閑話休題 オレと役者と過去物語(1)

「次、風上」

「はい」


オレは昨晩自宅で練習した1シーンの演技を皆の前で披露する。


「やめ!お前やる気あるのか?帰ってもいいぞオイ!」


舞台監督は立ち上がりオレに詰め寄る。


「・・・すみません」

「目は謝ってねえんだよコラ」


金髪にピアス、そして手首に刺青を入れたこの男、長谷川キョウスケは業界では有名なドラマの監督だった。演者の女性に手を出しまくり、マスコミに干され、今は劇団の舞台監督をしている。いわば過去の栄光にすがっているだけのただの天下りだ。


「風上ぃ、オレのキャスティングが気に入らねえのかぁ?あぁん?」

「・・・いえ、適材適所と思います」

「違ぇよバカ!テメエにはこの役すらすぎた役なんだよ!」


長谷川はオレの肩をドンと押す。その勢いでオレは後ろへ倒れ込む。


「ンだよその目!役降ろすぞコラ!」

「すみません」

「あーもう今日は終わりだ終わり。あとは各自練習な。解散解散!」


予定よりも1時間以上早く解散を宣言される。劇団員の皆はそろそろと帰り支度を始める。その中にはオレを睨み、「こいつのせいで監督を怒らせて貴重な練習時間がなくなった」と思っているヤツも多いだろう。舞台の公演までもう1ヶ月をきっている。そろそろ追い込みをかけたい時期にオレが監督とウマが合わないが為に迷惑をかけているのは自覚している。


「ユキヤくん、大丈夫?」


仲間の女子が座り込むオレに手を差し出す。


「ああ、ごめんな。この大事な時期に」


オレはその子の手を掴み、ヨッと立ち上がった。


「長谷川さん、どうしてユキヤくんにだけあんなにきつくあたるのかな・・・」


この優しい女神のような子は倉田マキという。今回の舞台のメインヒロイン役で、まあ言ってしまうと劇団内のセンターアイドルのような存在だ。マキに想いを寄せる男子はかなりいるのだが、一応ウチの劇団は内部恋愛禁止なので裏ではマキを巡ってバトルが勃発しているだとかなんとか・・・。

オレはあまり恋愛体質ではないから、マキは可愛いなと思うことがあっても惚れることはなかった。


「心当たりがありすぎてわからんな。いきなりこの劇団に来て脚本と監督をしてるのが気に入らないってオレの顔が無意識に言ってるんだとさ」

「じゃあなんでユキヤくんをキャスティングしたんだろ」


自慢になるから口には出さなかったが、長谷川がこの劇団に来た初日に団員の実力を確認するための個別面談を行った。いわゆるオーディションだ。その時にオレの演技力を高くかってくれていて今回の役を演じることになったという経緯がある。


「とりあえずみんなに迷惑かけてるから帰って役作りしとくわ。ごめんな」


何かを言いかけようとしたマキに背を向けて逃げるようにオレはその場を去った。





「はぁ」

とオレは、今日起きた全ての嫌なことを吐き出すかのようにため息をつき、自部屋のベッドに倒れていた。


「長谷川が来てからろくなことがねえ」


演技を学ぶために田舎から出てきたオレは、昼は学校、夜は劇団、明け方に新聞配達のバイト、とまあまあハードな生活を送っていた。しかし夢を叶えるため、好きなことをして生活していると思えば充実した日々を過ごしていると感じる。

元々、今の劇団に所属したのは学校ではなかなか学べない現場の空気に触れるため、プロの舞台作りのノウハウを学ぶためである。趣味で映画や舞台を見に行っていた中で、ここの劇団長と直接会う機会があり入団させてもらった。所属している人員は同じ年齢くらいの若者がほとんどで、互いに切磋琢磨しあえる環境がオレにはとても心地よかった。

そんな中、劇団長が病気を患い長期入院したのが1年前。年に2回行っている定期公演を中止にするわけにいかず、かつての劇団のOBで実績もある長谷川に脚本と監督を委ねた。

長谷川が仕切った最初の公演は『業界のトラブルメーカー汚名返上』というキャッチコピーの元にメディアで大々的に報じられ、ウチの劇団は長谷川ブランドとして一躍有名となった。全3日間の公演は前売りで満員御礼となり、追加公演まで行った。

そんな大成功の喜びの束の間に入院していた劇団長の容態が悪化し急死してしまう。一同一致の元に劇団は解散と思われた矢先に長谷川の一言が劇団を存続させた。


「オレは団長に恩がある。まだ若いお前らも少なからずそうだろう?オレは団長の家族に頼んでこの劇団を引き継ぐつもりでいる。オレが2代目でもまだ続けてもいいと思うやつは一緒に頑張っていかないか?」


斯くして起死回生の一手をとった我が劇団は、半年後の次の公演に向けて長谷川を2代目として再びメディアから注目されるのだった。


と同時にとある噂が広まっていく。


長谷川が劇団長を殺したのではないか?と。


何もかもタイミングがよすぎること。これには少なからず何らかの陰謀があって然り。

また、長谷川の酒癖と女癖の悪さも再び浮上する。

長谷川はそんな叩き上げに自暴自棄となり今の風貌へと変化し、八つ当たりよろしく劇団員につらく当たり始める。それを苦に1人2人と辞めていった。

で、オレが長谷川に直訴したのが今から3ヶ月前。


「みんなアンタのあの言葉に動かされたから続けてきたのに、今のやり方は酷いんじゃないですか?」

「あぁん?風上ぃ、オマエ少し勘違いしてるな」

「勘違い?」

「この劇団はもはやオレの国だ。城だ。オレという王がいなければ成り立たない。逆に言うなれば、オマエらの役者として有名になりたいという夢が今!現実に!叶えられているのは誰のおかげだ?」

「それは・・・」


悔しいが言い返せなかった。星の数ほどある弱小劇団に世間から陽の目を浴びせてくれたのは話題性のあったこの男だ。


「ひでえと思わねえかぁ?例えオレが過去に問題や騒動を起こしてきたとしてもだ、それを利用して今オマエらを有名な役者としてたててやってんのによー。元・団長が聞いたら悲しむぜ?」


そこで劇団長の名を出すことは非常に汚い。卑劣だ。


「だから何をされても言われても黙って感謝して言いなりになっておけ、と言うんですか?」

「ちょっとくらいよぉ、世間様から叩かれてるオレ様のストレスの捌け口になってくれてもよくねえかぁ風上ぃ?」


睨み付けるように見上げると長谷川は何かを思い付いたかのようにニヤリとほくそ笑んだ。


「ひとついいこと教えてやるよ。人間の欲ってのはな、時としてテメエ以外のヤツのことなんかどうでもよくなるくらいの野望に変わるヤツもいるんだよなぁ」


オレに背を向けてまるで舞台で演技をするかのように歩き出す長谷川。


「で、だ。更にその野望が深くなるとな、人間ってヤツは自分の身さえも省みねえ行動をとるようになるわけよ。もはや叶えたい欲望のために多くの犠牲を払って、やっとそれが叶っても受け止める器は自分の理想とした自分じゃねえってパラドックスに陥るわけ」

「何の話ですか?」

「オレが今度イイ役を与えて有名にしてやろうかって言うとな、ケツ振ってねだってくるヤツもいるんだよなぁ。文字通りな!」

「悪い女癖が戻ったって噂は本当だったんだな」

「おいおい、オレは来るものを拒まないだけだし?オレの方から股を開けとは言ってねえから。非難されるなら痛み分けじゃね?」

「ウチの女子を食い物にしてるってことかと言っているんだ!」

「あぁ綺麗どこは一通り味見したかな。あ、まだあの倉田って子は食ってねえわ。だがもう皿の上だからよ。一番好きなものは後にとっとく派なんでな」

「マキは・・・アイツはアンタの思い通りにはいかない。アイツは真っ直ぐに実力で夢を叶える!」

「ははぁん、オマエも惚れてるのか?」


前述もしたがオレは恋愛体質ではない。もっと言えば男女問わず他人に興味がない。自分を高めて色々なことに挑戦したい。

その夢を欲望とするならばコイツの言うパラドックスに一番陥り易いのはオレかもしれない。だからオレは他人を食い物にしているからというよりも、気に入らないコイツが至極正論を述べることにオレ自身が図星を感じるのでブチキレたということだ。


「風上ぃ、倉田を食ったら食レポを細かにしてやるよ。辞めていった野郎共と同じ反応なんてつまんねえからよ、しっかり気持ち作っとけよ?ハハハハハ」


長谷川はそれだけ言うとその場を去った。

・・・情けない。長谷川が?いや、オレがだ。

アイツの話術にハマったオレが情けない。

他人に興味がないオレが、何の根拠もなしにマキが実力で夢を叶えると吠えるしかなかった自分が情けない。

同時に、きっとオレと同じことを長谷川に意見し、絶望し、ここを去った元劇団員たちの気持ちが理解できて納得してしまったオレが情けない。




「寝るか・・・」


あれこれ考えても今すぐにできることは何もない。早朝の新聞配達のバイトもあるし、オレは今日の出来事を明日のオレに丸投げすることにした。

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