第8話

 ドンッッ!

 気がつくと、マーカスは横倒しになっていた。何かがぶつかってきたことで、体勢を崩してしまったからだ。

「な、テメェ……いきなり何しやがる!」

「いけません! そのようなこと、意味もなく人の命を奪うなんて!!」

 マーカスの腰には必死にリィンが必死になってしがみついていた。

 ガルヴォを斬ろうとしていたマーカスを止めるため、がむしゃらに体当入りをしてきたのだ。

「バカか、お前は! 責任を取れって言ったのはお前らだろうが! こいつを斬ったら、俺はさっさと逃げるから、『強盗に襲われたようだ』って報告すればいいんだよ。そうすりゃ、今回のことは解決だっつうの!」

「人を殺めて問題を解決するなんて、そんなこと簡単に言わないでください!」

 マーカスはどうにかリィンを引き剥がそうとするが、仰向けに倒されている状態で、上手く相手の腕を解くことができない。

「ひ、ひぃぃぃぃぃ!! こ、ここ殺される……たしゅけてよーーー!!」

 マーカスが立ち上がろうとしている間に、ガルヴォはどこかに走り去ってしまう。すぐに追いかけようとするが、リィンはなお、マーカスにしがみついている。

「お前……いい加減にしろ! あいつを逃したら、困るのはお前だろうが! この国がどうなってもいいのかよ!」

「ですが、ここで離せば、マーカス様はガルヴォの命を奪ってしまうのでしょう!?」

「当たり前だろうが! それ以外に方法はねぇ! あいつはハッキリ言ったぞ、この国は終わりだってな!」

 マーカスはどうにかしてリィンの手を力づくで外した。だが、ガルヴォを追いかけようとはしなかった。代わりに、リィンのほうへと視線を向ける。

「お前、さっき言ったよな? 罪人だろうが悪魔だろうが、この国を救ってくれるなら縋ってみせるって」

「……はい。私は悪魔に魂を売ってでも、この国を救いたいのです。それが私の」

 ドスンッッ!!

 轟音が響く。マーカスは拳で石壁を叩き、大きな穴を空けてしまった。だが、同時に拳からポタポタと赤黒い血が零れる。

「この大嘘つきが! 国の危機と命一つを天秤にかけりゃ、どっちが重いかなんて考えるまでもねぇ。それが、『命を奪うな』だと? 俺に国を救えと言いながら、同じ口で吐くのが『人を殺めるな』?」

 マーカスはリィンを睨みつける。それは相手を嘲笑する感情から来るものではない。まるで、因縁ある仇を見るような、憎悪のこもった瞳。

「よーくわかったぜ。お前は俺が一番嫌いなタイプの人間だ。キレイな嘘をついて、自分は清らかな場所にいながら、汚いことは他人に押し付ける……お前は人でなしだよ、お姫さま」

「……誰でも簡単に傷つけようとするあなたに、そのようなこと言われたくありません。人でなしの英雄様」

 しばらくの間、二人はお互いを睨んでいた……だが。

「リィン様……どこにおいでですか、リィン様!!」

 遠くから、サヤの声が響いてくると、マーカスはサッと歩き出す。

「どちらに、行かれるのですか?」

「お前には関係ねぇ」

 振り返ることなく告げたマーカスは、そのまま去ってしまった。

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