照れ隠しと思ってもいいですか

まったく、今日は酷い目にあった。


たまにはサボらず試験に出るとこまでは良かったけど、今日は日差しもいいし窓際の私は眠くて眠くて。

開始から突っ伏して寝てたらいつの間にか終了のチャイム。

当然答案用紙は真っ白で。


名前すら書いてないとはどういうことだと昼休み中ずっと職員室でお説教。

もーうるさいし長いよ先生。


ため息と一応「失礼しましたー」とやる気のない挨拶をして、とっとと職員室を後にした。



ガラガラと教室の扉を開ける。

もう昼休みが終わりそうだ。なんということだ。


しょうがないから5時間目はサボって屋上でランチタイムにしようかな。

てか午前中試験だったのに午後から授業ってどうなのこの学校。


時間割を確認、次は政治経済。

よし、この先生ならそんなにうるさくないし、決定!


お弁当を掴んで踵を返そうとしたとき聞こえたのが、うおお、とか、むむむとか何とも言えない声。

発信源を探すとどうやら2つ前の席。


数歩歩いて覗いてみると、彼は箸を左手に唸っていた。


私の記憶が正しければ右利きのはずの彼は、先日の剣道の試合で右手首を折ったと聞いた。

利き手と逆ではうまく食べられないらしく、今は机に落ちたたこさんウインナーと格闘している。


てかもうすぐ昼休み終わるのに弁当、ほとんど減ってないじゃん。

あぁ、見てらんないなぁ。


「てい。」

「なっ……あ……ああああぁ‼︎」


今まさに掴んだ箸の先から再びダイブしようとしていたタコさんをキャッチ、そのままパクリと食べてしまうと彼は一瞬キョトンとしてから、実に悲痛そうな声を上げた。


「お……お前……っ‼︎」

「ちょ、そんな動揺しなくても」


そんなに好きだったのかタコさんウインナー。

うおおおと嘆く彼の肩をぽんと叩くと、彼にしか聞こえない声で私は囁いた。


「悔しかったら、それ持って屋上に来なよ」

「……は? えぇ?」


再びキョトンとする彼を置いて。私はお弁当箱を持ってさっさと教室を出た。



「あーーーいい天気」


フェンスにもたれて空を見上げる。雲ひとつない快晴。

こんな日に授業とか試験とかやる方が間違ってるよほんと。


静かな屋上、チャイムの音が少し遠くから聞こえる。

と、同時に、ドタドタと賑やかしい足音も予令に混じって聞こえてきた。


「もー、やっとか。足遅いなあ。……怪我のせいか?」

「お……お前っ……お前ってやつは……っ」

「おーおー足音だけじゃなくほんとに賑やかしいなぁもう」


勢いよく開いた扉から飛び出してきた彼。

ぜーはー言いながらもその左手に握られたものを見て、素直だなーとちょっと笑いたくなった。


「ほんと、だからちょっかい出したくなるんだよ」

「な、何ぃ?!」

「あーごめんごめん。一人ごと。とりあえずほら、ここ座りなよ」


ポンポンと座ってる隣を叩くと、若干息が上がったまま彼は素直に腰を下ろした。……ほんと素直だ。


「で、ほら、貸して」

「な⁈ 何すんだよ! 俺の弁当だぞ⁈ そうだ、さっきのウインナー返せ!」

「もー、ちょっと、煩い」

「ムグっ⁈」


奪い取った……渡してもらった弁当箱をガサガサと開けるとギャーギャーと騒ぐ彼。

てかウインナー返せって。もう食べたっての。飲み込んだっての。


余りに煩いから中に入ってた卵焼きを摘まむとその開いた口に押し込んだ。

ムグムグと咀嚼してる間に私は私でお弁当をひろげる。あ、きんぴらごぼうが入ってる。やったね。


と、ようやく飲み込んだ彼がじっと私のお弁当を見ているのに気がついた。

なんだよ、あげないぞ。あーでもさっきタコさんを救助ついでに食べちゃったからなあ。


「……ウインナー1つだけね」

「グッ⁈………おい、さっきから何のつもりだ⁈」

「……何のつもりって」


しっかり咀嚼してから言うなよ。何のつもりというか。

ひょいと、彼の弁当から箸で唐揚げを摘まみあげ、口の前まで持ってってあげると、彼は分かりやすく硬直した。


「なんだよー。食べないの? もらっちゃうよ?」

「なっ⁈ だからこれは俺の……っ」

「だから。食べなよ。あ、それとも、あーん、とか言った方がいい?」

「っ⁈」


……耳まで真っ赤だぞ。純情少年か。

てかやってるこっちが恥ずかしくなるから勘弁してよ。


そこまで思ったところで。顔を赤くしたまま彼が唐揚げを食べた。

モグモグと彼が食べている間に、私も自分のお弁当を食べ進める。

飲み込んだころを見計らって、今度はご飯を口に運んでやる。

私は私でごぼうに舌鼓。しばらく繰り返していると、ぷるぷると、彼が震えだした。


「どうし……」

「だああああ! なんなんだお前は⁈ 何がしたい⁈ 何を企んでるんだよ⁈」

「何って。それじゃ食べにくいでしょ?」

「だからって! お前がこんなことする義理はないだろう! 大体恥ずかしくないのか⁈」

「恥ずかしいよ。だから誰もいない屋上に呼んだんじゃん」

「……」

「……」


なんとなく気恥ずかしくて。無言で卵焼きを口元に運ぶと、彼は今度はすぐさまそれを食べた。

次、と目が訴える。なんだよもう、急にちょっと冷静になりやがって。


催促されるまま食べさせて、私は私でお弁当を口に運ぶ。

このおかずは新作だな、帰ったらお母さんに感想言ってあげよう。


と、あらかた食べた彼がぼそりと何か言った。ごめん、聞いてなかった。


「え? 何?」

「だから。お前、実は可愛いし、いい女だな。」

「……は?……馬、鹿じゃないの⁈」

「うお⁈ なんだよ、普段あんだけすましてるくせに、たかだかこんなので照れるのか⁈」

「誰が照れた⁈ この、馬鹿‼︎」


なおも彼はにやにやと笑っている。

もう知らん! ぷいと背を向け1人でお弁当をかきこむと、背後から少し焦った声。


「お、おい‼︎ もうちょっとで食い終わるだろ! 食わせてくれるなら最後までしてくれよ!」

「知らん!」

「だあああ! 俺が悪かった! からかったんじゃない、だからその、礼を言いたかったんだよ!」


なら普通に言えよ! ちょっと腹が立ったから、自分のを全部食べ終わるまで放置してやった。

……そのあと残りは食べさせてあげたけど!



『照れ隠しと思ってもいいですか』

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