第20話 四方の鏡フォー・サイド・ミラー

 ゲームの中での、自分との戦闘バトル

 考えてる内容は、まず誰を先に倒すか。

 俺の頭の中で、現在2択まで絞られてる。

 防御が手薄な、魔法使い系のシオリ。

 強固な剣士ではあるが、軽装備のため同じく守備の弱い俺。

 どちらかを狙うことまでは決めたが、運が悪ければこの選択が命取りにもなる。

 俺は慎重にこの魔物をモンスター観察する。

 俺らと同じ姿で、同じ装備・同じ技をスキル持ってるとすれば。

 敵の足元をよく見ると、俺の鏡像キラルには影があるが、シオリのほうにそれは無かった。

 タカシの生み出す分身アバターは、本体の影を素材として作られる。分身を自身に重ね合わせてる者には、足元に影が生じない。

 シオリのトゥルパは、タカシのアバターに封入して霊と肉体をもつ完全なコピー体となる。つまり、この合体魔法のトゥルパを自身に重ねてる者にも、床の影は生じないことになる。

 敵のシオリはトゥルパの魔法を自身に使用し、残り一体を自分のTPを回復させられるカノンに割り当てていた。

 俺とタカシの鏡像キラルは、トゥルパを持たない。この魔法は、一度に2名までにしか使用できないためだ。

 トゥルパを被ってるシオリに物理ダメージは通らない。そして、魔法への耐久も高い。

 俺にはトゥルパが無いので、物理でも魔法でも攻撃が通るはずだ。

 ここは、実際の俺たちのパーティーとは違っていた。

 我がパーティーでは、最前衛で一番死にやすい俺と回復技をもつカノンにトゥルパを使用してる。パーティー全体の死亡リスクを減らすのが目的である。

 鏡像キラルのコピー・パーティーでは、対照的にシオリが自身を守るためにトゥルパの効力を用いてるように見える。パーティー全体の守りを考えるなら、鏡像キラルの俺にトゥルパを使用するのが得なように思えるが、これはもしかしたら心をもたないAIの限界なのかもしれなかった。

 さらに、俺の幻が手にしてる武器は2刀のグルカ・ナイフでも長剣デュランダルでもなく、大剣バルムンクだった。両手で持つ重い剣を使用するのは、俺たちプレイヤーの体内に球核が無スフィア・コアいためだろう。

 一撃での即死を狙えないので、剣そのものの威力に重きを置いてるのだ。

 剣士ゆえに物理への耐久は高いが、盾は持ってない。

 最前衛にいることと合わせて、物理ダメージはまだ通りやすいだろう。

 誰を先に倒すかは、決まった。

 鏡像キラルの俺だ。

 前列にいて、トゥルパも掛かってない。盾を構えず、大剣を一本両手で持つ。

 この中で最も守りが薄く、攻撃への備えが無い。

 他の面子メンツは、トゥルパや盾、職業による耐性などの備えがある。

 俺がこの分析を仲間メンバーに告げるより先に、まずシオリが戦略について口を開いた。

「とりあえず鏡の本体を叩けばいいわけよね。じゃあ、この鏡像のあたしたちのうち一体を先に倒してから、隙を見て本体のミラーを攻めればいいわ。この中で一番防御が薄そうなのは、あたしかしら? まずはあたしの鏡像キラルをみんなで集中して消し去るのが、良策っぽいわね。四人であの可憐な敵を一斉に攻めたいところだけど、異議はある? 美しいものを傷付けるのは、良心が痛む?」

 俺がその戦術に口を挟む形となる。

「シオリ。この敵は俺たちの鏡像のようだが、完全な対称にはなってないぞ。向こうのシオリには、足元に影が落ちてない。トゥルパが掛かってるはずだ。つまり、この中で一番守りが薄いのは俺だ。みんなで俺を先に倒そう。そこから、鏡へミラーの道が開ける。」

「やあん。いたいけな男子を傷付けるなんて、あたしにはできなあい。女ならいくらでも敵に回せるのだけど……。」

「シオリンではなく、マヒロ君を攻撃するんですか? ちょっとかわいそうな気もしますね。ここは、シオリンを集中砲火する作戦でもいいんじゃないかな?」

シオリとカノンの意見はほとんど感情論なので、却下する。

「いや、シオリやマヒロ君は守りが堅いから、木こりのボクを攻撃するのはどうだろう? 剣士に比べたら、木こりなんていかにもな脇役っぽいし、一番ラクに倒せそうな相手じゃないか。ここはボクを真っ先にやっつけるのが、効率が良いと考える。」

 タカシはこんな時にマゾ気質を表出させて、自分の幻影を痛めつけたい衝動に駆られてるだけだ。ここは、基本無視スルーでいい。

 まず先に攻め落とすなら、明らかに俺。この中で一番、守りへの備えが甘い。

「俺を攻めよう。両手で扱う大剣を持ってる俺が、動きの振りも大きく隙が生まれやすい。たぶんこの中で一番脆いはずだ。今までのプレイ経験からしても、大体俺が真っ先に死んでただろ?」

 パーティーも納得してくれたようで、みんなで俺の鏡像キラルを集中して狙うこととなった。

 予想通り、大振りの剣は隙が大きく行動するたびに、敵は狙いやすい的となった。

 俺は、2刀のナイフにより『俺』を攻撃。

 タカシは盾を構えカノンを守りつつ、投げ斧で遠方から『俺』を狙う。

 シオリは魔法のシールドで守りを固めつつ、攻撃技を『俺』に向けて撃つ。

 カノンは過重労働オーバーワークを用いない通常の魔法技を、『俺』に当てる。彼女においては、回復技を温存するために最大の威力で魔法を使うのは控える。

 俺とカノンはトゥルパを自身に重ねてるため。実質2回行動のダメージを敵に与えられる。

 敵パーティーで警戒するべきは、トゥルパの掛かったシオリとカノンの魔法攻撃になるが、これはシオリの支援魔法アテナの楯『アイギス』により大ダメージを軽減できる。

 トゥルパの割り当てが2名とも魔法使い系統であるが、こちらの防御行動を楽にしてくれて助かった。

 剣士である俺が魔法攻撃に対して最弱だが、普段からそれを解ってるので少しでも魔法への耐性が強い防具を身に付けるようにしてる。魔法耐性の防具と魔法シールド『アイギス』のダブル効果で、何とか上級クラスの魔法でも耐えられるくらいにはなる。

 これだけ体勢を整えれば、後は敵陣に攻め入るのみだ。

 俺たちは物理と魔法の双方で、鏡像キラルの俺を一点攻撃。

 およそ1分で抹消デリートに成功した。

『俺』が消えれば、他の相手をしてる時間はもったいない。

 攻撃の手は必然的に緩むので、この隙に鏡の本体に向かって走る。

 剣を突き立てれば、意外と脆い。鏡面には簡単にヒビが入る。

 鏡の本体を割ろうとする俺を、鏡像キラルのタカシが止めに入ろうとする。

 しかし、その前に本物のタカシが立ち塞がった。

「カモン、ボクの幻影。キミの相手はこのボクがしよう。」

 しゃべってる暇があるなら、攻撃しないかタカシ。

 といっても、敵の俺への妨害を邪魔してくれたのは助かった。

「シオリ。タカシに守りの盾『スクトゥム』を掛けてあげてくれ。その他は、鏡にミラー攻撃魔法だ。危なくなったら、俺たちに構わず後方で身を守っててくれていい。カノンをくれぐれも頼む。」

 俺が言うと、シオリが少し不機嫌そうに返事をする。

「んなこたあ、分かってるわよ。今そうしようと思ってたところ。カノンのことはあたしに任せて、タイタニック号にでも乗船したつもりで安心して闘ってちょうだい。」

 なんだが、若干不安だ。

 敵は俺たちと同じ強さを持ってるはずだし、危険な状況に差し掛かれば一旦後退することも視野に入れとくべきだろうか。

「タカシ。後衛に敵の攻撃が及ぶことがあれば、俺よりもシオリたちを優先して守ってくれ。その時は俺が鏡像キラルのタカシの相手をして、食い止めておく。体勢を立て直してから攻撃を再開するのでも、このペースなら十分に間に合う。」

 タカシは自分とそっくりな敵を相手に、「ボクは、己れに打ち克つ。」などと台詞セリフを叫びながらも、敵のほうを向いたままの姿勢で。

「OK。ここはマヒロ君の判断が適切だ。焦らずにじっくりと敵の時間TPを奪っていこう。落ちついて優先順位を誤らなければ、それほど難しい相手ではないとボクは見た。」

 近頃、タカシの楽観的な推測を聞くと、少し不安を覚える。

 この男が難しい敵ではないと言うなら、たぶん難しい相手なんだろうと思えてくるから不思議だ。

「今の戦術を崩さなければ当分は大丈夫なはずだ。少なくとも、難しいテクニックを要求してくる相手じゃない。中級レベルでやれてた俺たちなら、十分に善戦できるだろう。」

 このパーティーで長いことプレイしてきて、集中力もそれなりに鍛えられたようだ。

 途中でうっかりミスなどすれば、パーティーの陣形を乱されて死の危険リスクにもつながる。ゆえにゲームのテクニックよりむしろ、極力ケアレスミスを無くすことが時間的な余裕を生んでくれる。

 もう2ヶ月近くバイトを攻略してるカノンも、高い集中力をもっていた。ゲームの経験は浅くとも、基本のテクニックについてはミスをせず安定したプレイをこなせた。

 戦闘バトル開始から13分近くが経過した頃には、鏡のミラー寿命を4分の3(90分)ミニットほど削れた。敵からの被ダメージを含め、四人のTP消費は平均20分。ミニット死亡までの残り時間は、俺7分、タカシ12分、シオリ12分、カノン17分となる。

 鏡のミラー寿命は、残り31分ほどだ。

 鏡像キラルたちにはあまり攻撃を加えず半ば放ったらかしにしてたが、戦闘バトルの途中で彼らにも寿命が設定されてることが分かった。

 それはTPではなく、魔法そのものが存続できる期限として別に設定されてるデータのようだ。


 俺はこれまで魔法を剣で斬ろうなんて思わなかったし、ゲームの説明書マニュアルにも載ってない事柄だったが、魔法にも寿命つまりMTP(マジック・タイム・ポイント)のようなものが設けれれてるなら、魔法がもつMTP以上の威力でそれを斬れば、剣で魔法を防げることになる。

 システム上は、物理攻撃で魔法を打ち消せるかもしれない。事実、今俺らがやってることは、敵の魔法を攻撃によって消滅させることなのだ。


 四方の鏡のフォーサイドミラー唱えた魔法である鏡像はミラーキラル、その寿命が6分。ミニット

 何も攻撃をせずとも、6分が経てば勝手に消滅してしまう。

 だが、魔法ゆえに消滅すれば生成もする。

 敵をキラル全滅するか、もしくは6分が経過すると、また新たに俺たちの鏡像が生み出される。

 これでは、キリがない。

 幻を追っても何も得られないため、本体である鏡面ミラーを破壊するしか攻略法はない。6分おきに生成される鏡像キラルは、まず俺の幻から倒し本体への突破口を切り開く。

 他は無視スルーして、鏡だけを攻めればいい。

 この鏡にミラー球核はとスフィア・コアうぜんあるのだが、これは急所に剣が届かないタイプの敵だ。そういう魔物はモンスター実際にいる。

 ファンタジーにはよく出てくるドラゴンのような生き物は、その巨大さと硬い皮膚やウロコがあるために、体内のコアを突くことさえムリだったりする。

 ハイランクの武器があればそれも可能かもしれないが、俺たちの所有物リストにそのようなものは現在のところ無かった。

 鏡のミラーコアは、壁のわりと深い部分に埋もってるようだった。固い石壁を破壊できるほどのパワーのある武器か魔法でもないと、敵の急所を突くことはかなり困難ハードな仕事と言える。

 この敵は、地道にTPを削って倒すしかない。

 だが、鏡のミラー残りTPが30分になった時点で、様子が急変した。



 鏡像キラルの俺が両腕で支えてた大剣をデータ化して消滅させると、今度は長剣デュランダルを出現させて片手で構えた。

 武器を、持ち替えた。

 そして鏡のミラーすぐ前方に陣取り、動きを止めた。

 剣を構えたまま、じっとしてる。攻撃してこない。

 「…………。」

 俺もしばらく沈黙して、相手の行動を窺う。

 何をする気なのか?

 しばらく意味が解らずにいると、タカシが何かを悟ったように表情を変えた。

「マヒロ君、見てくれ。敵はどうも、怖気づいて戦意をくしてしまったらしい。ボクたちへの攻撃の手を止め、じっと動かなくなってしまったからね。ボクらの余りの強さに、自信を失ったものと思われる。平静な風を装ってるが、きっと内心では我々の高い実力にビクビクしてるに違いない。」

 最近、俺はこの男の推測をまじめに聞くのは、あまりプラスにならないことに気付き始めた。

 俺たちが今のところ優勢なのは間違いではないが、大抵ゲームの敵というのは奥の手を隠し持ってたりするものだ。

 タカシの言説に、シオリは納得の行かない顔つきで。

「そうかしら。相手の意図はよく分からないけど、戦う気を失くしたんならわざわざ違う剣に持ち替える必要なんてないんじゃない? まあ、大剣を長剣に変えたからって、どうなるってもんでもないとは思うけど。」

 そう言いながら、電玉ミでんぎょくョルニルを相手に向ける。

「お腹でも痛いの? 寒いなら、温めてあげましょうか? ちょっとピリピリして、熱すぎるかもしれないけど!」

 敵が動かないからと言って、攻撃の手を緩める気は無いらしい。

 雷魔法を放ち、『俺』を殲滅せんめつせんとする。

 そこで、ようやく敵が動いた。

 鏡像キラルの俺は向かってくる電玉に対し、近距離まで引き付けたあと長剣で薙ぎ払った。

 一見AIがバグったかにも見えるその行動は、すぐに目的があってのものだと分かった。

 剣で、魔法を弾き返したのだ。

 電玉は、鏡の壁に激突して消え失せる。

 それから敵はキラル再び長剣を構えなおし、そのままの姿勢で動かなくなった。

 魔法は、剣で跳ね返せる。

 その事実を、鏡像キラルは今証明してみせた。

……そんな戦い方があるのか。

 俺は驚くとともに、新たな発見にこのゲームの深みを感じる。

 もっと極められる。

 異世界の冒険はまだ終わりさえ見えない。

 そしてこの敵に俺は勝てるのか?

 先ほどまでは勝てる相手だと踏んでいたが、今は直感が目の前にいるのは強敵だと教えてる。俺と同じデータを持つはずの者を、感覚が強いと認識する。

 どうする?

 これまで隙が多く見られたその敵は、今ではどこから攻め入ればよいのか分からなくなった。

 と考えてるうちに、合わせ鏡に映った数多あまたの俺たちの像が突如、こちらに向き直って鏡面から現れ出てきた。大勢の自分たちのクローンに囲まれるという、得体の知れないホラーな状況に陥った。

 向かい合わせの鏡には、終始無限とも言える幾多の俺たちの姿が写像されてたのだが、それが一斉に鏡の中からこちらの現界に踏み込んでくるとは、さすがに予想を超えていた。

 大鏡の間には東西南北に計四パーティー、16人の鏡像キラルがいる。それ以外の多数は、まだ鏡の面の向こう側で待機してる状態。

 だが、視覚的ビジュアルには群集に包囲された少数(たった四人)という構図になってる。

 魔物がモンスター何組も、後ろで待ち構えてるという状況。

 プレイヤーに恐怖感と絶望感を同時に与えてくれる。



「ちょっと、ヤバくない? みんなして集団で、あたしたちを取り囲んでるわ。なんだか、すごい注目度ね。あたしも、それだけ出世したってことなのかしら?」

 シオリがこの状況でも、強気を失わない発言をする。

「でも、悪い意味で注目されてるみたいですね。わたしたちとは違って、あまり親切そうには見えない人たちですもん。自分たちが負けそうだからって、大勢で少数を取り囲んだりしてセコイじゃないですか。」

 カノンも挑発的な言い回しで、ゲームの敵に批判をぶつける。

 うちのパーティーのこういうノリにも慣れてきたので、それは特に気にしないことにしよう。ただ、この状況は上級のセカイでは、むしろ日常の光景である。

 上界での闘いは、それ以下のセカイとは戦闘バトルのシステムからして異なる。


 鏡の迷宮のミラー・ラビリンスこのバトルは、実は上級での闘いの指南書的チュートリアルな位置づけにあるとも言える。

 その辺の事情は、タカシは詳しく知ってるようだった。

「シオリとカノン君。これが、ASRプレイヤーの間でも悪名高い上界での戦闘バトルシステム『連続エンカウント』さ。従来のゲームでは、一回の戦闘バトルで一組の魔物のモンスター群れと相対するのが普通だろ? でも、よく考えたら、バトルしてる最中にも敵と遭遇すエンカウントる可能性はあるよね? このゲームは、その『バトル中に敵と出遭わないのは、何かおかしい。』という素朴な疑問を、徹底的に追究した。その結果、バトル中に頻繁に敵と遭遇すエンカウントるという、前代未聞のありがたいシステムを確立したのさ。ようするに、一組の魔物の群れを倒しても、次々と別の群れが襲いかかって来ることになる。まるで雪崩れ込んでくるかのように魔物が襲ってくることから、このシステムの別称を『雪崩なだれ』、『土砂災害』、『大津波』などと呼んで、プレイヤーの間では恐れられ親しまれてるよ。ちなみに、プレイヤーが一度に一組の魔物を相手にすることは、通常のゲームと変わらない。その間、他のモンスターたちは戦いには加わらず、横で見てることになるんだ。ただ、その待機してる魔物にモンスターもとうぜん寿命がある。TPは遭遇しエンカウントた時間から減り始めるから、待ってる間の魔物はモンスターこちらが何もしなくても、どんどんTPを奪われていくんだ。普通のゲームで言うと、プレイヤーがある相手と戦闘バトルしてる時に他の魔物がモンスター勝手に現れて、横で見てる間なぜか体力が自動的に減ってく。……という現象が起こる。この一見マヌケな状況が、シムゲームにおいては悲惨な戦場へと変わる。」

 上界において、モンスターは戦闘中でも現れる。

 その敵は、遭遇しエンカウントた以上待機中でも、寿命が減ってく。

 上級の戦闘バトルシステムは、タカシが適切に説明してくれた。

 そして、その特殊なシステムゆえに、プレイヤーの死亡率は格段に上がる。

 モンスターの待機中でも時間ときが流れるということは、それを放っておけば死亡タイム(納期)までに敵を倒せなかったことになり、マイナス報酬ポイントが発生してしまう。

 モンスターを倒す時間の遅れは、次の戦闘バトルに響く。

 一回のバトルで遅れが生じるごとに、時間の負債は増していく。

 闘いの中で、刻一刻と死に近づいていくのだ。

 時間との闘い。

 それが、このゲームの本質である。

 鏡の迷宮の戦闘バトルは、それに比べたらまだ易しい。

 俺たちを取り囲む敵は、鏡がミラー現出させた魔法だ。

 魔物としての実体を持つのは四つの鏡のフォーサイドミラーみであり、鏡像キラルに死亡タイムは無い。

 この戦闘バトルの『雪崩』は、見せかけに過ぎないものだ。

 それでも心理的な威圧感はそれなりにある。


 やることは、今までと変わらないはずだ。

 鏡像キラルの俺を真っ先に倒し、鏡をミラー破壊しに行けばいいのだ。だが、その俺が長剣を構えたまま鏡の前から動かない。

 敵は魔法を跳ね返してしまうし、剣による攻撃への隙も無くなった。

……困った。

 AIが俺以上に戦い方が上手い。



 だが、戦法において上手なのは俺の鏡像キラルだけではなかった。

 タカシが投げ斧トマホークで俺の幻影を狙おうとしたものの、その一瞬の隙にタカシの鏡映が接近して両刃りょうば斧ラブリュスで一撃を加える。

 投げ斧を用いるタカシとは違い、この敵は手持ちの斧で接近戦を仕かけてきた。タカシは30秒のセコンドTPを失うと同時に、刃先に塗られた神経毒の効果でさらに30秒のマヒ状態に。フグ毒であるテトロドトキシンが強力に作用し、タカシは計1分のミニットTPを消費させられる。

「しまった。完全に不意を突かれたよ。こんな戦い方をしてくるとはね。『薬物』のスキルは魔法と同様、調合時間を消費する。戦闘バトルの回転率が重視されるこのゲームで、わざわざ長期戦になりやすい状態変化技なんて、深くは追究してなかった。成功しやすい技でもないし、汎用性が低いという理由で特に応用も対策もしてこなかった分野ジャンルだ。こんな風に形勢逆転の切り札として使われるとは、想定もしてなかったな。」



 敵のシオリもまた、戦い方を変えた。

 自身に掛けてたトゥルパの魔法をいったん解くと、霊体のみになった人工精霊を今度はこちら側のシオリに使用してきたのだ。

 トゥルパとは、霊体をモノに込める魔法。しかし、それを人間に用いるとどうなるのか?

 もともとが霊的な存在である人間に人工の霊を封入しようとすると、元からあったその人物の霊体と拮抗するのではないか……。

 結果としては、シオリが金縛りに近い状態となった。トゥルパに肉体を干渉されて、自分の身体を自由に動かせなくなったようなのだ。

「これは、大変なことになったわ。異世界に金縛りのような現象があるなんて、大ニュースじゃない。こんなオカルトは現実に無いものだと思ってたのに、常識を覆されたわね。どうしようかしら? 帰ってからさっそく日記ブログに書かないと、絶対に損な気がするんだけど。」

 この状況でも余裕たっぷりの発言をする、いつもと変わらないシオリ。

 だが、表情には鏡像の未知なる戦い方への、不安と焦りの色が浮かぶ。



 さらに、鏡側ミラーのカノンも、予想外の動きを始める。

 ガーネット・ロッドを振りかざすと、水と風の2つの属性魔法を同時に生み出した。

 アルバイターの職業に特有の『過重労働オーバーワーク』により、TPを消費して2回分の行動を行った結果だった。その上、自身に重ねてるトゥルパの作用で、これらの魔法はそれぞれ2コ分の威力を持つ。

 シオリとカノンの合わせ技により、実質4回行動を可能としてる。

 それから鏡カミラーノンは、風と水の魔法を重ね合わせて、水の竜巻を作り出した。

 通常は2人の魔法使いで協力して用いる『合体魔法』という合成技である。

 ゲームでよくある仲間で協力して使う連携技に該当するが、カノンはそれを一人で実現してみせた。

 合体魔法は単に威力が2倍になるだけのものではない。基本の魔法から新たな高位魔法を生み出すことになるので、威力のさらなる上昇や属性・追加効果の増加、敵の群れへの効果範囲の拡大などが加わる。

 実際的な効果は、普通に行動する場合の4倍以上にもなる。

 鏡カミラーノンは、瞬間的な強さを飛躍的に高める戦術を持っていた。

 水流の渦が俺たち全員を飲み込み、トゥルパの壁も通り越してTPを大幅に奪う。

 剣士で魔法耐性の無い俺には、3分(ミニット180秒)セコンドの被ダメージ。『アイギス』の効果で魔法ダメージが半減されてることを考えると、6分もの時間をごっそりと奪ってくほどの威力である。たった一回の行動で、死亡タイムである40分の15%を全員から奪ってくポテンシャルを持つ。

 これは、けっこうヤバイ。



 俺たちの戦術が、急速に崩されつつあった。

 四方には、この強さと戦術を持った敵がまだ、数多待ち構えてる。

 これらの群れはいくらでも鏡の中から現れ出てくる。

 ちょっと、絶望的な状況かもしれなかった。

 俺はどうすればこの現状を打開できるのかを、見つけ出さなければならない。

 パーティーがここで全滅すれば、四人分で4万円のマイナス報酬ポイントとなってしまうのだ。

 一ヶ月間ノーミスでプレイした場合の俺の月収に相当する額である。

 このゲームでの失敗は、現実リアルでのリスクに変わる。

 仲間を死なせるわけにはいかない。

 ゲームではもちろん、現実的な意味でも。

 時間はいくらも無い。

 死亡タイムまでの残りTPは、俺3分30秒、タカシ8分30秒、シオリ10分、カノン14分30秒。

 敵の残りTPはまだ30分ほどある。

 鏡のミラーTPの90分をミニット13分で削ってきたペースで行くと、残り30分を削りきるには4分20秒ほどかかる計算になる。

 俺の死亡までの残り時間がヤバイ。

 だが、考えて答えを見つけねばならない。

 頭を使うことを諦めてはダメだ。思考でしか、探し出せない解法があるはずだ。

 探しつづけろ。

 絶望の中でも、俺たちが生き残る解決への糸口を。

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