの手を引きながら、走り出す。その力に任せて、リィンも体を起こし、力強く駆け出した。
だが彼女の好奇心は、サヤの言葉では抑えきれなかった。一瞬だけ、リィンは顔を上げて、目を開いてしまう。サヤが見つめていた窓の外。
血のように真っ赤な瞳。
ギロリと部屋の中を見回す巨大な目玉に、リィンは言いようのない恐怖がこみ上げてくるのを感じる。
「きゃああぁぁぁぁあああぁぁッ!!!」
だから、悲鳴は生理的な反応だった。しかし、同時に致命的でもあった。
ギヤオオオオオオオォォォォッッ!!!
竜は咆哮とともに、口に炎を溜め込んでいく。ブレスとして部屋の中へと吐き出すために。
「天を拒み地を拒み、幸いも災いも、全てを拒む壁となれ! 〈リジェクション〉!」
竜が炎を吹き入れると同時に、マーカスは窓に向かって駆け出していた。彼の前には光の防壁が生まれ、炎のブレスを窓の外に留めている。すると、行き場を失った炎は、逆に竜自身の体を包み込む。
驚きのあまり、ブレスを止め、空へと逃げ出す竜。それを見て、マーカスは一度大きく息を吐いた。
「な、何なのですか……今のは! あの、赤い眼の……」
「あぁ? 竜だよ、リュウ! ドラゴンってヤツだよ。やっぱり、ここの連中は見るのも初めてなのか。それでよく、俺に『国を救ってくれ』なんて言えたもんだ。俺が何をしてきたのか、全くわかってねぇ癖によ」
マーカスはリィン達に向かって嫌味を口にする。だが、リィンには聞いている余裕がない。初めて目にした竜への恐怖で、体も心も震え上がってしまっている。
「貴様が連れてきたのか、アレは! どうしてそんなことを!」
「俺のせいじゃねぇよ。街の外で始末するつもりだったんだがな。思いのほか活きが良かったらしいな。それか、俺の腕がなまってたか……ま、それはねぇか」
マーカスはニヤリと笑う。サヤにはそれが、ふざけているようにしか見えなかった。しかし、次の瞬間には、マーカスの表情が一変する。
「とにかく、さっさと終わらせねぇとな」
マーカスは自分が入ってきた窓から体を乗り出した。屋根に向かって這い上がっていき、ゆっくりとバランスを整える。
リィンとサヤは、寝室から離れ、マーカスの姿が確認できる場所へと移動した。
屋根の上に立つマーカスは、剣を握り直し、静かに構える。視線の先には、満月が見える。だが、そこに小さな影が浮かんでいた。それは、ゆっくりと大きくなっていく。
「そうだ、来い! 腹が立ってるんだろ、頭に来てるんだろ? ここにいるぜ、お前が殺したい相手が、ここに!」
竜の影はどんどん大きくなり、マーカスへと襲いかかる。次の瞬間、マーカスの剣芯が赤く輝き出す。
「裁きの時は来た! 天空より落ちし物、我が剣に宿れ! 〈蒼雷穿(そうらいが)!!!〉」
虚空へと放たれる突き。何物にも触れない空振りの突きは、しかしその剣先から一筋の雷撃を撃ち出した。
マーカスに向かって滑空してきた竜は、彼の放つ刺突と雷撃をほぼ同時に受ける。そして、頭から尾までを雷槌で貫かれ、そのまま地面へと落ちていく。
「ワイバーン級にしては……楽勝だったな。ま、俺の強さなら当然か」
「キサマ……貴様というヤツは本当に、なんということをしてくれるんだ!」
竜を倒す瞬間を目撃していたサヤが、窓から身を乗り出すように叫んでいる。
「だから、アイツがここに飛んできたのは、俺のせいじゃねぇって……」
「そうじゃない! 貴様、よりによって攻勢魔法を使ったなっ! それは、それはなぁ! 大量に消費するんだぞ、エーテルをっ!! こんなことを知られたら、本当にこの国は!」
マーカスはサヤの言葉を聞いても、まるで意味がわからないという表情を浮かべた。
「問題ねぇだろ。きちんと考えて、マイナスにならない程度にしたんだ。相手がワイバーン級なら、釣りが来るくらいだって」
「マーカス様、あなたは本当に、この国を救ってくださる方なのですか?」
「誰がそんなこと言ったんだよ。俺はこんな国、滅びようが何しようが知ったことじゃねぇんだからな」
リィンの問いに、マーカスは冷たく答える。
「……そんな」
「リィン様……」
サヤは目に涙を浮かべるリィンに、かける言葉が見つからなかった。だからこそ、もう一度マーカスを怒鳴りつけようとする……が。
「おや? なんかお客さんみたいだぜ?」
マーカスの言葉に、サヤは視線を城下街のほうへと落とす。
城の入り口から伸びる一本道を歩いてくる集団がいる。整然と並んで歩く姿から、単なる野次馬や暴徒でないことはすぐにわかった。掲げられた旗の印に、サヤは言葉を失う。
「あれは……あれは、エーテル監視団の……?」
サヤは、隣から暗い声が聞こえ驚いてしまう。なぜなら、これほど抑揚のないリィンの声を初めて耳にしたからだ。
「よりによって、このタイミングでっ……!」
サヤは歯を食いしばりながら、悔しさが滲む声で呟く。
だが、そんな二人をよそに、マーカスは静かに空を眺めていた。満月が淡く照らす夜空には、数え切れないほどの星が輝いている。
「いい夜だ。あの日と同じ……綺麗な空だ」
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