第3話

 冷たい11月の雨を切り裂いて、再び矢が僕めがけて飛来する。

 1本はかわしたが、わずかな時間差で放たれた2本目が僕の体に命中した。

 耳をつんざく爆裂音。

 僕は咆哮を上げていた。

 痛みはない。しかし熱い。

 僕の左腕は上膊の所で吹き飛んでいた。

 黒みがかった血が恨めしげに垂れ流れる。

 何も構うことなく僕は走って、弓を持った男の一人に残った片手を振った。

 僕の右手の鉤爪は男の顔面の肉を引き裂いて、さらにもう一人の男の頸動脈を簡単に断ち切った。

 血が噴水のように男の首から噴き出した。鮮やかな赤色が灰色の背景の中で浮き上がって見えた。

 また誰かの悲鳴が聞こえた。

 学校の校門。

 登校中の生徒。

 あまり好きではない所。

 あまり好きではない奴ら。

 いったい僕は何をしにここに来たのだろう。

 ああ、あそこに同級生の内田と井上がいるではないか。2人とも顔面が蒼白ではないか。

 僕はいじめられっ子というほどのいじめられっ子ではなかったが、この内田と井上は誰よりも多く僕のことを「おい」と呼んでいた奴だった。何を考えていたのかは知らない。ただ何となく弱そうな奴に向かって偉ぶりたかったのかも知れない。

 僕が23歩前に向かって歩き出すと、内田はその場にへたり込んだ。腰が抜けたかのように。井上は内田を置いて逃げ出していた。

「た、たすけて」

 ガタガタと歯を打ち合わせながら内田はそう言った。そぼ降る雨に歪んだ顔面はすっかり濡れていた。

 僕はどう思ったのだろう。

 ただ何となく弱そうな奴に向かって偉ぶりたかったのかも知れない。

 ちょっと「おい」と呼ぶような感じで、僕は右手の鉤爪を振った。

 それだけのことで内田の顔がなくなっていた。

 僕の爪に引っかかった内田の肉を舐めてみると非常に甘かった。井上は……もうすっかりどこかに逃げていた。

 ガヤガヤと学校の周囲に人が増えて来る。

 僕は煩わしさを感じて、また走り始めた。

 片腕がなくなったので少しバランスが悪かった。

 人垣を飛び越え飛び越えて、僕はどこに走ったのだろう。すっかり濡れたパジャマがひどく不快に感じられた。

 

 妙正寺川。

 

 アコアグタムの町を囲む対ゾンビ用の堀川である。

 僕は城壁の上から対岸を見下ろす。

 川幅は5メートルほどだろうか。

 向こう側から町中に入るのは大変だが、その逆はそうでもない。

 僕は城壁を蹴って宙に舞った。

 まるで踵に翼でも生えているかのように、僕の体は軽々と堀を飛び越えて、そうして対岸に着地した。

 失われた左腕が熱くなるが、見るともう血は止まっている。

 ちらりと背後を振り返ると、また誰かが城壁の上で僕に向かって弓を引き絞っていた。

 女だった。

 白い胴着に紺色の袴姿。

 どう見ても警備隊ではなくゾンビハンターだ。

 一瞬――どういうわけだか、僕はその女に見惚れてしまった。

 非情な弦音と共に矢が放たれたので、僕は慌てて逃げ出した。

 雨の廃墟へと飛翔した僕の足元で、またあの爆弾頭の矢が炸裂した。

 その時僕の顔は大きく歪んだに違いない。

 まったく何というひどい音なのか。

 痺れた鼓膜を癒したくて、とにもかくにもあの矢から逃げたくて――

 僕は深い廃墟の森の奥に向かって走った。

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