第5話

 立冬を過ぎてからの春のように暖かい日を小春日和というとか。

 さしずめ今日などは正にそんな日和であるが、僕の心はのどかなどとは程遠いものだった。

 絶え間のない焦燥感。

 埋めがたい飢餓感。

 僕が鳥ならばどこか安息の地を求めて空を行くのであろうが、あいにくと僕の背に羽はなかった。

 代わりにあるものは爪と牙であり、僕の渇きを癒すのもそれにかかっているらしいということは、背骨辺りのうずきで何となく理解していた。

 新青梅街道。

 そこを通る人は少ないが、人以外の生き物とはよく出くわす。

 2人組のオスゾンビ。

 僕と同じく全裸体である。しかし皮膚のあちこちが荒れただれて、まだらに青黒く変色したりしているのは、いかにも年季の入ったゾンビという感じである。

 1匹は普通の体格なのだが、もう1匹は異様な巨体だった。軽く2メートルはありそうな。

 

 ようガキ、見かけねえ顔だなあ?

 

 というようなことをそのでかいのは言ったのだろうか?

 ゾンビ語は分からない。

 嫌なふてぶてしい顔つきをしていて、昔の某国の大統領にそっくりだった。トランプとか言ったか?

 僕が1人で、小さくて、弱そうだったのが、この大統領にはお気に入りだったのだろう。

 

 おめえ、新入りなら新入りらしく挨拶を忘れたら駄目だろう、ああ?

 

 というような意味のことを言って、僕のあごに手をかけた。

 何やらすっかり優越者気どりで。

 こんな風に弱者を見つけて喜ぶ奴はどこにでもいる。

 人の欠点・弱点・ミスを指摘するのが生き甲斐というような御仁もどこにでもいる。

 こんな廃墟の中にでも――だ。

 僕が『大統領』の目を見つめ返したのが『大統領』には御不興だったようだ。

 

 おめえ生意気だなあ、ああ?

 

 そういう意味のことを『大統領』は言った。そうして隣の小さい方とニヤリと笑い合った。

 この小さい方も口元の曲がった嫌な人相をしていて、昔のどこかの大臣にそっくりだった。

『大統領』は僕のあごを掴んだまま左右に揺さぶり、『大臣』は僕の脇腹を小突き始めた。さあ、ちょっとしたリンチが始まる所だった。

 その時

 僕はどうして怖くなかったのだろう。

 なぜだろう。

 分からない。

 もし僕がもっと優秀であったならば、目の前の事実とこれまでに蓄積された知識をかけあわせて推論をする――というようなことも出来たかもしれないが、悲しいかな僕は劣等生だった。

 考えるということが苦手だった。

 ただ感覚的なものだけで生きていた。

 その感覚が僕にこう言っていたのだ。

 

 こいつはあんまり大した「敵」ではない。

 

 と。

 不思議な感覚だった。

 ちょうどゴキブリに対して嫌悪は覚えるものの恐怖を感じることはないのと同じ感覚で、僕はこの目の前の2匹のゾンビに嫌悪だけを感じていた。僕は片手の鉤爪の一本だけをナイフのように使い、僕の首を絞めていた『大統領』の腹を刺した。

 軽く。

 それだけで『大統領』がのけ反った。

 少しスペースが出来たので、僕はそのスペースの範囲内でひざを折り畳んで『大統領』の腹を蹴り飛ばした。

 軽く。

 それだけで『大統領』の巨体が5メートルも吹き飛んでいた。

 僕のすぐ脇にいた『大臣』が意味不明な咆哮を上げた。

 

 て、てめえ!

 

 とでも言ったのかも知れない。

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