第10話

 近くで見るとそれほど姉に似ているわけではない。

 けれどもやっぱり美しい女だった。

 女は火のような連撃を左右から繰り出す。

 俺の自転車の盾はそれをことごとく弾き返す。

 俺が立ち上がると女が間合いを作ったので、また距離は2メートルほど離れた。

 女ハンターは悽愴苛烈な目をして日本刀を青眼に構えた。

 白い胴着、紺色の袴姿の何という凛々しさだろう。額を守る白い鉢巻はほとんど可憐なぐらいだ。

 美しいので俺はまた見惚れた。

 姉が16だが、同じぐらいの歳だろうか?

 アコアグタムの女なのか、よその女なのか?

 腕のいいハンターなのであろう。目から光る闘志と引き結ばれた口元の気品は只者ではない。

 その女戦士の可憐な口から渾身の気合いが迸った。

 エネルギーの爆発する一瞬。

 まさか――

 女は突きを繰り出した!

 自転車の盾を無効化させる一か八かの大技だった。

 電光石火の技の切れ。

 女の刃は、俺の赤褐色をした全裸の体のその中心――腹に深々と食い込んでいた。

 切っ先は背中の方まで突き抜けていたかも知れない。

 俺は息が詰まってその場に硬直した。

 しかし――

 それだけだった。

 

 突きを打ち込むために伸びきった女の体は死に体と言える状態だった。

 次の攻撃も、そして防御も不能だった。

 女はその一撃で何としても俺を絶命させておかねばならなかったのだ。

 その瞬間から俺の自転車は盾ではなく武器に変わった。

 伸びきった肘を俺の自転車に打たれると、女は命の刀を手放した。

 さらに後頭部を打たれると女は地面に倒れ伏した。

 俺の細い腕は熊並みのパワーを秘めていた。女が死んでしまわないように十分な手加減をしたつもりだったが。

 もう必要なくなった自転車を放り投げると、俺は自分の腹を見る。

 深々と刺さった刀の柄を握ると、一息に引き抜いた。

 痛みはないのだが、むかつくような不快感がひどい。また全快するのに三日ぐらいかかるのであろうか。

 俺は憎々しげに日本刀を見やってから、そのつまらない刀を彼方に投げ捨てた。

 これで勝負はあった――はずだ。

 けれども下の方から俺を見上げる女ハンターの目には絶望の光はなかった。

 これが誇りというものなのか。

 たとえ素手になっても俺を絞め殺してやろうと欲する闘気がその目から滲み出ていた。

「殺せ」

 と女戦士は言った。

 何と答えたものなのか。俺の喉からはもう人語を発することは出来なくなっていた。

 あなたに大変感服していると言いたいのだが、俺の口からは獣の荒い息しか出て来ない。悲しむべき程のことでもない。言葉などという物はしょせん木の葉のように軽い物に過ぎない。

 女をこのような最前線に送り出してはならない。

 女に危険な仕事をさせてはならない。

 それは滅びへの最短コースであるからだ。

 人と獣との邂逅はただの不幸でしかないからだ。

 俺が女の弓から弦を外した時、約2メートルあるその丈夫な麻製の弦を見て、女の顔に初めて絶望の色が浮かんだ。俺は女の両手首をその丈夫な弦で縛った。

 それから女の紺色の袴をまくり上げた。

 スカート状になっていた女の袴を、腹の上までである。

 その時、女戦士は誇り高く口を引き結んでいた。大地に寝そべりながら、かっと目を見開いて天を見上げていた。


 

 女をこんな最前線に送り込んではならない。

 女に危険な仕事をさせてはならない。

 人間よ、お前は勘違いをしている。

 自分達の妻となるべき人を敵の妻としていいのか?

 獣の妻としていいのか?

 見よ彼女は誇り高かった。

 最悪ともいうべき屈辱に耐えていた。

 まくり上げられた紺色の袴。

 雪のように白い太股。

 黒々とした毛。

 そしてピンク色をした入口を獣に差し出して、それでも女戦士は耐えていた。

 廃墟の中の街道の真ん中で獣と結ばれながら、彼女は気高い精神でその「敵」を深い憎悪の目で見つめ続けていた……。

 


 

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