眠るきみに秘密の愛を

青い空、白い雲。太陽はそろそろ南へ登りつめる頃。

間違っても狭い教室で授業なんて受けてる天気じゃない。

こんな日は屋上でサボるに限る。


「こんな日はって、てめぇ昨日も一昨日もここでサボってたじゃねぇか」

「ありゃ、見つかった」


ふいにかけられた声に振り向くと、ちょうど階段を上ってきた彼と目があった。

考えていたことが分かるなんて、奴はエスパーだろうか。


「誰がエスパーだ。全部声に出てんだよ」

「あれま」


彼は盛大にため息をついて私の隣にどっかと腰を下ろした。

ガサガサと持っていたコンビニの袋の中から缶コーヒーを二本取り出し、ん、と一本を私に渡してくる。

サンキュ、そう言ってすぐに栓を開け、一気に半分ほど飲みほした。

ミルクも砂糖も入ってない、苦いブラックコーヒー。

さすが、私の趣味が分かっている。


「ちょうど喉乾いてたんだ。ナイスタイミング」

「どうせ口開けて寝てたんだろが」


そんなことまで分かるとは、エスパー恐るべし。

もはやこれはストーカーなんじゃないだろうか?


そこまで考えたところで、違ぇよと軽く頭を小突かれた。

しまった、また口に出していたのか。悪い癖だな、うーん、早目に直そう。

隣で彼がさっきより大きいため息をついた。


「ところで、授業は? まだ4時間目くらいじゃないの?」

「お前……自分だって出てないだろが。それに今はまだ3時間目だっての」


あ、惜しい、そう言って、残りのコーヒーを喉に流し込む。


こんなやり取りももう何回目だろうか。

私のお気に入りサボりスポットには、いつの間にか彼がよく来るようになって、いつの間にかこんなによく喋る仲になって、いつの間にか彼は私の好きなコーヒーを覚えた。


「サボりなんて、君は不良だなぁ」

「……お前には言われたくねぇよ。万年サボり魔」


二人でフェンスにもたれかかって、何も言わずに空を見上げる。

そよそよと秋の風が心地よい。


うとうとと、さっきまで寝ていたはずなのに、また眠くなってきた。コーヒー飲んだのになぁ。

うつらうつら舟を漕いでいると、眠ぃのかと隣の彼。


駄目だ、返事もしたくないほどに眠い。んー、適当に返すと彼は今日何度目かになるため息をついた。

そんなにため息ついたら幸せ逃げていくぞ、そう口に出す余裕もない。


「ほら。風邪引くだろ」


そう言ってかけられたのは、多分、彼の上着。

これを脱いだら君こそもう肌寒いんじゃないのか。

そう思うけどまあいつものことだから気にしないことにした。


目をつぶったまま、彼の腕に寄りかかる。ああ暖かい、快適。うちのベッドより全然……

そこまで思ったところで私の意識は本格的にフェードアウトし始めた。

上から彼が何か言ったような気がするけど、もう聞こえない。


「……おや……す……み……」


それだけつぶやいて私は眠りの淵へと落ちていく。




「……また寝やがった……ったく、人の気も知らないでよぉ」


自分の腕にもたれてすやすやと眠る彼女を見る。

なんとも気持ちよさそうなこの姿は実はほとんど毎週のこと。

この曜日、この時間は、時間割の関係か他のサボり組がいないから、彼女と二人きりになれる。

だから毎週欠かさず、彼女の好きなコーヒーを買って来ているというのに……


「……気づいてねぇんだろうなあ、お前は……」


まあ、今はまだいい。自分にその無防備な姿を見せてくれるだけで、今は、いい。

彼は優しく彼女の髪をなで、栓を開けただけだったコーヒーの一口目を、ようやく飲んだ。

チャイムの音で彼女が目を覚ますまで、あと32分。



『木曜日の3時間目』

(君との、秘密の逢瀬の時間)

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