第30話 必死に求めるもの
猫神さまの世界 第30話
奴隷商の第一印象は、ホテルみたいだ。
多分奴隷商ごとに違うのかもしれないが、この奴隷商に関してはそんな印象を僕は持った。
入り口から入ると、目の前に大きなカウンター。
そして、周りを見渡せば商談のための四つの椅子と小さなテーブルがセットになって三組ほど衝立の向こう側に用意されている。
今は、誰も商談をしていないようで人はいなかった。
「いらっしゃいませ、ようこそおいでくださいました」
小柄で笑顔のおじさんが、僕たちを発見し近づいてきた。
ここの奴隷商で働いている人だろうか?
「用途はまだ決めてないんだけど、若い奴隷を見せてくれる?」
ロベリアさんは、奴隷購入の経験があるのだろうか?
躊躇なくこちらの要望を知らせている。
「畏まりました。 自己紹介が遅れましたが、私『ハリー』と申します。
以後お見知りおきを………では、こちらへどうぞ」
そう言って、カウンターの右側にある扉を開けて案内してくれる。
「まずは、各左の牢に入れてあるのが女性の奴隷でございます。
一人一人別々の牢に入れてありますので、気になる奴隷がいましたらお教えください」
奴隷商人のハリーさんはゆっくり牢の前を歩いて行く。
僕とロベリアさんはその後をついていき、気になる女性奴隷を探していった。
奴隷たちが入っている牢屋の大きさは、一人四畳といったところ。
奴隷一人一人の健康状態もちゃんとしているようだし、食事もちゃんともらっているのだろう、極端に痩せすぎな女性奴隷はいなかった。
「どうコテツ君、気になる奴隷はいたかしら?」
「今のところいませんね、ここにいる『助けてっ!』……」
奴隷たちのいる牢の前でロベリアさんの質問に答えていると、急に僕の目の前の牢の女性が助けを求めてきた。
僕がその女性奴隷を見て驚いていると、たたみかけるようにしゃべってくる。
『わかる、私あなたの言葉が分かるの!
この世界に来て誰も私の言葉が分からなかった!今もそう!
でも、あなたの言葉なら分かるわ!
お願い、私を助けてっ! ここから出してっ!』
鉄格子の間から手を伸ばして僕に助けを求める女性。
おそらく、これを逃したら一生自分は助からないと思っての行動だろう。
だが、それは奴隷としての行動では許されない行為だ。
「やめないか、名無し!」
側にいたハリーさんが、大声で牢の中から手を伸ばしていた女性奴隷に命令する。
すると、女性奴隷は苦しみだし牢の中へ戻っていった。
『ぐ、ぐぐぅ……』
そして、女性奴隷は気を失いその場に倒れてしまう。
多分、隷属の首輪の力なんだろう。
女性奴隷が苦しみだした時、首に嵌めている首輪がうっすらと光っていた……。
「申し訳ございません、この奴隷には後で躾をしておきますので……」
「あ、いえ、ちょっとびっくりしただけですから。
それより、彼女はどうして奴隷に?」
ハリーさんが少し表情をゆがませて答えてくれる。
「……実は、この奴隷は裏奴隷なのです」
「裏奴隷?」
「コテツ君、裏奴隷っていうのは闇奴隷とも言ってね?
正規のルートで手に入れた奴隷ではないってことなの。
借金奴隷、犯罪奴隷、この二つに分かれて奴隷商に引き取られるのが正規ルート。
でも中には盗賊などにさらわれて、奴隷商に直接売り飛ばされる奴隷がいるの。
これが性奴隷や実験奴隷として使われる、裏奴隷という奴隷たちよ」
「はい、お嬢様の言う通りでございます。
この奴隷は、盗賊の男が直接売りに来た奴隷です」
……でもそれって、法的に問題はないのかな?
僕が、困った顔でロベリアさんを見ていると答えてくれた。
「盗賊から直接買っても、奴隷商が捕まることはないわ。
その代わり、売りに来た盗賊がどんな奴だったかという情報を知らせる義務はあるけどね」
「それじゃあ、この奴隷を売りに来た盗賊の男については……」
「はい、衛兵詰め所に盗賊から購入したこととどんな男だったかを知らせてございます」
「でも本当は盗賊からなんて買わない方が良いんだけど、でも買わないとその奴隷は闇ルートに流れてしまって助け出せなくなってしまうのよね……」
「その通りです。
この奴隷もある盗賊から購入した奴隷でした。
ところが、この奴隷、言葉が分からなかったんです。
盗賊に返すわけにもいかず、とりあえず言葉を教えたんですが覚えも悪くて……」
覚えが悪い、か……。
多分それは違うだろう……彼女が話したのは日本語。
この世界の言語と大きく違う、とっかかりもなく覚えようにも覚えることができなかったんだろう。
前、地球にいた頃、異世界召喚された地球人になぜ翻訳言語というスキルをつけるのか聞いてみたんだよね。
天照様は、言葉の壁が一番人にとって恐ろしいものになるからって言ってたっけ。
地球という一つの星の中で、言葉が通じないってことに恐怖を感じる人間が、世界をまたいだ先でまったく生きていくスタイルの違う世界に言葉が通じないで放り出される恐怖。
……彼女が僕に助けを求めたあの必死さは、彼女にとって最後の希望という光だったのでしょうか……。
「ロベリアさん、この女性奴隷、買いましょう」
これが僕のするべきことなのだろうと、僕の口から自然とこの台詞が出ていた。
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