ビーフカレーと叶わぬ夢 前編

◇◇


 『冒険者』――

 

 この世界では、数ある職業の一つにすぎない。

 しかし、世界は彼らを中心に成り立っている、と言っても過言ではないのだ。

 

 一歩街の外を出れば、大きなモンスターたちがうようよと徘徊し、無防備な人間たちを狙う。

 そんな物騒な世界で彼らは、行商人たちの道を守り、未開の地を切り開き、そして見たこともないような財宝を持って帰ってくる。


 つまり王国の平和と富は、彼らからもたらされている。

 

 なので、彼らは大型のモンスターを倒して凱旋すれば、街のみんなに笑顔で出迎えられ、王城では冒険の成果をほめたたえられる。

 中でも『Sランク』と呼ばれる、危険なモンスターを倒した冒険者たちのパーティーには、王様より直々に『英雄の勲章』が手渡されることになっているのだ。

 

 だから、王国の少年たちはみな『冒険者』になるのを一度は夢見るものだ。

 しかし、全員が夢を叶えられるわけではない。

 身体能力、洞察力、そして判断力。それらすべてについて、一定の水準をクリアし、なおかつ『冒険者訓練学校』を無事に卒業した者でないと、冒険者として登録されることは叶わないのである。

 

 

 そして、この街にも冒険者に憧れ、でもとある事情で冒険者になることを諦めた青年がいる。

 

 彼の名はテオフィルさん。

 今年24歳になる彼は、ひょろっとした長身にメガネをかけている。

 いつもニコニコと笑っているのが特徴だ。

 一見すると何も悪くなさそうに見えるが、彼の右足は自由を失っており、そのせいで冒険者への道を断念したのだそうだ。

 

 もともとはとても優秀な『冒険者見習い生』だったテオフィルさん。

 でも、不幸は街の外で行われる実地訓練で起こった。

 その訓練は四人一組で行われるもので、指定された木の実を採取して帰ってくる、というものだった。

 教官が安全を確認したルートで行われるため、危険はないはずだった。

 しかし、不運にも訓練の最中に、予想外の大型モンスターが乱入してきたのだ。

 

 彼は仲間の盾となって戦い、みなを逃した。

 そして教官や救護班たちが駆けつけたところ、モンスターは彼によって討伐されていたが、彼もまた血だらけで倒れていたらしい。

 

 そうして、彼は冒険者になるのを断念せざるを得なかった。

 それでも彼は腐ることなく、帰ってきた冒険者の鎧や武器を手入れするお仕事に従事して、冒険者たちを影から支え続けている。

 この話は『ポム』にやってくる人々から、よく聞かされる話だ。


 冒険を終えた真夜中。

 武器の手入れを終えた彼らはことあるごとに、普段からお世話になっているテオフィルさんをここへ連れてやってくる。

 テオフィルさんもまた、自分が冒険に出られない分、彼らの話を聞くのがとても楽しいそうだ。

 

 

――本当は病気がちのお袋さんを安心させたくて、冒険者になりたかったんだよな。



 そんな風に、しみじみと誰かが言えば、彼は大好きなビーフカレーを頬張りながら、こう言うのだ。

 

――僕は仲間を助けたんだ。だから、いっさい後悔していないよ。


 と……。

 

 

………

……


 ある日の夕方――

 

 カラン。カラン。

 

 来店を告げるベルに

 

「いらっしゃいませ!」


 と、元気よく声を出すと、そこには三人の冒険者とテオフィルさんの姿があった。

 

 

「あら? テオフィルさん。今日はこんな時間に珍しいですね」



 そう私が目を丸くすると、彼の隣にいた冒険者の一人が笑顔で答えた。

 

 

「俺たちはこれから『Sランク』のモンスターに挑みに行くんだ。今日はその壮行会みたいなもんさ」


「そうなんですね!」


「さっそく注文いいかい?」


「はいっ! どうぞ!」


「ビーフカレー、4つ」


「みなさんビーフカレーですね! かしこまりました!」



 私は四人を席に通してから注文を取ると、すぐにその場を離れた。

 まるで古くからの知り合いのように、テオフィルさんは三人の冒険者の中に溶け込んでいる。

 その様子を見て、私はふと一つの予感が頭をよぎった。

 

 

「もしかして、あの人たちって……」



 私がぼそりとつぶやくと、背後からオンハルトさんが口を開いた。

 

 

「ビーフカレーだけは、パッとフライパンで作れるもんじゃねえんだ」


「えっ?」



 私はハッとしてオンハルトさんの方を向いた。

 オンハルトさんは、ちらりと私を見た後、すぐに大きなカレー鍋の方へ視線を戻した。

 

 

「最低でも2時間は煮込む。そして、一度冷ますことで、肉の塊に味を染み込ませるんだ」


「へぇ、手間がかかるんですね」


「そして、もう一度じっくりと弱火で煮込む。すると肉が口の中で溶けるくらいに柔らかくなるのさ」


「うわぁ、聞いただけで美味しそう!」


「ほい、できたよ。さあ、手分けして持っていこう」


「はいっ!」



 オンハルトさんと私は二皿ずつ、ビーフカレーを持っていった。

 みな一度おしゃべりを止めて、目を輝かせながらカレーの中で存在感を示しているビーフの塊を見つめている。

 そして、「いただきます!」という掛け声の直後、一斉にそれを口に入れた。

 

 

「はぁ……。ホロホロなお肉。美味しい」


「幸せだなぁ」



 口々にカレーをほめる。その後は誰も一言もしゃべらず、一気に平らげた。

 


「ごちそうさまでした! よぉし! なんだか、やる気がわいてきたぜ!」


「おうっ! ブラック・ドラゴンだかなんだか知らねえが、いっちょ討伐してきますか!」


「よっしゃ! やってやるぜ!」



 三人の冒険者たちが、闘志を燃やしながら立ち上がる。

 足の悪いテオフィルさんは少しだけ遅れて、ゆっくりと立った。

 そしていつも通りのニコニコした笑顔で、彼らを励ましたのだった。

 

 

「みなさん、頑張ってください。帰ってきたら、冒険のお話を聞かせてくださいね」



 彼らはテオフィルさんに対して、大きくうなずくと、力強い足取りで店を後にしていった。

 夕方だが、彼らは今からすぐに街を出ることになっている。

 そこで、私はテオフィルさんと一緒に彼らを見送ることにした。

 


「じゃあ、行ってくる!」


「また戻ってきたら、カレーを一緒に食べようぜ!」


「それまで待っていてくれ!」



 彼らはテオフィルさんに手を振った後、店のすぐそばにある街の出入り口から出ていった。

 一方のテオフィルさんは、彼らの背中が見えなくなるまで、ニコニコしながら手を振り続けていたのだった――

 

 




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