第6話

 僕は朝から晩まで人間のことばかり思っていた。他に何も考えられなかった。

 人間、人間、人間。

 ああ人間であることを失ってから人間美というものに気づく。

 さながら老人が過ぎ去った青春を哀惜するが如く、僕は人間に恋い焦がれた。

 その血と肉に対して、人ならぬ爪と牙が痛いほどに疼いた。

 メスゾンビのオバサンが僕の近くをウロウロするようになった。あの犬の肉を投げてやった、20歳過ぎの、薄汚いワンピースを着たオバサンである。

 どうも僕の近くにいればエサにありつけるとでも思っているらしい。自分で狩りをすればいいじゃないかと思うが、そういうのは面倒臭いらしい。ふざけたオバサンである。

 オバサンは夏用の袖無しの薄手のワンピースを着ていて、ゾンビの分際でお肌は結構きれいで、むっちりとした体つきをしていた。

 ゾンビの分際で切なそうな目をして僕のことを見た。

 僕は慢性的にイライラしていて、その上こんな20歳過ぎのオバサンにまとわりつかれて、どうにかなりそうだった。

 オバサンにどっかに行ってもらいたいので、僕はネズミを狩ってオバサンに渡した。

 オバサンは不満げな顔をした。

 ネズミの臭いだけを嗅いで、まるで評論家みたいな目で僕を見た。

 もっと「いいもの」狩ってよ。

 そう目で語りやがった。

 その時

 僕は激昂した。

 

 何だこのババア。


 自分で狩りをするわけでなしに。

 怒りで頭がクラクラする瞬間など生まれてこの方なかった。

 気がつくと僕は20歳過ぎのオバサンをその場に押し倒していた。


 

 江古田の森。

 名前の知らない小川のほとり。

 そこで僕はオバサンのワンピースを脱がせるのに苦労していた。

 姉や母のを見たことがあるから、女の乳房というのを見たのは初めてというわけではない。

 初めてではないはずなのに、僕は惑乱し、興奮し切っていた。このメスゾンビのオバサンは悲しいことに人間にとてもよく似ていたのだ。

 ああそうだ、僕は色々なことを悲しんでいた。

 オバサンの白い首筋に噛みついて、吸ったその血は気の遠くなるほどまずいものだった。腐った牛乳に糞尿を混ぜてドブ川に投げ捨てたような代物で、僕は吐き気と戦いつつもその血を吸った。

 崩れ落ちる瞬間にオバサンの白い太股に僕が漏らした精液は――ああそれが精液などと呼べる物だろうか――まるでヒキガエルの卵のようにゼラチン状をしていた。

 中にびっしりと黒い卵みたいな物が入っていた。おそらくあの黒い粒々が精子の塊なのだろう。そのゼラチン状の物は切れ目もなく僕の尿道口から排出されて、その時の快感ばかりは、もう内蔵の全て、命の全てが、僕の内側からつき出される感じだった。

 僕の射精が済むと、オバサンは冷ややかな軽蔑の表情を浮かべ、それから面倒くさそうに身を起こした。

 何かブツブツ言ったのだが、ゾンビ語は分からない。ふて腐れたような顔をしていたので「どいてよ」とか言ったのかも知れない。

 オバサンは自分の太股に漏らされたゼラチン状の物を見ると、不意に艶冶な笑みを浮かべた。女がそういう表情をするのを見たのは、僕にとって初めてのことだった。

 20歳過ぎのメスゾンビのオバサンは白魚のような両手の十本の指でその僕の精液をすくい取ると――

 ズルッ、ズルッ、ズルッ、

 と、

 僕の精液を食べた。

 じっと僕の目を見ながら……。

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