第6話

「ああん? なんだあの野郎……」

「キサマーー! なんてことをしてくれたんだ!」

 サヤが大声を挙げながらマーカスに詰め寄ってくる。そして、彼の胸ぐらを掴んだ。

「自分が一体何をしたのか、わかっているのか!!」

「はぁ? いきなり何だよ……俺が何をしたって」

「いいか! あの男はエーテル利用を監査するために滞在しているんだ! それをキサマは……よりにもよって殴ったんだぞ! もしローデリアに逆らう意志があるとでも報告されれば……二度と魔法が利用できなくなる!」

 マーカスは大きくため息を吐く。すると次の瞬間、自分の服を掴んでいたサヤの手首を握り、くるりとひねり上げた。と同時に、彼女の後ろに回り込むと、そのまま押し倒してしまう。

「ぐうぅ……!」

「理由はどうあれ、先に手を出したのはお前だぞ、ネェちゃんよ。さっきも言ったはずだがな、俺の知ったことじゃないって」

「うぐぅっ……か、関係ないだと? 貴様が……あの男を殴ったせいで、この国が滅びることになってもか!!」

「サヤ! いい加減になさい!」

 リィンが叫ぶ。マーカスはその声に反応するように、捻り上げていたサヤの腕を離した。

「マーカス様はワタクシが招いたお客様。そのような態度は許しません!」

「で……ですが、リィン様! この男のせいで、監査官が……」

「マーカス様がガルヴォ監査官を殴ったことで、この国が危機に陥るとしても、それはワタクシの責任です。マーカス様を客として、ここに招待したワタクシが責めを負うべきこと。それにリルムウッドの命運は、女王たるワタクシの肩に乗っているものと心得ています。誰の行いが、ワタクシの荷を重くしようとも、放り出すつもりはありませんわ」

 言いながら、リィンはチラッとマーカスのほうへと目を向ける。

「……ッ! 俺が重荷だ?」

 マーカスはリィンの視線に、睨みつけるような目で返した。だが、彼女はキョトンとした顔をする。

「そのようなことは言っておりません。ですが、もし何か感じるところがあるのなら、それはマーカス様自身の知るところなのではありませんか?」

「お前……ああ、くそっ! わかったよ、悪かった! さっきのは俺の不注意だし、あのキノコが何かするなら、そいつは俺の責任だよ」

 マーカスは観念したように、頭を掻く。続いて、廊下をゆっくりと歩き出した。

 彼の視線の先にあるのは大きな窓。近寄ると、マーカスはすぐに窓を開いて外を眺めた。 

 リルムウッドを治める王の城――現在は女王の城だが――は、小高い丘の上に建てられていた。だから、マーカスの視界には城下町をハッキリと見ることができる。

 赤や茶色の屋根と白い壁とのコントラストが美しい街並みは、港の向こうに広がる蒼海と合い、実に見応えがある。

 マーカスも一瞬、その美麗さに目を惹きつけられるが、すぐに気を取り直した。何か小さな物を探すように目を凝らす……と、目当てのものはすぐに見つかった。

「おいおい、もうあんなところまで……意外と足が速いな、あのキノコ。仕方ねぇか……よっと!」

 独り言を言いながら、マーカスは開いた窓枠に足をかけ、身を乗り出す。それを見て、リィンが駆け寄ってきた。

「ま、マーカス様? 一体何をなさるおつもりですか?」

 彼女の言葉に、マーカスは振り返りながらニヤリと笑う。

「あ? さっきのキノコ頭を追いかけるんだよ。自分の蒔いた種くらい、自分で刈り取らないといけねぇからな」

「いえ、そうではなくて! なぜ、窓から外に出ようとしているのですか!? 落ちたら怪我では済みませんよ!」

「心配いらねぇよ。俺にはこいつがあるからな」

 マーカスは腰にぶら下げていた剣をゆっくりと抜く。

 不思議な形をした剣だった。刀身の中央部分がくり抜かれていて、赤褐色の金属が、刃の部分に触れないように取り付けられていた。

 だが、リィンは実際の剣を見ても、マーカスの言葉の意味がわからない。

「その剣で……何を?」

 しかし、マーカスは質問に答えない。代わりに、抜いた剣を自分の前に突き出し、大きく息を吸った。

「我が身、風の如く。開け、空の道。〈エリアルゲート〉!」

 マーカスが唱えると、剣の芯が赤い輝きを放つ。そして次の瞬間、彼は窓から大きく飛び跳ねる。さながら、投石機で打ち出される岩のように、勢いよく城下町へと落ちていった。

「ま、マーカス様!?」

 驚いたリィンは、すぐに窓から外を見つめる。すると、マーカスが建物の屋根に直撃する瞬間を目にしてしまう。

 だが、彼は屋根を突き破ることも、そこから転げ落ちることもなかった。無事に着地し、すぐさま走り出す。屋根の上を飛び跳ねながら、城から遠ざかっていった。

 まったく想像もしていなかった状況に、リィンは一瞬、頭の中が真っ白になってしまう。だが、すぐに気を持ち直す。

 そしてすぐに、窓から離れ、駆け出した。

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