CARRY ON!

田中シンヤ

第1話 オレと社長と女子高生

「あざーす!」


市場への配達を終えたオレは軽く会釈をしてその場を去ろうとした。


「風上(かざかみ)くん、これ!」


荷受け人の工場のおじさんが投げてよこしたそれは、真冬で悴んだオレの両手に温もりを取り戻してくれた。


「いつも無理言って悪いね。コーヒー、帰りのトラックで飲んでよ」

「やー生き返りますわ。いただきます!」


オレが缶コーヒーを持った右手を少し上げると、おじさんは汚いウインクをして親指を立てて奥へと戻っていった。


「はは・・・参ったな。オレ、ブラックだめなんだけどな」


笑顔で聞こえないように呟く。善意に罪はない。

ところで、どうしてパワー系の業界はブラックコーヒーを好む人が多いのだろうか?消費カロリーが大きいのだから同じ値段で糖分の入ったモノのほうが得だし効率的ではないだろうか・・・。

まあそんなことはどうでもいい。これで今日の配達は全て終了だ。

オレは自分のトラックの運転席に戻り、シートベルトをしめた。


「ユキヤ、電話」


助手席の女子高生がオレの携帯電話を差し出す。


「また勝手に出やがって・・・もしもし」

「ユキヤくん、お疲れ様。アマネちゃんとの仕事も慣れてきたかな?」


電話の相手はうちの社長、新堂ナオキ。

そして隣にいる2トントラックに乗るに似つかわしくないブレザーを着た少女がアマネという。名字はない。


「お疲れっす。いや、慣れるも何も配達先の目が・・・どんな関係かとかまだ聞かれないですけど時間の問題かと」

「ハハハ、うちのバイトの子ってことで通してくれれば大丈夫だよ。それより学校、間に合うように送ってあげてね」


アマネは夜間の高校に通っている。あ、違うな。社長が通わせているのだ。

2ヶ月前、傷だらけで倒れていたアマネをオレが手当てのために事務所へ運び、自分の名前以外の記憶喪失が発覚し、事件性を考慮したうえで身元がわかるまで社長が一時的に保護することにしたまではいいが、社長は基本的に遠出の配達の仕事をしているために昼間はオレの助手として共に行動している。

しかし本分は学生であったであろうアマネはやはりちゃんと学校に行かせたい、と社長が夜間の高校に通わせることにしたのだ。

そういうことで送り迎えもオレの仕事になってしまっている。


「まだアマネの情報とか入んないんすか?」

「ああ、全然。ニュース見たり信用のおけるところに聞いたりしてるけど、女子高生の家出とか失踪とかそういうのがないんだよね」

「そうすか・・・」

「アマネちゃんが警察とか病院とか過剰に怖がるから、それが緩和されるか何かしら耳に入るまでは仲良くやってくれないかな?」


ウチの社長はよく言えば懐が深いのだろうが、悪く言えばお人好しすぎるのだ。しかしそんな社長だから、キツイ配達仕事で何度も辞めようかと思ったけどオレは続けてこれたし、社長とオレのたった2人の小さな会社だけれども大きいグループ企業からの仕事もバンバン入ってくるため、新堂ナオキという存在は運送業界でもちょっと有名な人物である。


「恩人であるナオさんの頼み、断れるわけないじゃないすか。まあ、コイツに嫌われないようには努力するっす」


オレは入社する前は社長をナオさんと呼んでいた。今でも私的な場では時々ナオさんと呼ぶ。


「悪いね。おっと、高速道路に乗るから切るね。また事務所で」

「うい。お疲れっす」


目の前にいるわけでもない社長にリアルに会釈して終話ボタンを押す。


「パパ、なんだって?」


アマネは社長をパパと呼ぶ。

・・・わかっている。みんなが言いたいことはよくわかってはいる。

女子高生が実の父でもない社長をパパと呼ぶ・・・

よろしくない。実に世間的によろしくない。


「アマネを学校に間に合うように送ってやれってさ。それと、社長をパパと呼ぶのやめろってば」

「問題ない。外では言っていないから。それに記憶が戻るまでは父親だと思ってくれていいって言ってくれた」


色々と大問題だ・・・。ツッコミどころが多すぎて芸人ではないオレは考えることを諦めた。


「まあ・・・とりあえず学校行くか。アマネ、ブラックだけどコーヒー飲むか?」

「いただこう」


変わり者だがアマネは助手として非常に優秀だ。例えば記憶力が良く、一度通った道は確実に覚えていて、過去に通った道とリンクさせ最短時間で導いてくれたり、特に仕事を教えたわけではないのにこちらが必要としている物事を何も言わずとも準備したりと、バイトとはいえこんな短期間でそつなくこなすことはたやすくできることではない。

本人曰く「カラだから新しいことがすぐ頭に入るのだ」と。

あいにくオレは記憶喪失になったことがないので否定も肯定もできないが、コイツの能力はホンモノだと思っている。

などと回想を入れつつアマネの学校に到着する。助手席のドアを開けかけたアマネが思い出したかのようにこちらを振り向く。


「ユキヤ、冷凍庫のアイスがなくなったからまた買っておいて」

「オレはオマエの世話係じゃねえっつーの!だいたい給料日前になんでオマエ個人の食費を捻出しなきゃねえんだよ」

「助手の働きに対する正当なチップを要求する」

「チップに正当なもんはねえよ!」

「あ、チョコチップがいい。ではワタシはこれにてドロン」


言いたいことだけ言ってアマネはバタンとドアを閉め、「じゃ、そゆことでヨロシコ」と言わんばかりに右手を上げた。


「ったく、冬にアイス代で財布にトドメをさされるのはオレぐらいのもんだぞ」


毒づくも肉体労働で疲れた身体は満更でもなく甘いものを欲しているので、アマネの提案は肯定だ。とはいえ、毎回いいようにアマネに使われてはたまらないのでオレはバニラアイスをスーパーで買うことにした。





時刻は18時。

買い物袋をぶらさげたオレは疲れた足を引きずるように外の鉄筋階段を上っていた。

ウチの事務所は3階建ての一軒家をリフォームした1階にあり、2階がオレの居住部屋、もともと社長のプライベートルームだった3階がアマネの部屋として使用されている。

オレが入社してから社長は日またぎや遅掛けの仕事を担当し、ほぼ寝るためにしか帰らないからという理由で今は1階の事務所が社長の部屋を兼ねている。おそらくは年頃のアマネを気遣って後付けの理由を公言したのだと思うが、新堂ナオキという人間は本当によくできたリーダーだと思う。

ひとまず荷捌きの為に自分の部屋のドアを開けた。アマネのぶんのアイスは後で持っていってやろう。オレは冷凍庫に手を伸ばした。


ピンポーン


帰って来た早々に来客とは・・・あいにくインターフォンなるものはこの部屋にはついていないので面倒だがドア越しに尋ねる。


「どちら様で?」


通販で頼んだ物の宅配ではないだろう。疲れているからセールスの類いは悪いがご遠慮願いたいものだが、もしも事務所に仕事の依頼で来たお客様なら失礼があってはならない。

オレは中性のぶっきらぼうな問いかけで対応した。


「新堂ナオキさんはいらっしゃいますか?」


オレはどちら様かと聞いた。名乗りもせず質問に質問で返すということは少なくとも仕事の客ではない。


「仕事で外出してますが何か?」

「失礼。あなたは新堂さんとどのような関係ですか?」


あー・・・今のオレにはしごく腹立たしいやり取りだ。ドア越しで会話を済ませたかったが不機嫌な顔をしていると察してもらってお帰り願おう。


ガチャ


「あのですね、あれこれ詮索する前にまずは名乗るのが礼儀でしょうが」


対面。

黒いスーツ姿の中年男性二人組。片方は長身のマッチョ。先ほどからオレをイラつかせていると思われるもう片方はふくよかな腹をしたオッサンだった。


「ああ失礼。顔も見せずにセールスなら帰れと追い返されて誤解も解けずにそうですかと帰れない仕事でしてね」

「警察?」

「公安です。公立の探偵です」


ますますもって面倒だ。一番の心当たりはやはりアマネの件。その他はまあ道路交通法的な違反したでしょ?か。

しかしまて。そういうのは警察がやることではないのか?公安・・・探偵が動くということは依頼者がいて何か秘密裏に調べものをしているということだ。

だが、調査対象に自分は探偵だと名乗るか?


「探偵が運送会社の何をお調べに?」

「いえいえ、会社をどうこうではなく新堂さんを探して欲しいと依頼されましてね。こちらに住まわれているとわかった時点で仕事は完了です。あなたが住み込みの社員さんであるということが裏付けとして取れましたのでぶしつけで申し訳ない」


太った中年は一礼し、名刺を取り出す。

嘘はないと判断し、そういう事情且つ説明してくれたのならこちらも悪い気はしない。


「うちは個人経営の小さな会社ですがHPもあります。新堂ナオキはこそこそ隠れるような人間ではありません。御用の際はよろしくとそちらの依頼人さんにお伝えください。これ、一応オレのですけど名刺です。住所と会社の電話番号も入ってるので」

「おお、これは親切にありがとうございます。それではお疲れのところ失礼いたしました」


名刺交換を終えると、今度は長身の男もお辞儀し、二人は階段を降りていった。

さて、ここでオレは考える。

第一に、なぜ住所や電話番号も載っているHPも構えているのに社長を探すために探偵が来るのか。

そして、細かな仕草等で気付かれたのかあれこれこちらが説明するまでもなく自身の推測を多々語ったのはなぜか。


「何かの警告ってことか」


要するに、彼らには別の目的が少なからずあり、善意なら自分たちは目をつけられているのだぞと告げにきた、もしくは悪意ならこれ以上今やっていることに深入りするな、ということであろうと推測できる。彼らが話したことには嘘はないが真意もない。薄々感じてはいたのだが、こちらも腹を探られるのも気持ちが悪いので事務的な対応をしたつもりだ。


「一応、社長が帰ってきたら報告しとくか」


そう呟いて部屋に戻ると室温でパッケージに汗をかいたアイスが転がっていた。


「・・・アマネが帰ってくる時間までには固まるだろ」


オレはしれっと冷凍庫にそれをぶちこんだ。


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