第二章「粗暴な男と世を知らぬ女」

第1話

 チュンチュンチュン……。

 窓の外から聞こえてくる小鳥たちの声で、マーカスはゆっくりと意識を取り戻す。

 頭こそハッキリとしているものの、マーカスは体を起こす気が起きない。何せ、布団の中があまりにも心地が良いからである。

 それでも、瞼の向こうから感じる日の光は、マーカスが覚醒することを望んでいるようだった。

「う……うーんっ! ふぁあああ……あ!」 

 マーカスは右腕を頭の上に置き、ゆっくりと体を伸ばした。

「……起きるか」

 真っ白なシーツをどけて、むくりと上半身を起こすマーカス。視界に入るのは自分が見を任せているベッドである。それは彼が両手両足を投げ出したとしても、その倍は広さを残すほどの大きさがある。さらに見え上げれば、豪華な刺繍をあしらった天幕まで目に入る。

「えーっと、俺の服は……あった」

 傍らに畳んである服を広げる。だが、それは昨晩まで彼が身につけていたものではない。まっさらな新品である。しかも、マーカスの趣味にはまったく合わない……いかにも、貴族が好みそうに金糸で編み込まれたゴテゴテのデザイン。それを見て、マーカスは顔をしかめる。

 コンコンッ!

 扉をノックする音がした。

「おはようございます、マーカス様。朝食の用意ができたのでお迎えに上がりました」

「ああ、いいところに来たな。ちょっと入ってきてくれ」

「わかりました、失礼致します」

 部屋に入ってきたのは、燃える炎のような真っ赤な髪を右側に寄せて束ねているメイドの少女。お辞儀をしながら部屋に入った彼女がゆっくりと顔を上げると、下着一枚だけを身に着けた男の姿が目に入る。瞬間、自分の髪と同じくらいに顔を赤らめ、すぐに部屋の外に飛び出した。

「ど、どどどど! どのようなご用件で……で、ございますか!?」

 廊下から大きな声で問いかけてくるメイドの姿に、マーカスは首を傾げる。だが、彼は一番の要件を尋ねることにした。

「いや、ここにあるのは俺の服じゃねぇ。一体どこにやった?」

「あ、ああ! あの服でしたら、あまりにきたな……コホンッ! 汚れていましたので、洗濯している最中でございます。ただ、破れている箇所などもありましたので、仕立て屋に修理をお願いしようか迷っていまして……」

「そんなのは構わねぇよ。ま、洗ってるっていうなら仕方ないな。けど、こいつはちょっと……他のヤツはないのかよ」

 マーカスは自分が手にしている服にもう一度目を向ける。何度眺めても、とても身につける気にはならない。

「男性ものの服となると、後は下働きのものくらいしかないのですが……」

「ならそいつでいい。それを持ってきてくれ」

 言うと同時に、マーカスは部屋の扉のほうへともう一度視線を向ける。すると、開いた扉の隙間から、メイドの少女がこちらを覗いているのがわかった。パッと目が合ったが、少女はすぐに頭を引っ込める。

「か……かしこまりました!」

 マーカスの耳には、メイドの少女が廊下を駆けていく足音が聞こえた。

「俺は美人メイドって言ったはずだけどな。あれじゃ、ガキじゃねぇか……」

 ため息を吐きつつ、三度手に持った服を見つめる。

「趣味悪ッ……」

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