閑話休題 オレと役者と過去物語(3)
冬はつとめて
雪の降りたるは言ふべきにもあらず
枕草子でもこうあるように、(オレの場合はまた少し意味合いが違うが)街の冬の朝が割と好きだ。オレは元々雪国の育ちで、当然に冬は雪が積もる景色を見てきている。
しかし、大都会で雪が少しでも積もろうものならたちまちに交通麻痺やら停電断水やらと悲惨なことになり、何より生物として暑い寒いはそれだけで気力体力が滅入るのは必至。
故に自分の周りには『好きな四季は?』と問われ、『冬』と答える人間は少ない。
利便性だけで言うなら嫌われがちの冬だが一度でいい、暗闇から日の出が差し込み、その暖色に反して微かに雪化粧された冷たい人造のビルが輝きだす1日の始まりを目撃していただきたい。
その凛として張り詰め、澄んだ空気に触れ、これからこの世界がまた動き出すのだと思うと少しだけ『生きる』ということに哲学を感じるのではないだろうか。
寒いはずの冬。太陽という自然の暖かみが、体温という暖を持つはずの人間の造った冷たいコンクリートの建物を照らし温める。
自然と人間、どちらが暖かくどちらが冷たいのだろうか?
なんてことまで頭の中で浮かんでくる、田舎者のオレはロマンチストなんだろうか。
「へえ、ユキヤくん、雪国育ちなんだね」
観覧車で向かい合わせに座る対面のマキは、オレの書いた小説の一部を声に出してナレーションした。
「ちょ!何で記憶してらっしゃるの!?」
「役者の卵なら長文暗記なんてお手のものですよ」
ヘヘッと鼻下を指で擦ると、マキはじっとこちらを見つめた。
「ねえ、ユキヤくんって彼女どのくらいの間いないの?」
突然の質問にオレは息が詰まり、マキから目を反らして観覧車の外の景色を見つめた。時刻は間もなく20時を過ぎようとしていた。普段は閉園の時間だが、今日は遊園地もクリスマス営業で深夜0時まで頑張るそうだ。
そういえば田舎で高校生活をしてたとき、その時付き合っていた彼女とクリスマスに海岸で過ごしたっけ。今みたいにイルミネーションが綺麗で静かでロマンチックだったような記憶がある。たぶんその一度がオレが家族以外の異性と過ごした最初の思い出だ。
「マキはどうなの?」
「2年くらいかなあ」
ですよね。こんな可愛い子に彼氏がいないほうが不自然・・・
「彼氏がいたのが」
「?・・・どういうこと?」
思いもよらぬ語尾にオレは戸惑う。
「小学校の3年生くらいのときに同じクラスだった男の子から告白されて、それで付き合ったんだよ。それから今までは彼氏なし」
少し恥ずかしそうに微笑んでマキはペロッと舌を出して見せる。
「意外すぎて言葉が出ない・・・」
「えっ、そんなワタシ遊んでるように見えるの?」
「あ、いやそういうつもりじゃなく・・・何で離れたの?」
会話のテンポが乱れまくったオレは聞くつもりではなかった質問をマキに投げ掛けてしまった。
それまで笑顔だったマキが少し真面目な顔をして語り始めた。
「交通事故でね、死んじゃったんだ。ありがちな話かもしれないんだけど、二人でボール遊びをしていてワタシが取れなかったボールを拾いに道路に飛び出したとき、それをかばって代わりにトラックに轢かれたの。当然その子の親にひどく罵られて耐えきれずにワタシたち家族は違う街に引っ越したんだ」
オレは概要だけ聞いてすぐにマキの心痛を理解した。皆まで言わずとも、どれだけマキを含んだたくさんの人が苦しんだのかを理解した。
かくいうオレも幼くして両親が他界し、施設を経て今の風上の家に養子として引き取られた身の上だ。一家で車で出掛けていて崖から車ごと転落し、両親はただオレだけはと身をもって守りオレだけが生還した。親戚連中をたらい回しにされ、誰からも煙たがられ、挙げ句両親の死は自分のせいとまで言われる始末。しつけと称した虐待もあった。最終的に児童相談所に保護され、施設に入ることになったオレの精神は半壊し、他人と接触することを恐れた。
そんな自分だからわかる。事故だったとしてもその死が自分のせいと他者から責められたときの辛さが。
そして今だからわかる。なぜお前だけのうのうと生きているんだと怒りに震える遺族の気持ちが。
「ごめん」
「え?何が?わわっ!」
自然とオレはマキを抱き締めていた。突然のことに慌てたマキだが数秒後、オレの背中にゆっくりと両腕を回してくれた。どちらが慰める側でどちらが慰められる側だっただろう。今はそんなことよりもただ似た者同士のこの女の子が生きることをやめずにいてくれて、オレの目の前に現れてくれて嬉しかった。
「オレ、マキのことが好きだ」
無意識に言葉が口に出ていた。
「ワタシもユキヤくんのことが好きです」
マキは目を閉じ、オレは流れでマキの唇に静かにキスをした。
言い訳じゃないけれど、高ぶった気持ちのままマキを抱き締めてキスしたオレは先程自分の胸に秘めていた過去のことや想いを洗いざらいマキに話した。マキはその間一切口を挟まずに真剣に聞いてくれ、その後感極まったマキは涙を流した。
丁度そのくらいで俺たちは観覧車を降りたため、終点を告げた係員さんに「大丈夫ですか?」と心配そうに声を掛けられ、恥ずかしそうに「大丈夫です」と言い、そそくさと立ち去る二人。
一転してそのことにどちらからともなく笑いが込み上げてきて、オレたちは周りの目なんか気にせずに思いっきり声をあげて笑った。
「フフフ、ユキヤくん完全に加害者。アハハ!」
「ひっでえ!誰にも迷惑かけてないぜ?今日は!」
「今日はって、いつも迷惑かけてるって自覚してるの?フフフおっかしい!」
「そりゃあ・・・だって、例えばオレのせいで劇団の稽古を遅らせたりしてるからさ?毎晩反省の日々なんだぜ?」
「気にしすぎ!そんなこと言ってたら毎晩濡らす枕が乾かなくてカビ生えちゃうよ?アハハ!」
「ハハハ!違いないわ!」
マキはオレの手を握るとじっとこちらを見つめた。
「ね、さっきの続き」
人目を憚らずマキは目を閉じ、そしてオレはそれに答えて再び軽い口づけを交わした。
それが終わるや否やマキは急にオレの腕を引っ張り走り出す。
「あー!もう花火が上がる時間だよ!早く早く!」
「いたたた!いきなり走り出すなって!」
「あ、ごめん!でもほら早く早く!」
結局オレたちは花火を観るに相応しいベスポジを見つけらず、ひたすら打ち上がる花火の中で園内を駆け巡ることになるのだった。
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