サグカレーと片想い 後編
ヘンリーと共に現れた冒険者は、みな少し年上で、がたいの良い男性二人と、いかにも気が強そうな美女一人だった。
「ここが例のカレー屋さんだ! ヘンリーは地元だから来たことはあるんだろ?」
「いえ、実は初めてなんです」
「そうか! そうか! なら、都合がいいや! 俺たちがおススメを教えてやるからな!」
「ちょっと! ボブソンは、味よりも量があれば、なんでもいいでしょ! だめよ、こいつの言うことをうのみにしたら!」
「待て、待て! サラ! ヘンリーは正直者だから、そんなことを言ったら、すぐに信じちまうだろ!」
「がはははっ! サラの言う通りだぜ! ヘンリー、ここは俺が色々と教えてやるから安心しな!」
「おいっ! そういうリチャードだって、ついこの間……」
ヘンリーを真ん中にして、賑やかに唾を飛ばし合う三人の様子は、まるで兄弟喧嘩のようだ。
そんな彼らのことを、ヘンリーは目を輝かせながら見つめている。
そしてみんなが大笑いすれば、一緒になって笑い声をあげていた。
彼らの様子は、他の人を寄せ付けない、四人だけの世界に思えてならなかった。
きっと、この世界を作ることが『儀式』の目的なのだろう。
つまり先輩冒険者と新人冒険者の間に、切っても切れぬ固い絆を結ぶことで、互いに命を預け合えるようにするのだ。
だから『他人』である私が、彼らの輪の中に割って入るのは、絶対に許されない。
もちろんそれは、私だけではなく、ノエラも同じこと……。
店の片隅で、うつむき加減の彼女の胸の内を思うだけで、胸がはりさけそうになる。
手を伸ばせば届く距離に、恋する相手がいるのに、視線すら向けることすらできないもどかしさ。
自分の知らない人たちと、あんなにも楽しそうにしている笑い声を聞かねばならない悔しさ。
それでもお店から出ていこうとしないのは、好きな人と少しでも長くそばにいたいという切ない恋心によるものに違いない。
「おうっ! 腹いっぱいになったかぁ!?」
「はい! もうこれ以上は入りません!」
「がはははっ! しかし今の若けえもんは、食わなくなったなぁ。昔の冒険者なら、ヘンリーの倍は食ってたぞ!」
「ふふふ、リチャードの周りにいた人がおかしいのよ。ヘンリーくん、頑張ったね!」
「よしっ! じゃあ、宿に戻って、今度は酒でも飲むか!」
「ダメよ! 明日は早いんだから、すぐに寝なきゃ」
「がはははっ! 昔はよく飲んだくれたまま冒険に出たもんだぜ!」
四人が一斉に席を立つ。
ノエラは潤んだ瞳をちらりと四人に向けたが、またすぐにうつむいて、何も口出ししようとはしなかった。
ヘンリーだって、彼女のことが気になっているはずだ。だって、時々彼女の方をちらちら見ていたから……。
でも、彼らは『儀式のルール』に従わざるを得ない。
だからせっかく半年ぶりの再会も、目すら合わせることが叶わないのだ……。
いよいよ先輩冒険者たちから店を出始める。
彼らにならって、ヘンリーもまた、一歩また一歩と店の出口の方へ歩き出した。
でも私は到底納得がいかなかった。
「そんなの絶対にダメよ……」
キッチンの奥でぼそりとつぶやく。
隣に立っていたオンハルトさんが、眉をひそめて私を見ると、
「余計な手出しはやめとけよ」
と、くぎを刺してくる。
でも、私はオンハルトさんの方を見ずに答えた。
「手を出さなければいいのよね。『偶然』に何かが起こったなら……」
お店はそれほど大きくない。
だからカウンターの奥からでも届くはずだ。
ささやかな魔法は――
私は手のひらをヘンリーの方へ向けると、彼がノエラの席の真横を通り過ぎる瞬間に、ぐいっと空を押しこんだ。
すると……。
――ドンッ。
と、ヘンリーの背中から小さな音が聞こえたかと思うと、ノエラのテーブルの方へぐらりと彼の体が傾いた。
「危ない!」
ノエラは思わず高い声をあげて、彼の肩を支えた。
すると二人はついに顔を見合わせたのだった。
二人とも黙ったまま、ただ見つめ合っている。
でも、それもほんの少しだけしか許されなかった。
「おーい! ヘンリー! 早くこいよ!」
すでに店を出ていった先輩冒険者たちが外から声をかけてくると、彼はゆっくりとノエラから離れた。
そして彼の方から声をかけた。
「ごめんね、急によろけちゃって」
その声は半年前となんら変わらない。
春の風のように暖かなものだ。
ノエラは、彼から目をそらしながら細い声で言った。
「ううん。それより、大丈夫だった? けがとかしてない?」
「大丈夫だよ。ありがとう、ノエラ」
「そう……。ならいいわ。さあ、みんな待ってるから、早く行って!」
本当はこの瞬間が永遠に続けばいい、と思っているに違いない。
でもノエラはヘンリーの未来を大切に想っているからこそ、彼を突き放したのだろう。
ヘンリーは、口をきゅっと結んで、小さくうなずいた。
同時に、ノエラの顔には寂しい色が混じり始める。
……と、その時だった。
ヘンリーが、ふところから一通の手紙を取り出した。
淡い色の花がちりばめられた、とても可愛らしい封筒だ。
それを愛おしそうに握りながら、彼は噛みしめるように言ったのだった。
「これはノエラが送ってくれた手紙だよ。いつもここに入れてるんだ」
「えっ……?」
「そして、これからもずっとこの手紙と一緒に旅をする」
「どうして……?」
「だって、離れていても、ノエラがそばで励ましてくれているように思えるからさ」
ついに堪え切れなくなったのか、ノエラの大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ出す。
ヘンリーはニコリと微笑んで、彼女の頬を綺麗なハンカチで優しく拭った。
「泣かないで、ノエラ」
「ありがとう……」
「礼を言わなきゃいけないのは僕の方だよ。ありがとう、ノエラ。……じゃあ、行くね」
ヘンリーは、ノエラの手にハンカチを持たせてから、静かに店を出ていった。
そしてこの日、私はノエラが泣きやむまで、ずっと一緒にいたのだった――
………
……
数日後――
開店直後、来店を報せる鐘の音が響き渡った。
カラン。カラン。
「いらっしゃいませ! あっ! ノエラ!」
太陽のような笑顔のノエラは、席に座るなり大きな声で注文を口にした。
「エミリーヌ! 『いつもの』ね!」
「いつもの?」
彼女が来店するのは今日で二回目であり、『いつもの』と言われても、ピンとこないのは当たり前だ。
すると脇からオンハルトさんが、水を彼女に出しながら口を挟んできた。
「はいよ、お嬢ちゃん。『いつもの』だね」
「さっすがぁ! おじさんはやっぱり王国一のカレー屋さんの店長だわ! それに引きかえ、エミリーヌといったら……」
ノエラは、ぷくりと頬を膨らませながら、隣の席に自分のバッグをちょこんと乗せた。
それを見たオンハルトさんは目を細めて優しい顔を向けると、
「おや? そのバッグから顔をのぞかせているハンカチはなんだい? すごく綺麗だね」
と、わざとらしく驚きながら問いかけた。
彼女はますます上機嫌になると、小鳥が歌うように弾んだ声を出したのだった。
「これは私の宝物なの! だからずっと一緒にいるのよ!」
と――
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