第4話 オレと新車と真冬の嵐
・・・とにかく時間が過ぎねえ。
オレは今モーレツにやる気を失っている。
朝から荷物を積みに行って待ち、荷物を届けに行って待ち、次の仕事まで待ち、そしてまた荷物を積みに行って待ち・・・
「なんだよ今日はムダな時間ばっかじゃねえかよ」
車内でハンドルに頭を預けて愚痴る。
ウチの会社の報酬はその請け負う仕事内容によって大きく3つに分けられる。
毎回同じ決められたルートの配送ならば早く終わったとしても変動のない日給。早く終わらせればその後は楽しい自由時間が待っている。
1件いくらの歩合給の契約ならば1個でも多く効率よく回れば稼げる。家庭への宅急便なんかがこれに該当する。
この2つが基本的にメインどころとなる。
そして、3つ目は今日オレがやっているそのどちらでもない、終わりと言われるまで続く時給。荷積みも荷降ろしも全て大型の機械がやってくれるので、指定された場所に車を着けて合図が出たら出発。その繰り返しだ。
「身体は疲労しなくて金になるから別に会社にとってはいいんだけどさ・・・」
ガソリン代もタダではないし、死ぬほど働いて、その内容の割には赤字になる案件も時々ある。その点この仕事はただ10トントレーラーの運転手だけしていればいいのでオレにとっては遊びのようなものだ。
しかしまあ退屈だ。
こんなときこそ話し相手が欲しいものだが、あいにくアマネはテスト勉強中につきしばらくはオレ1人で業務にあたっている。
「風上、これで最後だ。お疲れさん」
黄色のヘルメットをかぶったおやっさんが運転席の窓をコンコンとノックして告げる。
「っしゃー!んじゃお先っす」
「おう!明日も頼むな」
「え、マジか・・・」
たまになら休み感覚で息抜きにもなろうが、連日はさすがに堪える。
このヘルメットのおやっさんは社長の古くからの知り合いで、この人が依頼者だ。港の荷物の受け入れ検査と倉庫の監督をしている。いつもアルコール臭を放っていて、ヤってんのか?と不安になるのだが、繊細な機械操作も港内で誰より達者で、「休みたい」「早く帰りたい」が口癖という素敵な上司だ。
「あからさまに嫌そうな顔すんなよ。冗談だって。明日から海がシケるから港は仕事にならないもんでよ、悪いんだけど今日急ぎで仕事ぶっこませてもらったんだわ」
「おやっさん明日は1日中飲んだくれて過ごせるわけだ」
「たまには付き合えよ風上ぃ」
全力でお断りだ。オレは酒が強くないし、こんなザルに付き合ったら即、急性アルコール中毒で搬送されちまう。運び屋が運ばれるのはさすがにシャレにならん。
「うちは一応24時間対応だから、飲酒は控えてるんだ。いつ緊急の仕事が入るか分かんないからさ」
「ちっ、昔はナオキは朝まで飲んでそのまま運転してたぞ?」
時代は変わりゆくものなんだよおやっさん。
「ま、機会があればゆっくりおやっさんの武勇伝でも聞かせてくれよ。じゃあもう行くぜ」
「おう!サンキューな!」
ムダな時間を過ごしたうえに更に実のない話にムダを重ねてしまった。出発してすぐに電話が鳴る。オレは耳掛けタイプのハンズフリーで電話に出る。
「ユキヤくん、お疲れ様。ごめんちょっと忘れててさ」
社長だった。
「お疲れっす。どうしました?」
「明日で車検が切れる車を今日中に工場に持っていって欲しいんだ」
「いつものシロクロさんとこでいいっすか?」
「うん、先方に連絡したら夜中までいるって言ってたんで頼めないかな?ちょっと今日はボク帰れなそうでさ」
「了解っす。こっちはあと1時間くらいで終わるんでそしたら行きますわ」
「悪いね、黒木くんと白井さんにもよろしく伝えて」
「OKっす。じゃ、ご安全に!」
シロクロさんというのはウチの車の点検修理をしてくれている整備工場で、黒木ケンイチさんと白井カヨさんという2人の若夫婦がやっている。名字をとってシロクロさんなのだが、名は体を表すじゃないけれど性格も対照的な2人だ。結婚して同姓にしないのは奥さんの白井さんが「覚えてもらいやすくていい」との理由で工場の名前も「シロクロオートサービス」としているからである。
ちなみに工場のマスコット的なパンダのイラストは、美術系の専門学校に通っていた白井さんのオリジナルでカワイイと女性客に人気があり、要望があれば車用のステッカーを作ってプレゼントしているそうだ。
シロクロオートサービスに着いたのは21時をまわった頃だった。シャッターは閉まっていたが、隙間から中の電気の光が漏れていたのでオレは郵便物投函用のドアポストから声をかける。
「こんばんはー!風上ですー!」
ドタドタドタ。
ガランッ!
「イタタタタ」
ガチャガチャ。
ガララララ。
「ユッキーお疲れっ!」
ロングのポニテで冬なのにノースリーブで爆 乳なこの騒がしい人が白井カヨさん。
「相変わらず季節感ないっすねカヨさん」
「もー!ちょっとケンー!ユッキーが冷たいー!」
奥でエンジンの調整をしているビジュアル系な金髪イケメンの黒木さんにカヨさんは叫ぶ。
「・・・ユキヤが正しい」
一瞬手を止めて静寂を作るとボソッと一言発した。
「ケン!今夜のビールお預けだからね!」
キリのいいところで作業を中断すると、黒木さんは長い前髪をかきあげ、こちらに来てくれた。
「ユキヤ、ナオキさんは元気か?」
「ええ、おかげさまでこの間黒木さんに直してもらった車が乗りやすくなったと喜んで出張してますよ」
「そう、また調整したかったら言って」
黒木さんはそれだけ言うとオレから持ってきた車の鍵を受け取り、倉庫に入れる段取りを始めた。
「ねえユッキー、今日はアマネちゃんは一緒じゃないの?」
カヨさんはオレの肩にガバッと腕を回すとこれでもかとたわわな乳を押し付けてきた。オレがこういうのに慣れてないのを知っていてわざとやっている。そしていつものようにオレはあえてクールにスマートに対応する。
「今週テストなんで勉強してますよ」
「アマネちゃん偉いわー!お姉さんから差し入れだってこれ渡しといて!」
いつの間にか持っていたドーナツが入った茶色の紙袋をオレに押し付けると直後、真剣な顔でカヨさんは尋ねる。
「まだ手がかりは入ってこないの?」
「ええ、まあ。相変わらず警察や病院はダメだし、今のところ学校では何も発作とか起きてないようなんでとりあえず長い目で見てはいますが・・・」
アマネの件を一番に相談したのがこちらの夫妻だった。家庭用から企業用まで幅広いお客さんの車を整備しているので顔も広い。加えて、やはり女子にしか分からないこともあるだろうとカヨさんは数少ないアマネの女友達として接してくれる。ほぼ毎日メールするくらい仲良しだ。
ちなみに白井さんと呼ぶと他人行儀でイヤだと言われ、オレにはカヨさん、アマネにはお姉ちゃんと呼ぶように命じている。
「そっかぁ・・・ウチもそれっぽくはいろんな人に聞いてるんだけど全然ね。まあナオくんとユッキーがいれば安心だ!しっかりいいお兄ちゃんしろよー!」
カヨさんはオレの頭をワシャワシャとする。この人のノリはハッピーすぎてついていけん!
「ケンー!代車どれ貸すの?」
丁度ウチの車を入れ終わった黒木さんは、先程エンジンを調整していた車を指差す。
「ユキヤ、オマエの車だ」
「ええっ?オレ、金ないっすよ?」
「ナオキさんからもらってる。サプライズボーナスだとさ」
それはまさにオレの理想のスポーツタイプのコンパクトカーだった。
この仕事を始める前は特に車に興味はなかったし、始めてからも自分の所有車はなくていいと思っていた。
しかし、ちょっとした車の故障をナオさんに教わりながら修理してみたり、仕事によって車両を変えていろいろ乗ってみたりしているうちに車というモノに対して価値観が変わってきた。言葉には出さなかったが、去年あたりから自分の自由にできる汎用性のある車があってもいいなと思ってこっそり貯金を始めたのだが、社長にはお見通しだったということか。
「フフン、こっそりアタシらあーでもないこーでもないってケンカもしながらユッキーの車準備したんだから」
カヨさんは腰に手を当てて鼻高々にドヤ顔をする。それを尻目に黒木さんは運転席のドアを開けて乗ってみろと促す。
「ダッシュボードに車検証や保険証は入れてある。プライベートで使うことを想定したMTだが、1つ勝手に機能をつけた」
「ビームでも出るんすか?」
「ビームは出ないが速度が出る」
「ターボ付きってことですか」
「ああ。でもただのターボではない。オーディオの下に切り替えスイッチがあるだろ」
「あ、はい」
オレは一見して何の変哲もないが何のスイッチか分からないものを見つけた。
「普段は160がリミットの普通車だが、実はレース用のエンジンを搭載していてそれがリミット解除のスイッチだ」
「違法じゃないすか」
「グレーゾーンだ。一応ナンバープレートは最大時速350が可能なナンバーだ」
何かとんでもないことを真顔で言っている黒木さん。「本当?」と言った顔でオレはカヨさんに顔を向けたが、ただ頷くだけのカヨさんの反応にそれが真実であることを理解する。
「なるだけ使わないようにしときます」
「300以上のポテンシャルを出せる道が日本にはまずないが、重たいモノをこれで運ぶことになっても大丈夫だ」
なるほど、そういう使い方なら納得だ。
・・・いや、改造車に納得してはいけないのだが。そもそも最大積載量というものがあって・・・
「注意点としては始動前は必ず切っておくこと。エンジンにだいぶ負荷がかかる」
「ケンがよく喋るときはガラにもなく熱中してるか興奮してるときなのよ。要はそれだけ自信作ってこと!」
カヨさんはウインクして黒木さんの今までの話をまとめ上げた。
「ありがとうございます。大事に乗ります」
オレは早速キーを差し込みセルを回す。
ブォン!
大口径のマフラーの割には意外に消音。第一印象はすごくイイ!
「ユッキー、風が強くなってきてて雨も降りそうだから気を付けて帰るんだよ」
「はい、それじゃあ失礼します」
オレはアクセルを踏み、シロクロオートサービスを出た。初めての自分の車にまるで子供の頃のようなワクワクを思い起こしながらハンドルを切る。
そんな幸せも束の間、カヨさんの言った通り雨が降ってきた。ポツポツではなく急にバケツをひっくり返したかのようなどしゃ降りだ。
「とんでもないファーストランになっちまったな」
ボソリと独り言を放ってオレは気分転換にとラジオをつけた。
『繰り返します。〇〇市で大規模な停電が発生しており、信号機や踏切等に影響が出ています』
ん?うちの事務所がある住所だ。アマネは大丈夫だろうか。
思いがよぎったところでタイミングよく携帯に着信が入る。アマネだった。
「もしもしアマネ?停電だそうだけど大丈夫か?」
『ユキヤ・・・助けて』
「アマネ!?どうした、何があった?」
オレの問いにはアマネからの返事がなく、ただ遠くで連続した大きな物音が聞こえた。それが尋常ではない事態だと判断するのに時間はかからなかった。
ここから事務所までは飛ばしても30分・・・クソッ!生憎オレには今この車しか手段がない。そしてただひとつ残された希望はこの黒木さんが自信満々に語ったスイッチだけだ。しかし初見で得たいの知れないこの機能を使いこなせるのか?
黒木さんは、この機能が効力を発揮できる道が日本にはないと言った。
だが、そんなことを躊躇している中でまた電話から激しい音が聞こえてくる。恐らくアマネはケータイから離れているに違いない。
良くて逃げ回ってくれている。或いは何者かに捕まり、最悪な事態が起きている。
「迷ってはいられない!オレはもう誰かを失いたくはない!!」
オレは力強くスイッチをオンにした。
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