第4話

 マーカスの言葉に、メイドは額にハッキリと血管を浮かばせる。

「き、キサマー!」

「おやめなさい!!」

「り……リィン様、しかし……」

「いい加減になさい、サヤ。マーカス様はこの国を救ってくださる方ですよ。これ以上の無礼は許しません!」

 リィンは声を荒らげることなく、けれども厳しい口調で告げた。

「……っ! し、失礼……いたしました」

 黒髪のメイド――サヤは、マーカスに深々と頭を下げた。

「まぁ、わかればいいんだけどな。ところで、この国を救う……って言ったか? それがお姫様の願いってわけだ?」

「そうです。ワタクシの願いは一つ。この国を……リルムウッドを救うことです。そのためにマーカス様のお力を貸していただきたいのです!」

「国を救う……ねぇ? 悪いんだけどな、お姫様。お前は俺が誰だか、ちゃんとわかってんだろうな?」

「もちろんです。マーカス様は、かの〈竜殺し(ドラゴンスレイヤー)〉でいらっしゃいます。世界の敵たるドラゴンを倒し、その主たる竜王まで屠ったという英雄……」

「じゃねぇんだな、これが!」

 ドンッ!

 マーカスがテーブルに置いていた足を組み直すと、机全体が大きく揺れた。

「そんな英雄様が、ろくにメシも食わずに彷徨ってるわけねぇだろうが。俺はお尋ね者。世界に危機をもたらした大罪人だ! そこまでちゃんと知ってるんだろう? それでも俺の力を借りたいのか……そう聞いてるんだよ」

 マーカスの表情から浮ついた雰囲気が消える。緋色の瞳から、矢のように鋭い視線が飛ばされる。後ろに控えるサヤは、思わずゴクリと息を飲んだ。

 だが、リィンには動じる様子はない。

「もちろん、存じております。その上で、お願いしているのです。この国を救えるのなら、ワタクシは罪人だろうと、悪魔にだろうと縋りついてみせましょう。それが女王たるワタクシの務めです」

 リィンはハッキリと言い切る。マーカスは彼女の真っ直ぐな目をしばらく見つめていた……が、急にパンパンパンと拍手を始めた。

「いやいや、そいつはご立派なことだ。感心したよ。それじゃ、お姫様の願いを叶えてくれる悪魔でも探してくれ。俺はさっさと立ち去ることにするからよ」

 マーカスはひょいっと席から立ち上がり、リィンに背を向けた。

「なっ……それでは、話が違うではありませんか!」

「何も違いやしないさ。お前の願いを聞いてやる……それが約束だぜ。きちんと聞いてやっただろ。だから、これでおさらばだよ」

「そ、そんなメチャクチャな……」

 リィンもイスから立ち上がり、マーカスに近づこうとする。同時に、彼は半身だけ振り返り、再びリィンに視線を向けた……氷のように冷めた視線を。

「エーテルを制限されて滅びかけてる国を救うなんざ、俺の領分じゃねぇんだよ。そいつは政治の話、貴族様王族様が解決することだろうが。俺の知ったことか! 仕事しろよ、お・ひ・め・さ・ま」

 マーカスの言葉に、リィンは思わず顔を引きつらせた。

 そして、彼は入ってきたときと同じ扉の前に立ち、取手に手をかけた。

 バァァンッ!!!

 扉が開く。

 ただし、開いたのはマーカスではない。廊下から食堂に飛び込んできた赤髪のメイド・シエラである。

「た、たたたた大変です、女王さ……ま? あれ、今なにか?」

 あまりにも勢いよく開いた扉に、マーカスはしこたま顔面をぶつけ、横に吹き飛ばされてしまった。

「ぷっ……あっははははははは!」

 最初に笑い出したのはサヤだった。

「い……いけません、よ。サヤ……笑うのは、わら……ふ、ふふふふ!」

 続いてリィンも、サヤにつられて吹き出してしまう。

「くっそ……! お前ら、よくも……ていうか、このガキ! いきなりドアを開けるんじゃねぇ!! 危ねぇだろうが!」

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