第3話 逃避
ルカたち3人は組合長室前の廊下に出た。二年ぶりに冒険者ギルドを訪れ、イグニスが最初に扉を開けた瞬間のようなざわめきが押し寄せてきた。
それを聞いて、ルカはため息をついた。
(また静まり返るんだろうな、俺達が姿を見せたら。まあ当然か。でもまあ収穫はあったし、それで良しとしよう)
ルカは階段手前の踊り場まで進んだ。一階のギルドホールが一望できる。まだ冒険者達はこちらに気づいていない。見渡すと、皆何故か興奮気味に議論を交わしている様子だった。
(モンスターではなく、ある程度のレベルを超えた人体に絶望のオーラが効くかどうかの実験だったんだけど...。この様子なら死人も出ていないようだし、トラックでも確認済みだ。イグニスに一言言って、すぐにここを出よう)
心の中でそうつぶやくと、ルカは階段を降り始めた。
その時だった。予想だにしない事態が起こった。
「おおおおー!!!」
一階にいた冒険者達がルカに気付き、一斉に大声を上げた。手を振り上げている者、(ピューイ!)と口笛を鳴らす者さえいる。ルカ達は階段を降りる足を止め警戒し、マントの下にある武器に手をかけた。場合によっては皆殺し。それすら厭わずに行った実験だ、当然の反応だろう。
そんなルカの様子と殺気を感じてか、慌てて一人の男が階段を駆け上ってきた。
「ルカさん!組合長との話は無事終わったんですね。大丈夫です、そんなに警戒しないでください!」
階段の中腹に登ってきて目の前に立った男は、イグニスだった。しかし余韻もあり、ルカはイグニスにすら殺気を放っている。
「私ともう一人の門番がいたのをお忘れですか? 彼はユーゴといって、私のパートナーなんです。彼と一緒に皆を介抱しておりました」
しかしその言葉を聞いても、ルカはイグニスから視線を外し、階下に向けて殺気を収めない。後ろにいる二人の影からも殺気を感じて、彼らが臨戦態勢だと言う事をルカは即座に判断した。準備は整った。プルトンには悪いが、ここは冒険者全員を皆殺しにして事を収めるだけ...。とルカが決心し一歩踏み出した時、それを遮るような絶叫がルカの耳に飛び込んだ。
「わーわー!!ちょっとルカさん落ち着いて!!俺が全部説明しておきましたから、ここにいる冒険者全員納得してます!だからその腰にある手を離してください!!」
視線を遮るように飛び込んできたイグニスの必死な顔を見て我に帰ったルカは深呼吸し、ようやく両脇に差してある武器から手を離した。そのルカの様子とまるでシンクロするように、背後に立つ影二人も臨戦態勢を解き、殺気を収めた。
その様子を見て、イグニスは説明を続けた。
「診てまわったんですが、一人異常のある冒険者がいるんです。診てもらえませんか?」
「...え? ああそうか...わかった」
その言葉を聞いて安心したイグニスは、『こちらです』とルカ達三人を階段左手のホール奥へ案内した。
一番奥にあるテーブルの下に、仰向けで横になっている女性がいた。顔は土気色で汗をかいており、息が荒い。頭には司祭風の帽子を被っており、服装からその女性がプリーストだと判別できた。
「ル...その、あなたの魔法を受けたにも関わらず、この人が未だ立ち上がれず...」
ルカというのを我慢してイグニスが説明している途中で、甲冑を着た冒険者が話に割り込んできた。
「こいつ、俺達の仲間なんだが...ここに来る前から様子が変だったんだ! 食事もろくに食べようとしないし、水ばかり飲んで...。依頼のあったモンスターを討伐して報酬を受け取りに来たら、あんたらが来た後に倒れちまったんだ」
警戒心が解き切れていないルカは、甲冑を着た戦士を睨みつけた。が、ルカはそれを見て我に帰った。彼の目から涙が滲んでいる。戦士の真剣な様子を見て、ルカは再度プリーストの女性に目をやった。
「モンスターを討伐したと言ったな。種別は?」
「え、エンシェントガーゴイルだ」
「位置は!」
「え?! そ、その、リ・ボウロロール
の街南東、山岳地帯手前にある遺跡だ」
それを聞いたルカは、瞬時にその地点のマップ内部を脳裏に呼び起こした。
(スケルトンメイジ、レイス、ゾンビ、グール...しかしあそこの内部には確か...)
「ガーゴイル討伐の前後、紫のフードを被った敵と交戦したか?」
「え?! な、何でそれを」
「馬鹿が、とっとと答えろ!!」
「わ、分かったよ、確かにしたよ!!ガーゴイルを倒した帰りにいきなり道を塞がれて、アンデッドを召喚し始めたからフィオの神聖魔法で足止めした後、撤退戦で逃げ切ったんだ」
(やはりネクロか。と言う事は...)
ルカはそれを聞いて、すぐさま呪文を唱えた。
「
ルカの目には、倒れている女性のHP残量が体の回りを覆うオーラのように表示された。
風前の灯だ。このまま放置すれば、明朝には死ぬだろう。ルカは急いで女性の胸に手を当て、再度呪文を唱えた。
「
ルカの脳裏に、女性の体内コンディションがリストのように流れ込んでくる。その中に、(異常)と示す項目が二箇所あった。
1つは(感染)、もう一つは(衰弱)だった。
感染は恐らく、ゾンビかグールに食らったバッドステータスだろう。まずは先に、原因が判明している方をルカは除去しにかかった。
「
ルカと女性の体が緑色の光に包まれた。体力とスタミナの減少はこれで回避されたが、問題はネクロマンサーの呪詛だ。どの種別かが問題となる。
「紫のフードがどの術式を唱えていたかわかるか?」
「いや、すまない。そこまでは覚えていない」
衰弱...アンデッド化か致死系か、...とルカが考え込んでいたところへ、ルカの肩に背後からトンと手が置かれた。
「よろしければ私にお任せ願えますでしょうか?」
ミキだった。戦闘に特化したルカとは違い、彼女はクレリック(神官)のサブクラスを取得している。むしろこの状況下ではうってつけの存在であった。
「悪い、頼めるか?」
「お任せください。では...」
ミキはルカの隣に膝をついた。今までの流れから全てを察したミキは女性の頬に手を当て、目を閉じた。
「
唱え終わると、ミキがゆっくり目を開けた。隣に座っていたルカが、心配そうに声をかけた。
「どうだ、分かったか?」
「はい。この者はどうやら
「解けるか?」
「はい。この呪詛はかかった者のステータスを著しく減少させ、更にはHPのリジェネレート(再生)を阻害し、やがてはアンデッド化に至る術式です」
「OK、そろそろHP残量がヤバい」
「はい、お任せください」
そう言うとミキは女性の下腹部に手を置き、目を閉じて呪文を詠唱した。
「
(ブゥン)という音を立て、ミキの体が青白く輝き始める。その光がプリーストの全身にも移り、見る見るうちに頬から血色を取り戻し始めた。その後荒かった女性の呼吸がゆっくりと落ち着き、穏やかな寝息を立てていた。
「不浄の類は取り除きました。後はお任せしてもよろしいですか?」
ルカと同じ黒髪だが、その間から覗く切れ長の目、スラリと伸びた高い鼻が実に気品があり、フード越しだというのに、周囲を見守っていた男性冒険者は彼女の美しさに釘付けとなっていた。
「ありがとう、助かるよ」
「いつでもおっしゃってくださいませ」
座っていたミキは、まるで宙に浮くようにノーモーションで立ち上がった。
「ほんじゃ、あとは力技でいいってことだよな」
ルカはここぞとばかりに右腕の袖をまくり上げ、プリーストのみぞ落ちに手を当てて、呪文を詠唱した。
「
第十位階の青白い光がルカの体を包んでいく。みぞ落ちに当てられた光は彼女の体に微細振動を引き起こし、プリーストの全身に広がっていった。
それを受けて、急激に息を吸い込むように女性が目を覚ました。
「ハッ...!! はあ、は...わ、私は一体?」
「俺の目を見ろ」
目を覚ましたばかりだというのに、すかさずルカはプリーストの顎を掴み自分のほうへ向け、彼女の目を覗き込んだ。
(精神汚染の類は見当たらない。...問題ないな)
ルカは彼女の顎から手を放し、ホッとため息をついた。
「お、おい、どうなったんだ?」
「...ああ、もう大丈夫だ。二、三日寝かせてやれば、元通りになるだろう」
「おお...フィオ...! ありがとう漆黒の影よ!!感謝する、感謝...」
甲冑を着た戦士はルカの前に崩れ落ち、その手を握りしめて声にならない嗚咽を噛み締めた。
その瞬間、いつの間にかルカ達を囲み、固唾を飲んで治療の様子を見守っていた冒険者達全員から、弾けるように喝采が上がった。
「ぃやったああああああ!!」
「キャー素敵ーー!」
「あんた最高にイカしてるぜ!!」
あまりの声の大きさにルカは驚いて周りを見渡した。
いかつい戦士達が肩を抱き合って喜び合う者、女性同士手を握り合っている者、ルカに向けて無言で親指を上につき立て、満面の笑みで涙を滲ませている者。
唖然としながらふと後ろを振り返ると、いつの間にか二人の影が両脇に立っていた。その横には、憧れの目線を送るユーゴと、確信に満ちた笑顔でルカを見つめるイグニスの姿もあった。
(...何故?ほんの数分前まで、俺はこいつらを全員殺すつもりだったのに。何をしている俺は...何故そんな顔をする、イグニス?)
『早くここを出たい』という衝動に駆られ立ち上がろうとしたが、先程の甲冑の戦士がルカの右手を握りしめて離そうとしない。彼が頭を下げた地面の下は、涙に濡れて水たまりのようになっている。
仕方なく空いた左手で戦士の右肩をトントンと叩くと、ようやく力を緩めて手を離してくれた。
ルカが静かに立ち上がると、冒険者達の歓声はより大きなものへと変わった。
上からの視線を感じて階段の方を見ると、呆れた顔をしながらも笑っているプルトン・アインザックが踊り場に立っていた。ルカは無表情のまま俯くと、フードを深くかぶり直し、出口へと歩いていく。
ルカの通り道を開けながらも、冒険者たちは声援を上げ続けていた。が、そこへ...
(パンパンパン!!)
頭上から大きく手を叩く音が聞こえた。
それを聞いた冒険者達の歓声は徐々に小さくなり、全員が音のなった方へ顔を見上げた。プルトンだった。
「あー冒険者諸君!以前にも通達したが、彼ら三人が来たことと、今日あったことは全て!君たちは一切見なかったし聞かなかった、いいかね!これを破るならば、冒険者の資格剥奪も覚悟してくれたまえ!!それと...」
「それと!!!」
プルトンの言葉を遮るように、出口手前で振り返ったルカは大きな声で怒声を上げた。
それを聞いて全員が静まり返り、一斉にルカの方へ体を向ける。ルカは無表情のまま、大きく目を見開いて全員を見渡した。
「もし俺の事喋ったら....殺すから。いい?」
(...ザン!!!)
冒険者全員は無言でルカに向けて起立し、同時に右拳を左胸に叩きつけた。彼らの顔は真剣であり、畏怖と尊敬の念を持って見つめていた。ルカに喧嘩を売ったあのミスリルプレートでさえも。
その様子を見て踵を返し、ルカ達3人は冒険者ギルドを後にした。彼らが馬車に乗り込み、その姿が闇に溶け込むまで、冒険者達は右腕を掲げたまま姿勢を崩さなかった。
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■魔法解説
体内のバッドステータスをリスト化して検出する魔法。但しどの状態異常かを示すのみで、具体的にどの魔法によるバッドステータスなのか詳細は確認できないため、あくまで応急処置として使用される事が多い
バッドステータス(感染)を除去する魔法。感染したモンスターのLVが高い場合は、その度合いにより位階上昇化等の補助が必要
呪詛系のバッドステータスがどの種別かを、受けた位階に関係なく検出する魔法
継続系の呪詛バッドステータスを全消去できる魔法。また呪詛系DoTの解呪も行える
HP総量の75%を一気に回復するパーセントヒール。魔法最強化・位階上昇化等により回復量が上昇するが、MP消費が激しい
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