第5話 ワタシと月夜と千変万化
『覚えること』と『閃くこと』は対となる作業で、ワタシは『閃く』ということにはどちらかというと疎い。現在ワタシの記憶力がいいのは恐らく、記憶をなくしてワタシ自身のハードディスクが一度クリアされたから容量が増えているだけだと自覚している部分もある。
例えば映画か何かで見たアクションを再現することは可能だ。ただそれが身体能力がなければ不可能だということは除外されるけれど。
なのでワタシは誰が答えても1つしか結論のない理数系は得意なのだが、文系の「このときの人物の気持ちを答えなさい」のようなニュアンスの問題が不得手だ。
「ワタシはその人物ではないし会ったことがないから分かりません、じゃダメなのかなあ」
全くもって解せぬ。言葉とは裏腹に本当はどう思っているのかなど他人のことまで理解しえません。
「人はウソをつくから何が真実かわかりません。これなら先生も納得してくれるだろう」
無理があるか。そもそもこのテストというものは言ってしまえば、日頃どれだけ頑張ったのかを数値化するためのものであって、その数値だけで人をできるできない等と言ってはならない。頑張らなくても満点を出せる人もいれば、頑張ってもどうしてもこれはできないという個体差があって人間なのだから。
「ということで現文と古文と英語は赤点じゃなければ構いません。今日の勉強は終了です。また明日」
1人で結論付けて教科書を閉じる。やらなくとも理数系は公式が、世界史日本史は年号と事件が頭に入っているので問題ない。
そんなことを言うとうるさいアニキがアイスをおごってくれなくなるので、一応ユキヤが帰ってきたらすぐ机に向かって、「やってたよナウ」なアピールをしておくべきにことなかりけり。
「テレビでも見よー」
ワタシはクラスメートが面白いよと言っていたバラエティー番組にチャンネルを変えてベッドに横になる。
「これはサボりではありません。休憩なのです」
誰に言い訳するでもなく呟くと、それにツッコミを入れるかのようにバツンと暗闇が訪れる。
「寝ろという神のお達しか。親切に電気を消してくれてありがとう」
ワタシは瞼を閉じる。そしてすぐに起き上がる。
「いやいや、なんでやねん」
周りはザワザワしているし、時折悲鳴も聞こえる。おかしい。
ワタシはカーテンを開けて外を見た。いつもはあちこちから心地よいネオンや民家の灯りがあるのにすべてが真っ暗闇だ。さすがのワタシもこれには慌てる。
「ユキヤ!・・・携帯!」
バタンッ!
「動くな!抵抗しなければ危害は加えない」
急にワタシの部屋のドアが開き、数名と思われる人間が慌ただしく踏み込んできた。
・・・機動隊?軍人?
月明かりで微かに照らされた彼らの服装はそれこそテレビでしか見たことがない特徴ある服装。そして全員がこの国では所持することが許されない武器を手にしていた。
ワタシは自分の携帯電話の液晶の光を彼らから隠し、手の感触だけで履歴からユキヤの番号に電話した。このときばかりは自分は時代に合わせてスマホでなくガラケーでよかったと思う。
「持ってるものを床に置け」
いくつもの銃口を向けられ、ワタシはさすがにその威圧に耐えきれずに静かに床に携帯を置く。通話状態であることはバレていないようだ。受話部からユキヤの声が周りに漏れないよう穴には消しゴムのカスを咄嗟に詰め込んでいる。そしてこのとき静かにユキヤに「助けて」と呟く。ワタシが思い付きでできたことはそこまでだった。
「目標を捕捉!よし、いい子だ。ゆっくり手をあげろ」
ワタシは言われるまま手を上げながら窓へと後退りする。
「その場を動くな!変な気を起こしたら撃つ」
「いきなり何なのさ、人の家に勝手にあがりこみやがっ・・・」
パンッ!バリイイイイイインッッッ!
彼らの一人がライフルを発砲し、ワタシの後ろの窓を破る。いきなりの衝撃音にワタシは尻餅をついた。
「黙って言われたことだけしろ。痛い目を見たくなければな」
絶体絶命。まさに今それが体現されている。ユキヤと仕事をしていて何度か危ない目をみてきたワタシだが、このとき初めて足がすくむ恐怖というものを味わっている。
彼らは銃を下ろさずワタシににじり寄る。
しかしその時!
パシュッ!パシュッ!
「っ!」
彼らのものとはまた別種の静かな銃声と思われる音が2発。ワタシに近づいてきた2人は膝から崩れ落ち、うち1人の頭が座り込んでいるワタシの足元でまるでボールのように無機質にバウンドした。
「ひっ!」
あぁ、ワタシもやっぱり女の子なんだ。こんな声が出るんだ、と冷静さを取り戻そうと自身を分析する。ちょっと非日常的なことが重なりすぎてらしくもなくテンパっている。
「退けっ!この部屋は見られている!」
先程までワタシに命令していたリーダー格の男が残った数名に指示を出す。
ここで
ワタシは
意識ガ
トギレタ
次に意識を取り戻したのはたぶん車の中だった。両手両足は縛られ、口には猿ぐつわが噛まされている。
「おや、お気づきになりましたか」
声の主を探すとそこには前にユキヤとラーメン屋で話をしていた小太りのオヤジがいた。
「んー!んん!」
満足に喋れない。ドラマでこういうのあったな。誘拐ってやつだ。
「もう少しで到着しますので我慢してくださいってイタタタタ!」
ワタシはとにかく全ての身体の動かせる部分を使って小太りのオヤジを攻撃する。そしてこいつの仲間で静かだったあの男、田上だっけ?に押さえ込まれ、息を切らす。
「フー!フーッ!」
「元気なのはいいことですが、あまりじゃじゃ馬だとしつけますよ?」
田上はワタシの首筋にスタンガンをあてがい、本物だとこれ見よがしに少し離してバチバチさせる。結構痛そうなのでワタシは少し大人しくする。
「やれやれ。私ら運送屋じゃないですからひと苦労もいいとこですよ」
小太りのオヤジは顔全体に汚い汗をかきながらこちらを睨む。
「私らはアナタを探している人物に会わせたいだけなんです。むしろ感謝してもらいたいくらいなんですよ?」
探している人物・・・
ワタシの失われた記憶・・・ワタシは・・・
誰?
ワタシハダレダ
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
────同時刻。
「信じます!黒木さん!」
キィィィィィィィィィィィン!
1段の可変速のすぐ後にジェット機を思い起こさせる吸気。そして、
パアンッ!
乾いた大きな音を立てて尋常じゃない加速を伴う。車のタコメーターは200キロを軽く振り切った。
「制御できるのか?オレに・・・」
額に少し汗が滲む。これ程のスピードが出るとこんなにハンドルが軽くなるのかと新しい経験をしている感動と共に、正直この速度で何かにぶつかったらそれこそ一貫の終わりであるという恐怖が平行してオレの右足を震わせる。
だが!
「オレならやれる!やらなきゃならないんだ!」
オレは痣が残る程に強く一度自分の太ももを殴りつけた。震えは止まらなかったが、脳内がクリアになった。
ああそうだ。オレは色々余計なことを考えすぎていた。簡単なことだ。実にシンプルじゃないか。
「もし」「かもしれない」「こうだったら」
今はいらない。様々な配達で乗り物を乗りこなしてきたオレが、今、すべきこと・・・
「迎えにいくぜ、アマネ!」
現在地の郊外から事務所のある市街地までは全速でいく。停電で渋滞している道は避けてアマネならこうナビするだろう道をもう身体が知っているはずだ。
人間不信だったオレはいつから自分さえ信じられなくなったんだ?などと自虐に満ちた笑みを若干浮かべながらオレは真っ暗な峠を軽快に突き進んだ。
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