ルパート・エリアリナ
エリアリナ公国のリアナにある公主の居城は、船着き場のあった川を見下ろす高台にある。アレンティアの出身地ということもあり、エリアリナは四つの公国の中で、もっとも格式が高い。同じ公爵家ではあるが、エリアリナ公家は、皇族とほぼ同等の扱いだ。
「立派なお城」
クアーナ公国の城も決して小さくはないが、小高い丘から見下ろしてくるリアナの城は、物語に出てくるような美しさだ。
門扉が開けられ、ホールに迎え入れられると、イリスは天井に施された彫刻に目を奪われた。
美しい女性が、白い馬と戯れている図だ。おそらくアレンティア女帝を描いたものであろう。
「イリーナ」
レキナールに小さく呼ばれ、イリスは慌てて頭を下げる。
ちょうど扉の奥から、一人の男性が現れたところだった。
「やあ、ゼクス。元気そうで何よりだ」
仮にも皇太子に向かって不遜極まりない口調だが、ゼクスはまったく気にしていないようだった。
「ルパート。突然ですまないな。今、封印石の調査をしている」
ゼクスが容姿は自分よりいい、と評しただけあって、ルパートは随分整った顔立ちをしている。瞳は切れ長で、ゼクスと同じ黒色。栗色の髪はさらりとしていた。社交界で女性が騒ぐのも無理はないと、イリスは思った。
「封印石を見たら、公爵殿にも直接依頼するつもりだが、エリの遺跡へのガイドをつけてもらいたいと思っている」
「わかった。取りあえずお茶を入れるから、こっちへ入れ」
ルパートはゼクスを扉へ誘導しながら、イリスとレキナールに目をやった。
「やあ、レキナール。堅物ゼクスの相手は疲れるだろう? いっしょにお茶を飲まないか?」
「いえ、私は……」
レキナールはイリスをさりげなく隠すように固辞しようとした。
「あれ? その制服は帝都の封魔士じゃないな」
すっと、ルパートはイリスに歩み寄る。
「彼女はクアーナ公国の封魔士で、イリーナという。エリの遺跡に行くのに、ラキサス公から借りてきた」
さりげなくゼクスはイリスの傍に戻りながらそう言った。
「へぇ。ゼクスが女性の封魔士を借りてくるとはね……」
意味ありげににやにやと笑ったが、イリスの顔をみるとルパートの顔色が変わった。
「ん?」
不意に、ルパートの指が、イリスの顎を持ち上げた。イリスが反応するより早く、息がかかるような距離でルパートはまじまじとイリスの顔を凝視する。イリスは思わず視線をさけ、後ずさりしようとしたが、ルパートはさらににじり寄った。
「ルパート、やめろ」
ゼクスの抗議の声に我に返ったのか、ルパートはようやくイリスを開放した。
「どこかで、会ったことないか?」
親しげに問いかけるルパートに、慌ててイリスは首を振った。
「お人違いです。お目にかかったことはございません」
「おかしいなあ。絶対、知っている顔なんだが」
髪を染めてきてよかった、とイリスは思った。兄とルパート公子が親しいとはいえ、レキナールとゼクスに指摘されたが、既視感を与えるほど兄と似ているとは思っていなかった。
「よせ。見境なく口説くな」
ゼクスはイリスを背にかばいながら、不機嫌に言う。話がすり替わっていることに、イリスは苦笑した。
――ゼクス様はごまかすの、得意じゃないのね。
それでも、自分を庇おうとしている気持ちが嬉しかった。
「そう怒るな。まだ、口説いちゃいない」
ゼクスの顔を眺めながら、面白そうにルパートが笑う。そして、ゼクスにだけ聞こえる声で何事かを囁いた。
「ば、馬鹿を言うな」
真っ赤になって何かを否定しているゼクスを、レキナールとイリスはきょとんと見守る。
ルパートは心底面白そうに、声を立てて笑った。
「まあ、それも含めて、いろいろ話を聞こうじゃないか」
ルパートは三人を扉の奥へと手招きした。
「封印石ねえ。まだ、後悔しているのか?」
応接室には、ラパ茶が用意されていた。香りもなく苦くて酸っぱいだけのそれを、ゼクスはしぶしぶ口にする。
ゆったりとして、居心地が良いソファだった。派手さはどこにもないものの、質の良いものを厳選して構成された部屋だ。
「それもあるが、皇帝の力量や体調で左右されにくい封印を作りたいと思ってね」
言いながら、お茶のあまりのまずさに顔をしかめる。隣でレキナールが涼しげな顔で飲んでいるのが不思議なくらいだ。イリスは、とみれば、一口飲んだ後、思案に沈んでいるようだ。
「協力はする。しかし、今さらエリの遺跡で何かが分かるとも思えないが……」
言いながら、ルパートはイリスに視線を送る。
「しかし、封魔士なら我が公国にもいるぞ。わざわざクアーナから借りてこなくても……確かに、連れて歩きたくなる美人だが」
きょとん、とイリスが顔を上げた。自分が美人だと評される意味がわからないという顔だ。
「それにしたって、らしくない。たとえその娘に惚れたにしろ、女を連れ回して喜ぶタイプじゃないだろう?」
「俺が女性の封魔士を連れて歩くと、そんなに変か?」
ゼクスの問いに、ルパートは笑った。
「お前ほどの腕の男が、レキナールのような優秀な男がいるのに、今さら助っ人がいるわけない」
「買いかぶりだ」
ゼクスは首を振った。
「それなら、一人と言わず、我が公国から一個師団出すように手配してやろうか」
「ルパート」
「彼女は、誰だ。なぜ、同行させている?」
ゼクスは迷う。ルパートは優秀な男だ。しかも秘密を守れない男ではない。変な勘繰りをされるより、真実を話すべきかもしれない。
「私が……ご無理を言って、ご同道をお願いしたのです」
イリスが口を開いた。
「私のこの傷は、魔傷痕。大侵攻の折、魔人につけられたものです」
「イリーナ」
口を挟もうとしたゼクスを、イリスは目で制する。
「それ以来、封印石の前に立つと、魔人レザルの姿が映ります。その謎を解きたいと、ゼクス様に無理を言ってついてまいりました」
「連れていきたいと無理を言ったのは、俺の方だ」
「それは、どっちでも構わない」
ルパートは、二人の顔を見比べ、苦々しい顔を浮かべる。
「魔傷痕っていうことは、君は魔人の花嫁ってことか?」
「よくご存じですね」
泣き笑いの表情を浮かべ、イリスは頷く。気丈にしてはいるが、身体は小刻みに震えていた。ゼクスは彼女を抱き寄せたくなる気持ちをぐっとこらえた。
「聞きほじって悪かった。強いな、君は」
ルパートは感心したようにイリスを見つめる。
「ゼクスが夢中になるわけだ」
「ルパート、やめろ」
ゼクスの抗議をルパートは聞こえない、というように首を振った。
「ルパート様。殿下をからかって遊ぶのはお止めください」
レキナールが見かねたように口をはさむ。イリスは当惑の表情で二人を見比べるだけだ。
「参考になるかわからないけど、封印石っていうのは、二種類ある。鏡のような光沢をもつ鏡石。それから、術具に使う輝石。我が公国は、輝石が多く使われているが、鏡石のほうが、術が施しやすいので主流になったと聞いているが」
「それは知っている。帝都の封印石も輝石と鏡石の二種類を使って作られている。クアーナは、純粋に鏡石だけだった」
ルパートの言葉にゼクスは頷く。
「クアーナ公国とウェルデン公国は、帝国領土としては新しい方だからな。封印石を配置するには、結構な労力がいる。術が施しやすい鏡石を使ったのは当然だろうな」
ルパートは立ち上がった。
「親父に話してくる。すぐに案内しよう」
イリスが震える手をギュッと握りしめる。
ゼクスはただ、それをじっと見つめていた。
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