第7話
「いつ見ても、リィン様の黄金の髪は美しいですわ」
サヤはゆっくりと、リィンの髪に櫛を通している。
ロウソクの火がゆらゆらと揺れるのは、リィンの寝室である。鏡に映る彼女の姿を確かめながら、サヤはゆっくりと髪をとかしていく。眠る前にこうして主人の髪の手入れをするのが、日課になっていた。
リィンはといえば、小さなロウソクの明かりを頼りに、持っている本に目を通しつつ、サヤとの会話に応じる。
「そんなことないわ。私はサヤの黒い髪も素敵だと思うわ。まるで黒真珠のように深みがあって、日の光が当たるとキラキラ光って見えるもの。まるで本物の宝石みたいだわ」
リィンのニッコリとした笑顔からは、彼女の言葉が本心からのものだとわかる。だからこそ、サヤは首を横に振った。
「これは、私にとって恥でございます。それでも、リィン様が私をそばに置いてくださった恩情には、この命で応えさせていただきます。何があろうと、最後までお仕えしますわ」
「そんな……サヤは私にとって、姉のような人だもの。命で答えるとか仕えるとか、寂しいことは言わないで」
その言葉に、静かに微笑むサヤ。だが心の中では、ガッツポーズを取り続けている。
リィン様が私をこんなに思ってくださるなんて……幸せで死んでしまいそう、と。
「では、姉としてアドバイスさせていただきます。あのマーカスという男とは、関わらないようにしてください。ああいう手合いは、間違いなく不幸をもたらします」
「なっ……! どうしてここでマーカス様の話になるのですか!?」
「いいですか、あの男はロクでもない人間です。自分勝手でワガママで、何でも暴力で解決しようとする乱暴者! こちらが下手に出れば、何もかもを持っていってしまいます。雷のようにパッと現れて、パッと消えてしまう……要するに人でなしなのです!!」
「……そうだとしても、この国の力になっていただけるなら……」
「リィン様の、この国を想う気持ちは理解しているつもりです。しかし……うん?」
サヤは急に話を止める。同時に、髪をとかしていた櫛も動かなくなった。それに気付いたリィン。
「どうしたのサヤ、何かあった?」
「しぃ……お静かに。今、何かおかしな音が聞こえたような……」
二人は耳を澄ます。最初は何も聞こえず、サヤは自分の空耳かとも考えた。だが、次の瞬間、微かに聞こえてきたのは、まるで獣の叫び声のような音。それも、少しずつ大きくなっていく。
「これ、どこから?」
あまりに不思議だった。なぜなら、リィンの寝室は城の五階部分。夜だろうと、城門の警備が緩むことはない。仮に何かが入り込んできたとしても、それは真っ先に、リィンの元へ報告されるはずだからだ。
「これは……これは、城の中ではありません!」
「うおおおおぉぉぉぉぉぉおおおぉおっっ!!!」
バリィィィィンン!!
窓が割れる。何かが部屋の中に入ってきた。
サヤは咄嗟にリィンを庇い、自らが前に出る形で構える。
「……ッ! クソが! あのヤロウ、散々振り回しやがって……ん?」
マーカスがゆっくりと周りに目を向ける。薄暗くてよくわからないが、何やら大きな本棚が二つあり、中にはぎっしりと本が詰まっている。一瞬、書庫かなにかかと思ったが、すぐに違うことに気づいた。なぜなら、見覚えのある顔が二つ、目に映ったからだ。一方は驚いてキョトンとした表情を浮かべていた。そしてもう一方は、焦りを浮かべていた……が、彼の姿を見て、今度は顔を真っ赤にする。
「き、貴様! きさま、ここだかわかっているのか!」
サヤの言葉が何を意味しているのか。マーカスは考えなかった。ただ、その問いの答えにはすぐにたどり着く。
「ここはお姫さんの部屋か。よく似合ってるぜ、その服」
言われて、リィンは自分の格好を確かめる。白いレースで編まれたネグリジェは透けて見える。そして、その下にはショーツだけしか身に着けていない。つまり……
「きゃあああああああぁぁぁぁ!! み、みみ見ないでくらさいっっ!!!」
リィンは身を隠すようにかがみ込む。
サヤもマーカスの言葉を理解し、先ほどよりもさらに顔を赤くしながら、今度は静かに呟く。
「殺す……絶対にコロスぞ、貴様……」
「相手をしても構わないけどな、それどころじゃねぇと思うぞ。ほれ」
「はぁあっ!?」
サヤはがなりながら、マーカスが指で示した方向へと目をやる。
ゾクッ……。
一気に血の気が引き、今度は顔が青くなるサヤ。微かに震える指先に、リィンが声をかける。
「どうしたの、サヤ?」
「リィン様、よいですか……三つ数えたら扉に向かって走ってください」
「どういうこと?」
リィンが尋ねても、サヤは視線を彼女に向けない。それどころか、一点を見つめたまま、まるで凍ったように動かないままだ。彼女の視線の先……窓の外に何があるのか、リィンの位置からは確認できなかった。
「私を姉のように思っているのなら、言うことを聞いてください。目を瞑って、絶対に立ち止まらないように……いいですね!」
それは、張り上げるような声ではなかった。むしろ、囁くような小さな声だったが、なぜかリィンは逆らってはいけない気がした。
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