第35話 見目麗しい人

猫神さまの世界 第35話




キュロに連れられて僕たちが来たのは町の外れにある孤児院。

そこは、教会が母体でやっていたり国が主体でやっている孤児院ではなく、あくまでも個人でやっている孤児院だった。


「キュロ、この孤児院は?」

「……ここは、主に獣人の孤児が集められる場所です。町の中心近くにある孤児院は、この国の貴族がやっているものと教会がやっているものとありますが、どちらも獣人の受け入れはしていないんです」


「それでこんな町の端で孤児院を……」


町の外壁近くにあるこの孤児院は、あちこちボロボロになった建物に敷地だけはしっかりとあった。だがそれでも、この孤児院の経営がうまくいっているとは思えなかった。


「この孤児院は元冒険者の獣人夫妻によってはじめられたんですが、今ではその夫妻も亡くなり孤児院を卒業した孤児の何人かがここに戻ってこの孤児院を面倒見ているんです」


「卒業した孤児が?」


「成人年齢を迎えた孤児は、国の法律で孤児院から出て働かなければなりません。

しかし、獣人を雇ってくれるところは少なくほとんどが冒険者になります。

でも、冒険者は危険も多く新神にはその日生きていくだけが精一杯で……」


「この孤児院まで手が回らないと……」


「この孤児院にも獣人以外の人種はいるんですが、ほとんどが逃げるように町の中心近くにある孤児院へ出て行くんです。

残った子たちは、大半が幼すぎて……」


「それで獣人が中心になってしまうわけですか……」


孤児院の敷地内に入り、周りを見渡せば元気に走り回っている子供などいなかった……。

ほとんどの子供が、木陰などに座り込みボーとしている。

栄養が足りていない痩せた子供たちが大半で、井戸から水を汲みそれで空腹を紛らわせようとしている子もいる。


また、外にいる孤児たちで、僕やキュロを見ている子はいなかった。

……なんだか、胸が締め付けられる思いだ。




「ご主人様、こちらです」


キュロの案内で、孤児院の中に入ると玄関を通り広い食堂へ足を運ぶ。

すると、そこには椅子に座ってボーとしている見目麗しい女性がいた。

そして、食堂に僕とキュロが入っていくと僕たちに気付き声をかけてきた。



「あら、キュロじゃない、お久しぶりね。

その隣にいる子は、うちの孤児院で面倒を見てほしいの?」


「シンシア様、お久しぶりです。

この方は今のご主人様です、前の主人は……」


「言わなくていいわ。確か前来たときは王都いる貴族の屋敷だったわね」

「はい、そこで働いておりましたが、メイドの中に獣人が混ざっていると激怒されまして私はその後、身に覚えのない借金で奴隷にされこの町に売られてきました」


……貴族の獣人差別というか嫌悪は、かなりのものだな。

でも、獣人への差別って貴族の一部だよね?



「キュロ、私からその貴族の行動を謝罪させてもらうわ……」


「いえ、シンシア様に謝られても……。

それに、もう終わったことです。今はこの方が私の新しいご主人様ですから」


シンシアさんは、僕に向き直ると座ったまま頭を下げてきた。


「キュロのこと、大事にしてあげてください。


私とキュロは同じ医師に取り上げられて、同じ孤児院で育ったの。何年かして、私は父親と名乗る男に引き取られて貴族の娘として育ちました。

そしてキュロもまた、私専用のメイドとして同じように引き取られて育ったの。


ところが、父が隠居し長男が後を継ぐと、私はすぐに家を追い出されこの町に捨てられたわ。そんな私を拾ってくれたのが、この孤児院だったのよ……」


「シンシア様があの家からいなくなった後、すぐに私も解雇されました。

幸い、別の貴族の家でメイドとして雇ってもらえたのですが……」


それから、さっきの奴隷落ちへと続くわけか……。


「それにしても、シンシア様を探すのは苦労しました。この町に連れてこられたことは知っていましたが、どこに住んでいるのか全く分からなくて……」


「フフフ、私と再会できた時のキュロの表情はすごかったわね」


「シンシア様こそ、私との再会の時は見られたものではありませんでしたよ」


……それだけ、お互い嬉しかったってことなんだろう。




「それでキュロ、僕をここに連れてきてシンシアさんを匿えばいいのかい?」


僕のセリフを聞いて、キュロに緊張が走る。


「……ご主人様、お願いです。シンシア様と一緒にここの孤児たちも匿ってあげれませんでしょうか?」


「キュロ? いったい何の話なの?」


シンシアさんは困惑の表情だ、キュロの考えていることが分からないみたい。


「キュロ、説明してもらえるかな?」


ゆっくりと頷き、答え始めるキュロ。


「まず、シンシア様。あなた様の父親であるブリュード・ハーベン侯爵様がお亡くなりになりました。先月の初めのことだそうです」


「お父様が……」


シンシアさんは、初めて知ったのか……。

静かに目を瞑り、冥福を祈っているようだ。そして、目を瞑った時涙が流れる。

こんなこと言っては不敬に当たるかもしれないが、きれいな涙だ……。


「私が奴隷商に来る前、同僚だったメイドが知らせてくれました。シンシア様に会ったら気をつけるようにと……」


「気をつけろって………まさか!」


「はい、ハーベン侯爵家の跡目争いです」

「跡目って、長男のジャックが継ぐのではないの?」

「それが、家臣たちは三男のクルガー様を。正妻が次男のジャック様を押しているとかでかなり揉めているそうです」


「それに私がどう絡んでくるの?」

「旦那様は、シンシア様の時と同じように外に何人か子供を作っていたそうで、その方たちが旦那様の死後、認知してほしいと押し寄せたとか……」


……何と言っていいのか……。


「家臣たちがクルガー様を押しているのは、その騒動をうまく収めたのがクルガー様だからです。その手腕から次期ハーベン侯爵家の当主はクルガー様をおいて他にはいないと」


「それなら、侯爵家のことを考えてクルガーでとはいかないのね?」


「はい。昨日冒険者ギルドの関係者から奴隷商を回って『見目麗しい女性奴隷』を探している高ランク冒険者がいるとの情報をえました。

これはおそらく、シンシア様のことを探しているのだとすぐに分かりました」


「見目麗しい……ね」


「シンシア様、まずは安全な場所に避難しませんか?」

「はぁー……、なるほどそれで匿うって話が出てきたのね」

「はい、まずはシンシア様の安全を確保してからと思いまして……」


「……ありがとう、キュロ」








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猫神さまの世界 光晴さん @ki2275

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