第6話 ボクとヤクザと捜査官

イヤな予感だけは昔からよく当たる。

真っ当に生きてきたわけではない自分のツケと言われたらそれまでだが、おかげで常に最悪の状況を想定して事にあたるクセがついた。失敗は成功の元と昔の人はよく言ったものだと40歳を越えてしみじみ痛感する。

ユキヤくんとアマネちゃんを見ていると、自分が若い頃にこんな時代や環境であったなら違った人生を歩んでいたに違いない、とそう思う。

また逆に2人にとってはこれからが色々と試練の時になるのかもしれないからこそ、こんな幸せな日常をボクは時が来るまで守ってあげたいのだと思う。だがその時は意外にも早い終着を迎えてしまった。


「ナオキさん、割とマズイとこに踏み込んでるっぽいです」

「やはりか。覚悟はしていたんだが、こうも外の外から攻められると精神的にやられるな」

「例の十文字の件、あれもどうやらヤツラがカンでます」

「関係ない人まで巻き込んだ・・・ヤるなら集中してこちらをヤってくれればいいのに」


喫茶店でボクはかつての部下の生き残り、藤山コウタと面会していた。アマネちゃんの件、ユキヤくんから報告のあった公安の件、そしてつい先日に謎の自殺を遂げた十文字麺魔の件。この3つの調査を「ホンモノの」探偵のコウタに依頼した。コウタは元ヤクザものながら裏社会に生きてきた経験を買われ、ホンモノの内閣公安調査局興信機関に勤務している。なのですぐに公安と名乗りユキヤくんが会った男たちは偽りだとわかっていた。ただ問題は彼らが何者で目的は何なのか、それを見極める必要があったためユキヤくんにはまだ知らせなかった。


「まず何から聞きますか?」

「1番に知りたいのはやはりアマネちゃんのことだ」

「わかりました」


コウタは自分の携帯端末を取り出して操作し、ある画面をボクに見せた。そして説明が始まる。


「アマネとは恐らくは彼女の身内の名前。親族等の血縁関係が濃厚でしょう。彼女自身は戸籍上存在しません」

「じゃあ彼女は何処から来た何者なんだ?」

「結論から言えば確実な事象データは入手できませんでした。ここからは推測がほとんどとなりますが、調査したうえで一番濃厚な話をさせていただきます。まず、その写真に映っているのが本物のアマネではないかと」


写真の女性は見た目派手な衣装を来た50〜60代のオバサンだった。それはシャンデリアの下でネクタイのないスーツを着た白髪のオールバックの男性とグラスを交わしている光景だった。


「本名、木村ヨシミ。アマネは源氏名です。スナック天の店長で大元はアノ関口組。クスリの販売も間違いなくやってるだろうと目は光らせています」


関口組・・・過去にウチを潰した対抗勢力の前衛武力ヤクザ。下ッパだが過激なエイギョウをするため内々でもよく揉めると聞く。隣の男性が組長の関口か。


「木村は関口組の幹部の倉田と結婚し、離婚しています。その時2人の間には娘がいて子供は倉田に引き取られました。ただ、その後に木村が小さい娘を連れていたと証言があり」

「その子がアマネちゃんではないかということか」

「その通りです。木村は再婚はしていません」


単純に考えられるのは父親が誰かはさておき離婚してから第二子を出産。だが見た目で判断するのも危ぶまれるが、写真の木村の年齢的に出産は難しくはないだろうか?

では次の可能性としては養子。コウタが「証言」と言った以上、複数人から得た情報であるために、店員や知り合いの娘と写真を撮られただけ等の勘違いや間違いはまずあり得ない。


「木村は今は?」

「行方不明です。死亡届けや捜索願いも出ていませんが、まずバックが関口組である以上こうなれば消されたと考えるほうが」

「一理ある。まとめるとアマネちゃんは形はどうあれ木村の娘である線が濃厚ということだな?」

「はい。そしてあのニセモノは関口組の者である可能性が最も高いと思われます」

「表に顔は割れてないメンバーか?」

「お借りしている映像から、名刺を差し出した男は以前に関口組と裏で繋がりのある刑事で、数年前に警察を辞職していた人物と姿が一致しました。その後の足取りが掴めず、現職の頃から癒着の疑いがあることを踏まえ、ほぼ間違いなく構成員になった可能性があります」


なるほど。ウチの監視カメラの映像を提供し、鑑識してもらった甲斐はあった。しかし今さら関口組と事を構えることになるとは、腐れ縁とはこういうことか。


「十文字さんの件もカンでるというのは?」

「はい。病院の室内カメラで入院中の十文字さんに編集者に扮した彼らが接触した姿が映っていました。そして亡きあとに、編集社に遺書めいたものが送られてきたと。内容は次の写真です」


コウタは端末の画面をスワイプさせると、十文字さんが書いたという遺書の文字が並ぶ。


『私のしてきたファンへの裏切り行為、ならびにこれからも続く期待感の重圧に堪えかねて今回の決断を致しました』


「十文字は退院後、各編集社に仕事量の緩和を申し出たそうです」

「それはボクが促したことだ」

「そうでしたか。ただそれがマズかったようです」

「どういう意味だ?」


コウタは「アナタは悪くない。落ち着いて聞いてください」とわざわざ前置きをして話した。


「ヤツラはナオキさんをただの運送屋ではなく、傍らで売れっ子の受賞ノベル作家が正体だと語ったんです。そんな人から仕事を減らしたら?と持ち掛けられれば同業者として対抗心が沸くのは必至。そこに付け入りヤツラは自分たちは今上場のSNS企業だと詐称し、十文字さんに今契約している社を全て解約してウチ1社と契約すれば今までより報酬を高くでき、支持者も増やせる、と。この文書を書かせました。これは同病室内で一緒にいた患者の証言をもとに辿り着きました」

「辻褄は合う。まず間違いなさそうだ。つまりこれは遺書ではなく、契約先への解約の申し入れ文書ということか。見方によればそうだ。確かにこの文章で自殺なら遺書と見られてもおかしくはない。もしくはこの文章、筆跡は本人でも前後を抜いた一部なんじゃないか?」


コウタはコクりと頷く。


「自殺も恐らくは偽装です。確かな証拠がないだけに警察は今は事件性も考慮しながら自殺と発表していますが、こうなると一番に容疑がかかるのが」

「ボク、だろうな」

「はい。恐らくですがヤツラは当然ナオキさんのことも調べ尽くしているとみていいでしょう。昔のこともバレていれば近いタイミングで十文字自殺傍助の容疑者として名前が上がるかと。そうなればナオキさんに全ての罪を擦り付け、ヤツラはその裏で目的を果たすつもりではないでしょうか」


繋がりのなさそうだったピースがどんどん埋まっていく感覚の中、パズルの表絵がチラリと垣間見えた。


「ズバリ、ヤツラの目的は?」

「現段階の事象だけで自分の推測を述べると、ナオキさんの一時的な幽閉とその間にナオキさんの所持するモノ、人、あるいは環境、いずれかの略奪や破壊」

「コウタ、やっぱりオマエは冴えてるな。同感だ」


手っ取り早いのはすぐウチに乗り込んできて数で攻めることだ。だが、そうできないのは前述に説明もしたが、関口組は警察に睨まれているため集団しようとすれば初動で抑えられるリスクがある。少数精鋭で実行にあたるしかない。

では逆に、なぜここまで小間ねいた嫌がらせにも似たことをしてきたのか。

ボクが警察に何かの容疑者としてアゲられれば、ヤツラは得意の扮装で捜査と称して事務所に易々と乗り込める。同罪容疑の事情聴取や任意同行と偽れば易々とアマネちゃんを誘拐できる。


「ナオキさん、もう1つこの件絡みで伝えなくてはならないことがあります」


コウタは軽く周囲を気にすると口に手をあて、ボクに耳を貸すよう仕向けた。


「自分以外の捜査官も例の子を探しています」


さすがに驚きを隠せなかった。ホンモノの公安までがアマネちゃんを探している。あの子は一体何者なのだろうか・・・。

ちらりと耳にした話だが、ひとしきりに公安と言えども細かくチームが分けられ、互いに何を捜査しているのかは完全に極秘である以上、やはりコウタもそれ以上は知らないということだろう。


「コウタ、もしもの時は頼みがある。細かい注文を複数するから聞くだけ聞いてくれ」


ボクはこれからこちら側に起こるであろう事態を予測し可能な限りコウタに伝えた。


「さすがナオキさんですね。指示が的確だ。でも最後の注文だけは聞けません」

「それが1番重要なんだ。頼む」

「もし死んだら・・・そんなことは聞きたくありません。そうならないよう全力で手は打ちますから安心してください」

「悪いな。だが頭の隅には置いといてくれ」

「・・・はい」


一通り話が済むと、空は急に荒れてきた。


「冬に嵐、ですか」

「胸騒ぎがする。杞憂であればいいが・・・」


会計をしようとテーブルに置かれた伝票を掴んだタイミングで、ボクの携帯に見知らぬ番号から電話がかかってきた。

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