第21話 鏡パーティーの急所

 ここで、カノンが俺に回復技の『搾取』をエクスプロイト使用した。

 3分半まで減っていた俺のTPは8分30秒まで回復した。カノンの消費したTPは2分30秒だが、トゥルパの効果で2体分の恩恵に与れる。

 5分の時間を、俺はカノンから搾取した。

「マヒロ君。そろそろ回復しないと、死亡タイムを過ぎてしまいます。被ダメージ量が3分の渦魔法をあと一回受ける頃には、おそらく死でアウトしょう。」

 敵からの被ダメージだけでなく、何もしなくても時の経過によりTPは減ってくため、死期まであと3分ちょっとの俺はそろそろ回復しないと確かに危ない。

「マヒロ君、この状況を切り抜ける方法を考えてください。わたしたちは、ここで終わるわけにはいかないのですから。キミにしか、パーティーを導くことはできません!」

 エリカに追いつくのが我がパーティーの目標だったからな。(タカシを除いて)

 ここでゲームオーバーになる気はさらさら無い。

 判断を誤ればパーティ全滅もありうる状況ではあるが。どうする?

……先ほどから何か違和感があるのは、敵のシオリの挙動だ。



 トゥルパをこちら側のシオリに用いて行動不能に陥らせる妙な技で攻めてきたが、タカシの発言によるとトゥルパを霊体をもつ人間に使用することはできなかったはずである。

 シオリがトゥルパによる分身アバター魔法を発見したのは、タカシを実験台にしてその使い方を試してる時だった。嫌がるタカシに無理やりトゥルパを掛けてみたら、狂戦士バーサーク化することはなくタカシが恐怖で金縛りに陥っただけだった。

 タカシの生み出す分身アバターは物理攻撃は防いでくれるが、魔法は身代わりになってくれない。だが、たまたまトゥルパがタカシの分身アバターのほうに効いてしまったため、新しい使い道を発見するに至った。

 本物のタカシは霊体をもつゆえ、人工霊であるトゥルパの魔法を弾き返したのではないか。そして分身アバターには魂がないため、トゥルパの器として都合がよかった。

 なぜ敵のシオリのトゥルパは、こちら側のシオリを金縛りにできてるのか?

 鏡像のパーティーは鏡から出てきたのに、トゥルパを俺ではなくシオリに割り当てるという非対称な形になってたのも気になる。その結果、敵は『俺』を集中攻撃されて陣形を崩されることになったのだし、なぜあえてシオリを守ってたのか?

 なぜ、この時までシオリをトゥルパで守りつづけてた……?

 俺は敵パーティーを観察して、ある一つの違和感に気づいた。


 敵側の『俺』は、鏡面の前で剣を構えてる。これはカノンやシオリの魔法を弾き返しつつ、俺・タカシの物理攻撃を本体の鏡へミラーと通させないためだ。

『タカシ』は、タカシを斧でイジめてる。金縛りに遭ってるシオリではなくタカシを攻めるのは、物理攻撃を特に警戒してるように見える。シールド魔法の『スクトゥム』はすでに効果が消えてしまったようで、マヒしてる間にTPをごりごり削られてる。

『シオリ』は、何もしていない。

『カノン』は、次の合体魔法を撃つべく詠唱を開始してる。


『シオリ』だけ、何もしてない。

 ボーッと突っ立ってるわけではないが、シオリの方をじっと見つめたまま振り子を前方にかざしてるのみだ。

 何かにずっと集中してるようにも見える。

 なぜ、何もしないのか……?

『シオリ』がした行動は、シオリへの金縛りのナルコレプシー術のみだ。


 金縛りの原理はおそらく、トゥルパという人工霊をシオリの霊体に干渉させつつ、肉体アバターを乗っ取ることによると思われる。

 トゥルパを物体や肉体に封入させると、意思をもった生き物のように勝手に動くようになる。

 その効果と原理から、本来ならシオリは肉体を奪われたのち、敵側のロボットとしてこちらを攻撃さえしてきてもおかしくはない。

 だがシオリは俺たちを攻撃はしないし、観察する限りでは彼女は今も自分の意思を保っていた。

 これはAIを長く見てると感覚的に分かるのだが、やはりただプログラムで動くキカイと理性をもって思考する人間の目は違う。AIのほうがどこか意識が遠くにあるようで虚ろだ。人間の目ははっきりと意思があって、独特な熱を帯びる。

 シオリの眼には今も魂が入ってるのが、俺には認識できた。


 霊と魂をもつ人間の中に、人工の霊体を封じ込めることは完全にはできないようだ。もしくは、かなり難しい。

 そう仮定すれば、現在のシオリの状況をうまく理解できそうだ。

 トゥルパはシオリの肉体を乗っ取ろうとしても、本来それを所有してる彼女自身の霊体に抵抗されて、完全に支配すコントロールることができないのだ。

 さらには魔術の使用者が人工霊を操作しつづけないと、本人の霊体によって弾き返されてしまうと考えれば、『シオリ』が何も行動をしないことの説明も付く。


 ずっと魔法に集中して掛けつづけてないと、シオリの金縛りはすぐにでも解けてしまうのだ。

 トゥルパを用いた金縛りはナルコレプシー、敵を一人足止めすることができる代わりに、術の使用者も行動不能になり攻撃の恰好の的になってしまう。

 今、『シオリ』が一番、防御が薄くなっている。

『タカシ』が金縛り中のシオリを攻撃しないのも、俺かタカシを放置しとくと行動不可の『シオリ』を攻撃され、その上シオリの金縛りもナルコレプシー解けてしまうからだ……。

 意識の集中を乱されると、金縛りの術はおそらくその瞬間に封じられる。

『タカシ』は神経毒を食らったタカシを攻めて、俺たちの攻撃の手数を急いで減らそうとしてる。カノンの回復技『搾取』のエクスプロイトおかげで、現在もっともTPの残りが少ないのはタカシとなっている。

 俺を狙うよりも、手数を減らすのに効率が良い。


 一見、強力な戦術を持ってるように見えるAIたちに、明確な弱点があるのが見えた。

 敵パーティーの妙な非対称性、『シオリ』にトゥルパを掛けて守ってたことの違和感も説明できる。

 金縛りを使ってる最中の『シオリ』は、敵パーティーの致命的な急所になるのだ。

 敵と自分を行動不能にできるトゥルパの変異技。しかし、この技は諸刃の剣で術をかけた本人も狙われやすくなる。意識を集中してる必要があるため、攻撃されるとそこで術が解ける。

 金縛りの使用中に『シオリ』を倒されれば、鏡本体への道が開かれてしまう。

 敵の急所は『シオリ』だ。

 そこを狙えば、この上級モンスターを倒せる。

 敵の戦略には見抜かれると困る急所があるため、短期決戦で攻めるしかないのだ。ゆえに、ある程度ピンチの状況になるまで今の作戦に変えなかった。……変えられなかった。

『シオリ』にトゥルパが掛かってたのは、急所である『シオリ』の寿命をなるべく温存するため。作戦の軸でもある彼女を倒されると、鏡本体にまで攻撃が及ぶ。

 敵側の『俺』が大剣を両手持ちで攻めてきたのも、一撃の威力を上げることで俺たちパーティーの攻撃の手数を、なるべく早く一人でも減らそうとする狙いがあったからだ。

『タカシ』の神経毒と合わせて、俺のトゥルパを麻痺させた上で俺本体を大剣で狙い討つ作戦……。もしくは、タカシを先に倒すか。 

 いずれにせよ、前衛を崩せれば『シオリ』への集中砲火を和らげつつ、金縛りをナルコレプシー軸にした作戦を実行できる。

 その計画は、『俺』が集中砲火を浴びることで崩されることになったのだが。


 鏡像キラルたちは、べつに力を抑えながら戦ってたわけじゃなかった。

 途中から急に強くなるとかありがちな展開がしたいのではなく、逆転の切り札を隠し持ちつつその機会をじっと窺ってたのだ。

 初めから最善の戦略で攻めてきたのであり、ある時から本気を出すなんてことはしなかった。

 最初から本気で戦っている。

 敵は始めも今も、変わらず全力で向かって来てる。

 大剣をもって攻めてきた鏡像キラルの『俺』を、最初は隙が大きくあまり強くないと感じてたのだが、それは『シオリ』を守り、のちに実行する作戦につなげるための行動だった。

『俺』は強くないという認識は、間違っていた。

 俺の鏡像キラルは、強い相手だ。

 現在も鏡のミラー前で長剣を構えてるために、その本体へと攻め込むことを不可能だと感じさせる。それでも、敵パーティーには急所があるように、本体へと至る細道は必ず存在してる。



 ここで、うちのリーダーが口を開く。

「これは、もうダメだわ。こんな相手を倒すのは、今のあたしたちの実力では無理。さいしょのうちは、本気を出してなかったってわけね。敵が本当の実力を出してきたからには、あたしたちに勝ち目はないと推定できる。致命的な急所でも見つからない限り、勝てない確率が高いわ。ここは、逃げる戦術を採るのが妥当。あたしはどうせ動けないから、他のみんなで逃げてちょうだい。なに、あたしの事は構わなくていいわ。こういう時、パーティーを率いるリーダーが真っ先に命を投げ出すもんなのよ。悲しくても、泣かないで後ろを振り返らずに走りなさい。あなたたちの財産を守るには、こうするのが一番いいのよ。」

 敗北を悟るような状況でも、どこか自信に溢れたシオリだ。

 実は鏡像の集団に囲まれてるため逃げることはほぼ不可能なのだが、それよりまだ試す価値のある方法がある。

「まだ、諦めるのは早い。敵の急所なら、あるぞ。みんな、シオリを狙うぞ。あの金縛りみたいな術を使ってる間は、敵の『シオリ』は自由に動けない。『シオリ』に一撃でも加えれば、たぶんこっちのシオリの麻痺が解けるはずだから、治療魔法で『タカシ』の神経毒への対処も可能になる。敵の作戦の起点は『シオリ』のトゥルパによる金縛りのナルコレプシー術にあるから、まずは『シオリ』を集中して片付ける。その後は俺が『タカシ』を引き付けるから、3人は本体の鏡を攻撃してくれ。敵の『俺』が立ち塞がってるが、三人で同時に攻めれば全てを防ぎきることはできない。」

 俺の説明を聞いた仲間メンバーの眼には、失われつつあった光が戻った。

「OK、マヒロ君。シオリを助けるには、あっちの『シオリ』を倒せばいいわけだ。そうすると、今度またボクが毒状態になっても、シオリに魔法で治療してもらえる。一石二鳥のすごいお得なアイディアだよ。」とタカシ。

「さすが、マヒロ君。やっぱり、パーティーを救う戦略をアイディア考えてくれたんですね! これならうまく行けば、財産を失わずに済みそうです。もうバイトを辞めても暮らしていけるかも……?」とカノン。

「はあはあっ……。マヒロったら、素敵っ。さすが、あたしが目を付けた男よね。怜悧な着眼点に、隙のない分析。そして、大胆な発想。絶対に、あたしのものにしないと気が済まなーい! そのためにも、早くこの上界にいるラスボス・エリカを倒さなくちゃ。」

 シオリがはあはあ言ってるのは、金縛りの状態になって苦しんでるからか……。

 エリカがこのゲームのラスボスというのは初耳だが、本当なのだろうか?

「……とりあえず、シオリを落とすぞ。」

 俺が言うと、タカシは投げ斧を、カノンは魔法の杖をそれぞれ構えた。

 シオリは赤面して顔を覆ってる。

 なぜ、今顔が赤くなるんだ?

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