第2話

「まったくもって、イラつく爺さんだぜ。選択肢なんて、そもそもないじゃねぇか」

 五日前の出来事を思い返しながら、マーカスは小さく舌打ちをした。

 ズキンッッ!

「ぐぅっっ……!!」

 マーカスは自分の左腕を抑える。急激な痛みがこみ上げ、一瞬で意識が吹き飛びそうだった。おかげで、バランスを崩して倒れ込んでしまう。

「くっそ……! まだ、そんなに時間は経ってないだろうが! このタイミング、かよ……はぁハァハァっ」

 歯を食いしばり、息を荒くしながら、痛みに耐えるマーカス。少しずつ苦痛は和らいでいき、ソレに合わせるように、ゆっくりと体を起こした。

「どこか、探さねぇと……な」

 部屋の扉を開くと、マーカスはそのまま外へと出ていった。


「誰も立ち入らないような静かな場所? なんだってそんなこと聞くんだい?」

 市場の屋台でせっせと働くおばさんは、突拍子もない質問に訝しげな表情を浮かべる。

「少し落ち着いて考え事をしたいと思ってね。一人でのんびりできる場所を探してるんだよ」

 マーカスは陽気な声を話してみせる。リィン達に見せた高飛車な物言いは全く見せる素振りがない。初めて訪れた街では、自分の素性や本性は隠していたほうが行動しやすいことを理解しているからだ。

「ところで、この街はずいぶんと活気があるんだな。この間、夜歩いた時とは大違いで驚いたよ」

 マーカスが周りを見渡すと、そこは市場なのか、出店が多く目に入る。往来に人も多く、馬車や荷車も少なくない。

 特に魚介類を扱う店は多く、市場全体に磯の香りと生臭さが入り混じり、港町特有の香りを醸し出している。

「あんた、夜に出歩いたのかい? よく無事だったね~。ここは港町だから、夜が早いんだよ。魔道灯がまともに点かなくなってからは、余計にね。おかげで、良くない連中がのさばってるのさ」

「ふーん、そうなのかい? なら、気をつけることにするよ。で、さっきの話だけど……」

 ガッシャーーーンッッ!!

 何かが割れるような音が響く。話していたおばさんの視線に釣られ、マーカスも音がした方向へと顔を向けた。

 すると、地面に割れた水瓶が目に入る。同時に、ものすごい勢いで頭を下げる男と、それを思いきり殴る大男の姿が見えた。大男の後ろには、十人ほどの仲間らしい人間が見える。そしてその全てが、腰に剣を差していた。

「テメェ、コラッ! 俺の靴が濡れちまったじゃねぇか! どうしてくれるんだ、アァあ!?」

「すみません、スミマセン……すみませんんっっ!!」

 何度も何度も頭を下げる男だが、一度頭を下げると、拳が一発飛んでくるという状態が繰り返される。それでも、抵抗することなく、謝り続ける。

 その様子を周りの人間は眺めるばかりで、助けようとする人間は誰もいない。

 マーカスが男達の姿をジッと見ていると、さっきまで話をしていたおばさんに襟元をぐいっと引っ張られた。

「ダメだよ、そんなに睨んじゃ! 目が合ったら、何されるかわからないんだから!」

「憲兵は? 呼んできたほうがよくないかい?」

「憲兵なんかに止められやしないさ! アイツら、何でもローデリアからの流れ者らしくてね。竜とも戦ったことがあるって噂だよ。一度、憲兵達といざこざがあったんだけど、手ひどく負けちまったらしいのさ。以来、西の丘に居着いてちまって、誰も近づけなくなっちまった」

 マーカスはニヤリと笑う。

「誰も近づけないって? そいつは大変だな」

 おばさんに引っ張られながら、チラッと男達のほうへと視線を戻す。

 殴られていた男がボロボロになりながら、走り去っていく姿が見えた。そして、大男と仲間達がマーカスの後ろを歩いていく。

「なぁ、リーダー。今日はどうすんだ? また、女でも攫ってくのかい?」

「攫うってなんだよ。俺は口説いてるだけだぜ。この俺様の美しい顔と肉体に惚れねぇ女はいねぇからな」

「あはははっ! よく言いますよ! 『気に入った』と『かわいいぜ』しか言えない癖に!」

「いいんだよ! 要はハートが伝わりゃいいんだ! まぁ、今日は女は抜きだぜ! いい酒と肉が手に入る予定だからな! ハンダスの店から、しこたませしめて来るから、全員で飲み明かすぞ!」

「「いやっはああァァァ!!」」

 大男達が歩き去っていくのを見て、店のおばさんはホッと息を吐く。

「ようやく、行ってくれたよ……全く。そういや、静かな場所って言えば……あれ?」

 おばさんが視線を戻した時、そこにはマーカスの姿はすでになかった。

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