第5話

「は、はい! すすすすいませんっ!! い、急いでいたもので、つい! あ、そうだ。こんなことしてる場合じゃなかった!」

「こんなこと、だと! 人の顔面潰しておいて何を……」

 マーカスは抗議をしようとしたが、シエラはそのままリィンのところへと駆け寄っていく。

「ふふふふふ……コホンッ! シエラ、一体何が……ふふふっ! いえ、何があったのですか?」

「大変なんです女王様! また、あの人が来てるんですよ! あのキノコの!」

 途中までクスクスと笑い続けていたリィンだったが、シエラの言葉で急に表情が戻った。いや、正確にはさっきまでより、ずっと深刻な顔つきに変わる。

「おい、ガキッ! 何でもいいから、お前一度俺にあやま……」

「おやおや、今朝はずいぶんとまた、賑やかでいらっしゃいますねぇ」

 シエラが開けたままにしていた扉から、一人の男が入ってくる。

 ふんわりとした銀の髪に、ギョロッとした目が気色の悪い男。鮮やかな黄緑色に染められた絹の服は、彼が高貴な生まれであることを表している。だが……。

「き、来ました! 毒キノコ!」

 シエラが叫ぶ。男は彼女の言葉に苛立ち、睨みつけた。

「なんですって、侍女風情が! ま、高貴な人間のお洒落なんて、下民にわかるわけないから仕方がないけれど。まったく、こんなど田舎じゃ、王族付きの侍女も貧民と変わりゃしない」

 男の言葉に、リィンは一瞬だけ眉をヒクッとさせた。だが、すぐに穏やかに微笑んでみせる。

「これは、ガルヴォ監察官様。このような朝早くにどういったご用件でしょうか?」

「何の用って……そんなもの、決まっているでしょう? ボクがこの魚臭い国にいる理由はただ一つ。エーテル利用量の監視ですよ。抜き打ちの査察……さっさとミスリル制御室を開けていただきましょうか」

「魚臭い……でございますか。それでも、リルムウッドはワタクシの愛する祖国です」

 リィンは穏やかに言う。ギュッと拳を握りしめながら。

「そんな話をどうでもいいんだよ。ほら、ミスリルを見せなさい。それとも、見せられない理由でもあるのかな? ボクに見られたらマズイものが……」

 嫌味を言いながら、ガルヴォが食堂から廊下に出ようとした時、目の前に何かが立っているのに気づく。

「何だ、こいつ。小間使いがボクの前に立つんじゃないよ。ほら、さっさとそこをどき……ぶべぎゃぶあぁぁぁっっ!!!」

 ガルヴォの顔面に裏拳が入る。叫び声と共に、彼は廊下へと転がっていった。

 殴ったのはマーカスである。

 その様子を見ていたリィンとメイド二人はぽかーんと口を開けてしまった。その表情を見て、マーカスはハッとする。

「あっ……しまった、つい……」

 マーカスはすぐさま、自分が殴った男の元に駆け寄っていく。そして腰を落とすと、ガルヴォに手を差し伸べた。

「いや、ワルイ悪い。お前があんまりウザいもんだから、無意識で殴っちまった。こんなのは俺も初めてでよ。許してくれ」

「あががが……ぶ、ぶざげるにゃ! こ、こりわ……は、叛逆だじょ!! ぼ、ボクにこんにゃ、この国はみょう……おじばいだああぁぁぁ!!」

 ガルヴォは立ち上がると、すぐに駆け出していってしまう。ポタポタと鼻血を流しながら。

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