第2話 オレと仕事と2人組

とにかく時間がねえ・・・。


「ユキヤ、次の路地を左折してすぐを右」

「了解!」


キキッ!ブォンッ!


「この時間なら路地裏を抜けたほうが早いけど交差点に気を付けて」


自動二輪の後ろでオレの背中に掴まっているアマネがサポートしてくれる。


「アマネ、今何時だ?」

「16時58分。あと2分で社門が自動ロック」

「チッ、なんとか間に合わす!」


法定速度を度外視したスピードで市内を爆走している。普通の女の子なら悲鳴をあげて目をつぶり怖がりそうなものだが、アマネはしっかりとオレの死角もフォローしてくれるので全開でアクセルを回せる。

・・・みんなはくれぐれも安全運転を心掛けてくれ。


「あと1分切った」

「ゴールが見えた!アマネ、すぐに降りる準備をしといてくれ」

「ユキヤ、左からトラック!」

「マジか!?」


油断大敵。ゴール前を塞ぐ4トンロングのトラックがゆっくりと横切る。


「アマネ!飛べ!」


オレは歩道の縁石に前輪を乗せ、急加速することでウィリーし、車体が平行に戻る瞬間に前ブレーキを思いっきりかけた。その反動で今度は後輪がシーソーの原理で跳ね上がり、同時にアマネは幅跳びの選手のようにバイクから飛び出す。おおよそ2メートルは高く空中に投げ出され、5メートルの距離は跨いだであろう。

アマネはその間、背負ったピンクのリュックを足元に敷き、見事トラックと社門を飛び越えたのちに無傷で着地に成功した。

対称的にオレはその後バランスを崩し、盛大にバイクごと転倒するという醜態を晒す。

その光景を間近で見ていた守衛のじいさんはあんぐりと口を開けたままであったが、大丈夫、ショックで召されることはなかった。

用事を済ませたアマネが内側から勝手に鍵を開け戻ってきた。


「ユキヤ生きてる?」

「オマエ、タフだな・・・間に合ったか?」

「ロビーで見てた記者さんが、あなたたち何者だ?今度取材させてくれ、だってさ」


まああれだけド派手なアクションをテレビ以外でリアルに見せられたらそりゃそうだな。


「事務所を通すように言ってくれ」


250ccのバイクを起こしてエンジンをかける。多少傷ついたものの走行に支障はなさそうだ。


「帰ろうぜ」

「ラーメンが食べたい」

「またおごれってか?」

「いたいけな少女をぶっ飛ばす運送屋としてタレコミをもとに記事を書いてもらおうか」

「あ、オマエそういう脅迫はよろしくないぞ」

「お気に入りのリュックも新しいのにしてもらわねば」


アマネは汚れて肩紐のきれたリュックをブラーンと見せつける。それには丁度寒くなったら重ねて着れる用の服が入っていた。幸い中身は無事だったようだ。しかしまあ先ほどはそれをクッションとして無傷に着地したというのだからコイツの機転のよさは本当にどこからくるのだろうか。コイツなら何とかなるだろうという不思議な信用を根拠に人を乗り物から放り出すという曲芸がやれたのだが。


「はいはい。社長に言って経費で賄ってもらうよ」


こうして日曜の緊急のどたばた配達は完了した。





そもそものいきさつはこうだ。


ラーメンフリークの男がいた。食べ歩き日記のようなブログが人気を集め、各雑誌社がライターとしてうちにコラムを書いてくれと成り行きでフリーライター業を始めることとなった。

しかし仕事を受けすぎた男は原稿の締め切りに追われるようになり、耐えきれなくなった彼は居留守、逃亡などあらゆる回避行動をとり何度と原稿を落としてきた。

読者からのクレームが日に日に増え、堪忍袋の尾がきれた雑誌社たちは同盟を組んで男ととある契約を結ばせた。


「今度原稿を落とすことがあれば、契約違反に加え、読者たちからのクレームを多々被ったという訴状を裁判所に提出し賠償金を要求する」と。


涙目で病室のベッドから新堂ナオキに語りかける依頼者の名はペンネーム、十文字麺魔という。オレはその傍らで二人の会話をただ聞いていた。


「なるほど。事情はお察ししました。そして必死に原稿を仕上げたはいいが無理がたたって身体を壊し、提出ができないのでうちに依頼した、と?」

「新たな契約の内容の中に自分で提出に来ることが義務づけられていましたが、この有り様で」


ビタミン剤や栄養剤的な点滴だろうか。十文字さんは布団をまくりその腕をオレたちに見せる。

しかしなるほど、雑誌社の気持ちも分からんでもない。わざわざ原稿を受け取りに行って無駄足。

ウチの業界にしても宅配をしていて不在が続けばもう自分で取りに来いよ、燃費だってただじゃねえんだよ、と確かに思う。


「いいでしょう、その仕事引き受けさせていただきます」

「ありがとうございます」

「ただし条件があります」


社長が後出しの条件を客につけるとは珍しい・・・。


「私も実は根っからのラーメン好きでして、あなたのブログを参考によく食べ歩きしてるんですよ」

「ああ、そうでしたか。これはこれは・・・」


男は首だけで会釈して感謝を述べる。


「ただ、いちファンとして今のあなたはコラムを楽しみにしている読者を裏切りすぎていると感じます。これまでの経緯まではとやかく口出しできませんが、せめて仕事量を減らすなど調整してご自身のこともご自愛ください」


一見、優しそうに聞こえるこの言葉が後になって実は十文字さんを苦しめることとなったと知るのはまだ先の話であった。


「さて、原稿はお預かりしましたが締め切りは?」

「今日までが3件です。雑誌社の中には夕方17時で正門が閉まるところもあるので・・・これが住所です」


十文字さんが渡したそれはいずれも隣接する県外、しかもここを中心に北、南東、南西、と3方向に割れた所在地だった。

それを見た社長は瞬時にオレに指示を飛ばす。


「ユキヤくん、今すぐアマネちゃんと北のB社に向かってくれ。ボクはA社とC社に急ぐ」


時刻は16時。どうひっくり返しても陸路では到底2件が限界・・・だが社長には考えがあるのだとこれまでの付き合いから信じて疑わなかった。


「了解です」


オレは原稿を受け取り、すぐに病室を出た。外に出てすぐマンガ喫茶で待たせている女子高生に電話をかける。

アマネは病院に猛烈に拒否反応を起こすため一緒に話を聞きに来れなかったが、緊急の仕事ということで途中まで車両2台の3人で来ていたのだ。


「アマネ、隣の県まで1時間を切った依頼だ。ナビを頼む」

「アナタは間に合うわ。ワタシがナビするもの」

「よくわからんロボットマンガを読んでたところ悪いんだがな、経験上かなり厳しめの依頼だ。詳しくは向かいながら話す」


アマネと合流して乗ってきた車で向かおうとするも、道のり的に会社の前を通り、スピードと小回りが要求されることからアマネの提案で250ccのバイクに乗り換えた。その作戦がバシッとハマり、途中の渋滞を簡単にすり抜け、目的地までほぼウエイトなしで向かうことができた。





一方、オレのほぼ倍の距離を走ることとなった社長はというと・・・。


「TV局に貸してたヘリを緊急手配して大学病院のヘリポートを使わせてもらって1件。そのあとタクシーで港まで出て水上ジェットで間に合わせたよ」


と。何を言っているのか普通の運送屋には理解し難いが、社長は若いときに趣味が興じてありとあらゆる乗り物の資格を取得したという。そして今回のようなムチャ振りの依頼を多数こなすうちに知り合いも増え、所持する車両も(車以外の乗り物も多々)増えていったらしい。

ガレージに置けないヘリやボートや重機などは知り合いに安価でレンタルして置場を確保したり、社長が1人で運送屋をやってた頃は資格を生かして空いた時間に新規資格取得者の教官補助をしたり、こと乗り物が純粋に好きなのだそうだ。


「A社とC社はいずれも港町。なるほど、海路という手があったっすね」

「いやはや、想定してた最悪の状況ではなかったけど今日も2人に無理させて悪かったね」


ラーメン屋で着丼を待つ間に電話で互いの報告を済ませ、オレはようやく自分の緊張を解いた。


「社長、間に合ったってさ」

「当然じゃん?パパに配達できない案件はないもの」

「オマエ、社長と全然一緒にいることないのに何を分かったように言うんだよ」


アマネは店の天井を見つめ、少しの沈黙のあと小声で呟いた。


「パパは・・・のほうが大事だから」


肝心なところはラーメン屋のオヤジの「へいおまち」で聞こえなかったがアマネには何かナオさんに対しての思いがあるのだろう。


「奇遇ですね」


背後から肩をつつかれ、オレはハッと振り返った。そこには先日ナオさんを訪ねてきた公安の2組がいた。


「この間はどうも」


今日は長身のほうが挨拶をしてきた。体格に比例してもっと野太い声かと思いきや聞き取りやすいクリアな声だった。


「お仕事ですか?」


とはオレ。このラーメン屋は配達先のB社の近く。つまり県を離れて再会するということなのだから奇遇も奇遇である。


「いえ、篠原さんの付き添いです」


篠原とはもう1人の小太りの方だ。


「田上くん、満席のようだから食券を出したら外へ・・・おや?」


察するに2人は今入店し、田上と呼ばれた長身の方が先に食券を買い、席を探しに店内に入ったのだがオレを見つけて話しかけた、と、こんなとこだろうか。


「奇遇ですねえ」


篠原は相変わらず嫌みたらしいにやけ顔で田上と同じことを口にする。


「ども。社長にはこの間お2人がみえたと伝えてあります」

「あぁ、その件でしたらすでに依頼人が新堂さんとコンタクトをとれると喜んでおりましたので」


オレの隣の席2つが食べ終えた丼をカウンターにおく。


「こちらよろしいです?」


よろしいかと聞かれると気分的にはよろしくはないのだが、順番的にはここしかないので仕方ない。よく分からないがオレはこの2人、特にこの篠原とは仲良くなれないと思うわけだ。


「ユキヤ、誰?」


初対面のアマネは当然そうなるだろう。しかし『病院』と『警察』という言葉がアマネにはタブーであることから、『探偵』というワードもたぶん気分を害すであろうと咄嗟に判断し、こう説明する。


「この前社長を訪ねてきた人たちだ」

「そちらは?」


・・・篠原、やはり聞かずにはいられなかったか・・・。


「ウチのバイトです」

「そうでしたか、どうも」


篠原はニヤリとしただけであえて自分が何者かを改めて紹介することはしなかった。こういう食えないやり方が気に入らないのだ。


「ここのつけ麺が好きでしてね。丁度仕事で近くまで来たもので、田上にもぜひ食べてもらおうと」


ん?田上はさっき仕事かと聞いたら「いえ」と答えた気がしたが・・・。元々こそこそする仕事なのだろうからいちいち気にはしないことにする。


「ユキヤ、先に出てる」


半分も食べないうちにアマネは丼をカウンターに上げた。ああ、居心地はさぞ悪いだろう。オレと同じことを彼女は感じたのだと思う。


「おや、口に合いませんでしたか?」


店主でもない篠原がアマネを引き留めようとそんなことを口にする。

アマネはただ「いえ」とだけ発して店を出た。


「すみませんね、アマネは人見知りなんで」

「ふふ、可愛いじゃないですか。付き合っていらっしゃるんでしょ?」

「ブハッ!」


篠原の問いに対して典型的なリアクションをとってしまう。ティッシュで口元を整えながら反論する。


「冗談も大概にしといてくれませんか。オレはアイツのアニキ分みたいなもんすよ!」

「なるほどなるほど。いや、下の名前で呼びあっていましたから」


言われてみれば見る人が見たらそうなるか。だがオレはアラサーだし、小柄なペッタン子のアマネがタイプなほどマニアックな趣味を持っていない。


「ごちそうさま!」


オレはスープまで飲み干すとカウンターに丼を上げた。


「1つだけ言わせてもらいますが、探偵だと名乗った以上、こちらのことを聞く行為は世間話としてとれないんで」

「まあそうですね。人間誰しも触れられたくない隠し事の1つや2つあるものですからね。いや失礼」


逐一引っかかる言い回しをされ、これ以上彼らと会話を交わしたくなくなりオレは早々に店外へ出る。


その後の店内。

「田上、ホシの顔は覚えたな」

「問題ありません。尾行しますか?」

「いやまだだ。あの男を崩すまで少し泳がせる」

「了解です」

「彼女には報告したのか?」

「いえ、まだ何も」

「別の件から処理するか。こちらはひとまずここで打ち切る」

「了解です」

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