第22話 水のカーテン

 シオリを集中攻撃することで、30秒で倒す。

『タカシ』が妨害を試みるが、俺が一人対応すればどうにかなる相手でもあった。手持ち斧ラブリュスによる近接戦を挑んでくるのは、投げ斧の場合ロープをたぐり寄せて回収する手間がかかるからだろうか。急いでこちらの手数を一人でも減らしたいという焦りが見えるが、攻撃範囲の広い長剣デュランダルに持ち替えて応対することで、安定して優勢を保てた。

 カノンの合体魔法はパーティー全体に3分弱ミニットの大量ダメージを与えてくるが、これは一旦無視することにする。俺のTPはまだ7分以上残ってる。

 シオリが倒れた後は、そのまま本体の鏡をミラー全員で壊すほうが効率がいい。

 この先は、時間との勝負になる。

 だが、ここで金縛りから解放されたシオリが想定外の行動にでた。

「マヒロ、ごめん。トゥルパ、借りるわ。」

 俺に重なってる人工精霊が、消失した。

「あ……。俺の壁。」

 俺に重なってたトゥルパは剥がされてしまったが、一体どうする気だろう?

 金縛りになった恐怖から、自分を守るために使いたくなったのだろうか?

 シオリの取った行動は、俺の予想を軽く超えるものだった。

 振り子ペンデュラムを敵の『俺』に向けると、トゥルパの呪文を詠唱した。

 精霊は『俺』の身体に干渉し、乗っ取ろうとし始める。

 AIの『俺』にも人工霊体があるため肉体を奪うことまではできないが、相手を金縛りにできる可能性はある。

 トゥルパはAIの肉体アバターへの支配権を、妨害しようと試みる。

「なんだ、けっこう簡単じゃない。単に、味方にトゥルパを掛ける感じで、敵にも同じことをすればいいだけみたいね。」

 敵の『俺』の動きが、止まった。

 先ほどからずっと動いてはいなかったが、剣を構えることをせずただ棒立ちになってしまった。

 シオリは鏡像キラルと同じことをした。

 そして、金縛りのナルコレプシー技に成功したのだ。

「やるな。これで俄然、有利になったんじゃないか?」と俺。

「ようは、あっちの人たちがやってたのと同じことをするだけでしょ? 詠唱式も通常のトゥルパと変わらず掛ける相手が違うだけみたいだったから、鏡みたいに真似をすればいいだけだわ。これで誰も死なずに戦闘バトルに勝てるんじゃない? マイナス報酬ポイントを発生させないためには、パーティーの全員が生き残って勝たなきゃダメなんでしょ? このゲーム。」

 シオリの言うとおり、たとえ戦闘バトルに勝ったとしても、パーティーの全員が生きてなければこのゲームでは報酬ポイントがマイナスになる。

 現時点ではタカシが一番死ぬ確率が高い。死亡までの残りTPは3分ちょい。剣士の俺よりも魔法耐性が高いとはいえ、そろそろヤバイ。

 敵の『俺』を行動停止にできれば、本体の鏡へ攻撃が届きやすくなる。

 つまり、短時間で鏡をミラー壊せる。

『カノン』の合体魔法が厄介だが、こちらのカノンにもう一度『搾取』でエクスプロイトタカシを回復してもらえば、全員が生き残る形で勝利できるのでないか。

「敵の『カノン』の合体魔法に気を付けつつ、本体ミラーを叩くぞ。『タカシ』は俺が食い止めとくから、後はタカシの残りTPを見ながらカノンは『搾取』でエクスプロイト回復してやってくれ。このパターンで、たぶん全員生存したまま勝てると思われる。」

 俺が作戦を告げると、シオリが不機嫌そうに声を上げる。

「こらーっ。キミは、あたしがやった実験を見てなかったのかな? 鏡像キラルの行動は、あたしたちでも真似できるって分かったわけでしょ。カノンには合体魔法を使ってもらわないと。『搾取』じエクスプロイトゃなくて、『過重労働オーバーワーク』よ。あたしが敵の『マヒロ』の動きを止めてるんだから、本体鏡面への道はガラ開き。ここは高威力の魔法でたたみ掛けた方が、むしろ安全で手っ取り早い。」

 なぜか、怒られる俺。

 だが、確かにシオリがやって見せたように、鏡像キラルの戦術を俺たちが真似できればさらに戦いを有利に進められる。

 やってみる価値はありそうだ。

「カノンは合体魔法を試してみてくれ。合体魔法とは、二つの魔法を同時に唱えた上で、それらを合成する手順にプロトコルより可能となる。シオリとタカシがいつも人工精トゥルパ霊と分身アバターを合体させてるのと同じものだ。やってみて無理そうなら、仲間メンバーの回復を優先しつつ通常の魔法で本体を攻撃。さっきの戦略でいい。」

「分かりました、マヒロ君。とりあえず向こうの『わたし』がやってたことを、そのまま実行してみます。うまく、いきますように。」

 カノンは、合体魔法の準備を始めた。

 成功すれば、攻撃に特化した作戦で一気に蹴りを付けられる。

 敵の『カノン』が用いる合体魔法が我々を死へと追いやる懸念材料であるが、鏡面は意外と脆い。『俺』が動けなくなってる今、集中して叩けばギリギリ行けるはずだ。



 ところで、そろそろシオリの補助魔法の効果が切れる頃だ。

 対魔法用の壁とシールドして、イシスの楯『アイギス』を掛け直さないといけない時間だろう。

「シオリ。そろそろアイギスを張り替えたいから、準備を頼む。俺のトゥルパが無くなったから、ついでにスクトゥムも掛けてくれると助かる。」

「今、『マヒロ』を金縛りにしてるから無理。さっき自分で言ってたじゃない、トゥルパを金縛りに用いれば術を使用した本人も動けなくなるって。」

「しまった、忘れてた。シオリが動けないとなると補助魔法を使うやつがいない。『カノン』の合体魔法が直のダメージで来る! 戦略をミスった、このままではタカシが次の攻撃で吹っ飛ぶっ。」

 作戦を今からでも変えるべきか。シオリを動けるようにすると、同時に敵の『俺』も金縛りから解放されてしまうことに。『俺』を自由にして、果たしてアイギスを掛ける暇を与えてくれるかどうか。

 これは、非常にまずい。

 俺が困っていると、シオリがしれっと何食わぬ顔で言う。

「魔法はマヒロが剣で斬ってくれるんでしょ? 敵の『マヒロ』がやってたんだから、こっちのマヒロにもできるはずよね。これで、完全勝利のアルゴリズムが完成するわ。」

「ちょい待て。『俺』がどうやってるのかも、分からんのに。さすがに無茶ぶりだ。」

「来るよ。『カノン』が魔法を発射する。たぶん、これも『なんとかコア』みたいなのがあって、それを割れば魔法でも弾き返せるとかそんな感じじゃないの? やってみれば、何とかなるわよきっと。」

 俺は今ようやく、シオリがやはりリーダーには向いてないことを悟った。

 めちゃくちゃな指示だが、それに従うべきなのか分からずにいると。

「マヒロ君が合体魔法を斬ってくれるんですか? それなら、安心ですね。回復をせずとも、攻撃のほうに専念できて何よりです。」

 とカノン。

「ふむ、それは見物だなあ。ボクもそろそろ残りTPが少ない。敵の『カノン』君の魔法を跳ね返してくれるのなら、非常に助かるよ。ぜひ、挑戦してみてくれ。」

 とタカシ。

 彼らはどことなく、他人事だな。

 なぜここで、シオリのほうに乗るのか。重大な決断の時くらい、このパーティーの独特なノリは抑えてほしいのだが。

「それじゃ、ご要望にお応えして、俺の得意の剣技をお見せしましょう。」

 俺はやけくそになって、期待されてるであろう行動を宣言した。

 やるしかない。

 最後は仲間に追い込められて、越える必要のない壁にぶつかった感じだ。

 失敗を恐れない友だちのおかげで、こんな難関に挑まされることになるとは。たぶん、もっと無難に勝つ方法もあっただろうに。

『カノン』の実質4回行動に相当する魔法が、合体新生してから俺たちに向かってきた。先ほどと同じ、水と風で作られる渦の魔法。

 他の技に変えないのは、この渦が『カノン』の持つ最大威力の魔法であることを意味する。

 迫って来る水の渦を前に、俺は思う。

──魔法って、どうやって斬ればいいんだ?



 困った。

 その方法を、まだ確かめてなかった。

 アイギスの楯はもう無くなってる。

 この渦魔法を食らったら、タカシが吹っ飛びマイナス報酬ポイントが発生する。

 これは、ピンチだ。

「頑張って、マヒロ。パーティーの命運は、キミの剣の腕に掛かってるわよ!」

 シオリがプレッシャーにしかならない言葉を、俺に掛ける。今はちょっと、静かにしてくれ。

 考えないと、非常にまずい。

 敵の『俺』は、長剣一本でシオリの電玉魔法を弾き返してた。

 魔法の寿命以上のダメージを物理的に与えれば消失させられるかもしれないが、おそらくその方法ではないはずだ。敵の『俺』は、あくまで俺と同じ力しか持ってない。魔法を跳ね返したのは、別の原理によるものと考えるのが自然。

 シオリの言うように『なんとかコア』みたいなのがあるにしても、そのコアの位置を正確に掴めないと成功させるのは難しい。

 俺はいつも魔法の軌跡からモンスターの球核の位置を把握してる。同じように、敵の『俺』は魔法で魔法の位置を特定でもしたのか……?

 しかし、敵は魔法を魔法に向けて発射するなんてことをしてるようには見えなかった。

 なら、道具アイテムにより魔法の位置を知ったのか。

 仮に魔法核のマジック・コア位置を知ることができる道具アイテムがあったとして、敵がそれを用いた様子も形跡もなかったのだが……。

 魔法も道具も使ってないとすると、もはや勘だけで魔法を斬ってるとでも言うのだろうか? もしそうならすごい技術だテクニックが、それほどの腕があるなら最初からその超絶技を駆使して戦えばよかったんじゃないのか?

 知られたところで、俺には真似のできないスキルだろう。

 そう言えば、鏡像キラルの『俺』は長剣を構えて以降ずっと鏡の前から動いてないな。本体の鏡をミラー守るために、そこにい続けてるものと思ってたが、もう少し動いて戦闘バトルに参加してもよかったように思う。

 初めに大剣でこちらの手数を減らそうとしてきた『俺』にしては、妙に落ちついてる。『タカシ』も武器を回収する手間のいらない手持ち斧で近接戦を仕かけてくるなど、とにかく早く俺たち側の人数を減らしたいのが見てとれるのに。

 敵の『俺』はなぜ鏡面の前からじっとして動かないんだ?

 守りに徹してるようでも、少し不自然だ。

 その仕掛トリックけはすぐに明らかになった。



 その道具アイテムは、金縛りになった『俺』が床に膝を付いてしゃがみ込んだ時には、すでに見えていた。

『魔法探知レーダー』というアイテムが、敵の『俺』の背後に動いていた。

 円錐型の銀色をした魔法道具アイテムで、魔法が自分に近づくとその方向を教えてくれる。

 奇襲、不意打ち、包囲を仕かけてくる魔物はモンスターシムゲームでは日常茶飯事のため、魔法の接近にいち早く気付くことができる便利そうなツールだが、一般に魔法は防ぐ方法が限られてるため持ってたからといって特に有利になるわけでもない。

 あまり使われることのない、マイナーな道具アイテムであるが。

 その円錐型の尖った先が指し示す直線上に、魔法核がマジック・コア在るのではないか?

 それなら、レーダーを見ながら魔法のコアを斬ることが可能だ。

 正確な位置さえ分かれば、何とかコアに剣を当てられる。

 それをなし得た時に、魔法を弾き返せると考えればいい。

『俺』が鏡面の前から動かなかったのは、この魔法アイテムを隠す意図もあったのか。

 背後にレーダーを隠したとしても、壁の鏡を見ればそれを確認できる。四方に鏡がある部屋では、真横の壁に自分の背後も映ってる。

『俺』は、背中の後ろに魔法探知レーダーを置いてそれを鏡を見てチェック、魔法核のマジック・コア位置情報を得て剣で跳ね返すという作業をしていた。道具アイテムを隠しておくには、自分は鏡面の前から動けない。

 仕掛トリックけを知られれば、俺も同じ事をしてくると考えたのだろう。

 レーダーが見えれば、俺にも魔法核の位置を知って跳ね返すことが可能になる。

 その道具アイテムは、敵の背中でうまく隠され、また鏡の丁度いい位置にヒビが入ってもいるため、俺たちのいる地点からその存在が見えなくされていた。

 鏡の壁には戦闘バトルの過程で所々にヒビ割れが生じてるものの、中には敵が意図的に作った傷もあるだろう。

 そうでないと、この四方が鏡張りの部屋で俺たちがレーダーの存在に気付かなかったのも、偶然にしては奇妙である。

 鏡のパーティーは、決して俺たちよりも高度なゲーム技術をテクニック駆使して戦ってるわけじゃない。それができるなら、戦闘バトルの序盤からすでに我々を圧倒できてたはずだから。

 序盤の劣勢以上に、敵たちが強すぎることはないのだ。

 冷静に見定めるんだ。

 相手の本当の実力を。

 敵は決して強すぎるということはない。

 仕掛トリックけにうまく騙されて、敵の強さを実際よりも高く見積もらされていたにすぎない。

 この誤算が、俺たちに最善の策を採ることを遅らせていた。敵は強いという錯覚から、彼らの戦術に致命的な急所があることに気づき損ねるところだったし、自分たちにも彼らと同じ事ができるとは考えもしなかった。

 本当は敵はパワーアップなどしていないし、強さは最初の時から変わってないので、一見隠し持ってた実力で攻勢をかけてきたようでも、実はそれがリスクを伴う行動であったことを見落とすところだった。

 レーダーの指し示す方向に、魔法のコアがあるはずだ。



 もう時間はない。

 俺は差し迫ってくる大渦に向かって長剣を構え、レーダーの先端が示すベクトルに仮想の直線を伸ばし、渦と交わる領域を頭の中で切り取る。

 そこにできた線分に沿って剣を振れば、コアに当たると信じる。

 大渦に飲み込まれながら俺は魔物のモンスター球核をいつも狙い斬るように、存在してると思われる魔法核にマジック・コア向けて長剣を突き入れて、断つ。

 大渦の中心からは少しずれた場所にある線分をなぞるように、刃で水を割いた。

 渦は二つに割れながら、俺をよけて流れ後方の壁に激突した。

 回転する湖面がまるでモーセの伝説のように真っ二つに引き裂かれるのを、仲間メンバーたちは真正面から目撃した。

「……渦が割れましたね。剣の一太刀で水流が左右に分かれ、水のカーテンが出来ました。感動的な光景でしたね。」

 カノンは目をうるうるさせる。

「いやあ、ブラボー。素晴らしい景色を見られて、ボクは満足だよ。異世界の戦闘バトルは、神話にようにドラマチックだねえ。今日は最高の気分で、カップめんを食べられそうだ。」

 タカシは軽く口笛を吹いてみせる。

 いちいち反応がリアクション欧米風な男だ。

 そして、お前の夕食はカップめんを食べるとこしか見たことがないが、栄養のバランスは大丈夫なのか?

「ちゃんと、できたじゃない。マヒロならやるかもとは思ってたけど、本当に剣で魔法を斬っちゃうなんてね。いいものが、見れたわ。異世界の観光も楽しいけど、戦闘バトルはもっと刺激的ね。」

 シオリも自分のだした指示に満足のいく結果が得られて嬉しそうにしてるが、もし失敗したらどうするつもりだったんだろう。

 彼女の場合、挑戦しないことの方がもっと失敗なのよ、とでも言ってうまくごまかされそうな気はするが。

「渦を二つに割れただけだ。魔法を跳ね返せたわけじゃない。鏡の『俺』は、シオリの魔法を弾き飛ばしてた……。たぶん、完全な成功じゃなかったんだろう。」

「いいのよ。最初から全部できる人間なんていないんだから。」

 シオリがあっけらかんと言うので、俺はここは充分な働きができたものと思うことにする。

「後は、本体の鏡をミラー破壊するだけだ。『カノン』の合体魔法は、俺が斬る。このまま、たたみ掛けるぞ。回復はまだギリギリ余裕があるから、攻撃を優先だ。」

 仲間メンバーたちは頷きだけで答えて、行動に移った。

 鏡のミラー寿命も、あと残りわずかだ。

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