第3話

「それで……マーカス様は街に留まっておられるのですか?」

 リィンは玉座に座りながら問いかける。

 そこは謁見の間。国を統治する者が、臣下や他国の使者と面会するための部屋である。玉座から真っ直ぐに伸びる赤い絨毯の上――リィンの前に立っているのは、宰相であるグロノーツだ。

「はい、何とか説得をして、今は城下の宿に部屋を当てがっております。まだしばらくは、留めておけるかと」

「そうですか……しかし、彼はもうワタクシに力を貸してはくれないでしょう」

 リィンは顔を下に向ける。先日、自分がマーカスに対して口にした言葉について、自己嫌悪を覚えているからだ。

 王族であるリィンにとって、礼を尽くしたり尽くされたりするのは当たり前のことだった。あのガルヴォでさえ、最低限の作法は守っていた。しかし、マーカスは違う。

 女王という立場にあるリィンに向かって、言いたい放題だった。おかげで、彼女もまた言葉を選ばずに暴言を吐いてしまったのだ。そんな自分の姿を恥ずかしく思うと同時に、マーカスの信頼を失ったと落ち込んでしまう。

「よいではありませんか! あのような無礼な男、リィン様の近くにいるだけでも腹立たしい! そもそも、あれが本当に救国の英雄なのですか!」

 リィンの脇に控えていたサヤが声を上げた。その問いにグロノーツは落ち着いた声で応える。

「それは間違いないぞ。あの男の力は必ずや、リルムウッドを救うものとなりましょう。どうか、もう一度マーカスとお会いくださいませ、リィン様」

「……わかりました。ではこちらから書簡を送ることといたしましょう」

「それは良いお考えかと。では、私はこれで下がらせていただきます」

 グロノーツは静かに振り向くと、そのまま謁見の間から退出していった。

 その瞬間である。

「サヤっ! サヤッッ!! どうしましょう? ワタクシ、マーカス様を怒らせてしまいました! 今さら、どのような顔でお会いすればよいのか……!」

 リィンが急に取り乱し始める。これまで目にしたことがない主君の様子に、サヤも驚いてしまった。

「な……一体どうされたのですか? リィン様、とりあえず落ち着きましょう」

「落ち着く……? これが落ち着けるものですか! ああ、ワタクシはどうして、あのような言葉を口にしたのか……あんな、人でなしだなんて!」

「その話ですか。そもそも、あの男から先に言われたのでしょう? ならば、リィン様がお気になさる必要はありません。むしろ、正当な反論です」

「いいえ……いいえ! それは違うわ。ワタクシは女王です。そうであると自覚していますし、そうあるべきだと心得てきました。それなのに、この国を救ってくださるかもしれない方に、あのような……」

 サヤが何を言っても、リィンはまるで聞く耳を持たない。それどころか、ますます混乱していく。

「わかりました、分かりましたから! とりあえず、まずは書簡を出しましょう。大丈夫ですよ、リィン様を嫌う者などおりません。安心してくださいませ」

「本当? それは本当ですか、サヤ!」

 まるで子犬のようなウルウルとした瞳で、リィンはサヤを見つめる。その愛らしい姿に、サヤは思わず至福の時を感じ、叫び出しそうになるのを我慢する。

 だが同時に、リィンの心を乱す存在――マーカスのことを思い出して、怒りがこみ上げてくる。

「あの男、もしリィン様を傷つけたら、地獄に叩き落としてやるわ……」

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