第7話

 ガルヴォは必死に走っていた。

 思いきり殴られた左の頬はジンジンと痛み、鼻血はいまだに滴り落ちている。だが彼は走ることを止めない。

 すれ違う街の人間が、訝しげな視線を向けてくる。普段の彼であれば、すぐさま罵倒や雑言を吐き散らすところだが、今はそれも気にならない。

「い……痛い、いだいよぉ。ぐぞぉ、パパにだって叩かれたことないのに……でも、これで……これでようやく、ごんな田舎から帰れるぞ。じかも、これなら本当に、ボクも仲間入が……グフフフ……ブギャッ!」

 考え事をしながら駆けていたせいか、彼は自分の走る先に、立ち塞がるものに気付かなかった。勢いよく衝突し、彼の体は跳ね返されてしまう。

「き、貴様! なんでそんなところに突っ立っているんだ! このボクにぶつかるなんていい度胸だな! 一体ボクが誰だかわかってるのか!!」

「ああ知ってるぜ。監査官のキノコくんだろ?」

 聞き覚えのある声に、勢いよく顔を上げた。男の顔を見た瞬間、先ほどまで収まりかけていた頬の痛みが一気に蘇ってくる。

「ひいいぃぃぃっ!! き、きさきさ……貴様ぁ? なんで、こ……ここココにぃっ?」

 聞き取りづらい声だったが、マーカスは質問の意図を理解して、人差し指を上に向けた。

「なんでって……追っかけてきたんだよ。ちょいと空を飛んでな」

「そ……そら? 空を飛ぶ……ま、まさか、魔法……貴様、魔導師なのかっ?」

「そいつは間違いだ。魔法は使えるが魔導師じゃねぇ。さて、こんな問答するため、お前を追いかけてきたわけじゃないんだぜ?」

 マーカスは倒れ込んでいたガルヴォの襟元を掴むと、思いきり引っ張った。そして、そのまま横の路地へと引き摺っていった。

「ぎ……ぎざば! な……だでぃおおおお……」

 服が首に食い込み、うまく呼吸ができないせいで、ひどい声を出すガルヴォ。だが、マーカスはまったく気にかける素振りを見せない。

 そして、路地の暗がりまで来ると、今度はガルヴォの体を壁に寄りかからせた。直後、マーカスは彼の頭の真横の壁に、思いきり蹴りを入れる。

「俺のことはどうでもいいんだよ。大事なのはお前だ、オマエ。随分と急いでたみたいだが、どこに行こうってんだ?」

「ひ、ひぃぃ! ひっひっひっ!! 貴様はなぁ、終わりなんだよぉ! いいや、貴様だけじゃないぞぉ? この国ごと……丸ごと全部なくなっちまうんだよ! ひっひっひぃ、このボクを殴ったってことはなぁ! ローデリアへの叛逆だからなぁぁ!!」

 下卑た笑いを上げながら、ガルヴォは喚き散らす。自分を見下すマーカスへの怒りと優越を大声に乗せてぶつけている。

 だが、マーカスはハァッと大きなため息をついた。

「だよな、そうなるよな。仕方ねぇよな、お前はそういう仕事をしてんだから。じゃ、俺がこうするのも仕方がないよな」

 マーカスは鞘から剣を抜く。その刀身がキラリと輝くのを見て、ガルヴォの顔は一気に青ざめた。

「ちょ、ちょっと待て! 貴様、何をする気だ……まさか! や、やめろぉ! さ、さっきのは嘘……冗談だよ? ほ、ほら、鼻血だってもう止まってるし、何もしやしないさ!」

 先ほどまでの威勢がまるで嘘のように、冷や汗をかきながら、命乞いを始める。

「いやいや、まだチラチラと鼻血が流れているぞ。前歯だってかけちまってる。ちょっと強く殴り過ぎちまったな。こりゃ簡単に治りゃしないぜ。だから仕方ない……こいつは仕方がねぇんだぜ」

 マーカスは剣を振り上げニヤリと笑う。ガルヴォは身体を震わせ、両手で自分の身をかばう。それが意味のないことだと知りながら。

「たしゅけてぇぇぇ!! マぁマぁぁぁーー!!」

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