第10話 人工精霊トゥルパ
3分後。
ゴシック衣装を装備した俺たちを見て、タカシとシオリの表情が変わった。
「エリカ君……。か、可愛い! まさか、君がここまでこのハロウィン衣装を着こなしてくれるとは思わなかったな。小悪魔っぽい感じが、すごく似合ってるじゃないか!」
「あら、マヒロ君もけっこういい男に見違えたじゃない! ちょいワルな紳士って感じでドキドキしちゃう。こんな吸血鬼になら、血吸われてもいいかも。」
タカシがエリカのミニワンピース・ゴスロリ姿に目が釘付けになるのはいいとして、シオリまで俺のコスプレ姿に胸キュン状態なのはどういうフラグなのだろうか。
シオリはアメリカ育ちなのが関係してるのか、何を考えてるのか分かりやすい女だ。装飾的で漆黒なゴスロリ・ファッションとは正反対の、カジュアルかつ明るい色合いの服装のほうが似合うだろう。
エリカと違って、一つ一つの会話にどんな意味や意図が込められてるのか、解釈しなくても分かるのでコミュニケーションが面倒くさくない。
エリカが陰気な性格とすると、シオリは陽気な
社交的で明るくて前向き。孤独で暗くて前向きなエリカとは、似てる部分はあるものの対極的な人格をしている。
シオリフラグの可能性について一応頭の片隅に置きつつ、俺は隣りにいるエリカに声をかけた。
「よかったじゃないか。ゴスロリ、似合ってるってさ。お前の無機質な雰囲気が、衣装によって魅力的に引き立てられてるんだな。」
エリカは少し楽しそうな面持ちである。
「こういうファッションも悪くないわね。ミステリアスでかわいいから、流行るのも分かる気がする。でも、社会に対して後向きな思想を同時に発信する服装でもあるわ。私みたいな社会の模範となりうる前向きな女性が着ると、けっこう違和感を伴うかもね。」
いや、それどころかすごく似合ってると評価されているぞ。
だが、シオリによると俺の吸血鬼っぽい衣装もそれなりに似合ってるらしいので、俺もこの社会の規範とは真逆を行ってるエリカと同類であるのかもしれない。
この女ほど酷くはないにしてもだ。
ところで、これでダンジョンを攻略するための最低限の準備は整った。
あとは、敵地に乗り込んでいくだけだ。
ここでどれだけ稼げるかで、俺たちの今後が変わる。
リーダーのシオリやタカシとの連携も、大事になってくるはずだ。
シオリがチームのメンバーを見回しながら言った。
「じゃあ、エリカのゴスロリ・デビューも済んだところで、ダンジョン攻略と行きましょうか。今回の目標は、目の前に建ってる『ハロウィンゆうれい城』です。皆さん、準備はいいかしら?」
各々、問いかけに答える。
「大丈夫だ。」
「OK。」
「いいわよ。」
シオリは相槌を打つ。
「では、さっそく行きましょう。各自、死なないように注意しつつね。」
「あはは。」
エリカはシオリの言葉をギャグと受け取ったのか愉快そうに笑ったが、俺やタカシは稼いだポイントが一気に失われることを想像して、神妙な顔つきでいるだけだった。
俺たちはダンジョンに向かった。
目的の場所へは、すぐに到達した。
日本に住んでる限り、こうして間近で見上げることはないであろう西洋風の古城。
もちろん、古城の壁とかも直に触れたりできる。
この異世界には、現実と同じ物理の法則が流れてるのだ。
といっても、実際に世界を感じられるよう構成してるのは現実と同じ、我々の脳である。
普通のゲームで言えば、ゲーム機はそのままで遊ぶソフトだけを差し替えたようなもの。
脳、つまりゲーム機の仕組みは同じままだ。
さらに言うと、従来のゲーム機は人間にもともと脳という高性能ハードが備わってるにも関わらず、わざわざ低スペックの機械を介してるゆえに画質・音質のレベルは下がってしまう。
それはようするに、最新の高性能パソコンで昔のドット絵のゲームを遊ぶようなものかもしれない。
今は余計なキカイを介さずにダイレクトに五感の情報が伝わってくる。
古城がそこにあると、分かる。
シオリが城の扉に手をかけて、我々を振り返る。
「入るわよ。あたしたちの持ち時間は6時間20分。ダンジョンでは時間を有効に使わないとすぐに無くなっちゃうから気をつけて。」
中級のダンジョンでは、当然ポイントを失うリスクも増える。
モンスターは容赦なくプレイヤーの時間を奪ってくることになるので、その分ログイン・ボーナスも多く加算される。
ハロウィン城のような中難易度のマップであれば、200分(3時間20分)のボーナスが付いてプレイヤーの所有するTPは6時間20分となる。
だからと言って、6時間に渡ってゲームを遊べるわけではないのだが。
それだけ多くの時間を失うことになるはずだからだ。
扉がきしむ音を立てながら、開けられる。
ゆっくりと中へ入ると、後ろの扉が自動的に閉まる。
「ウソ! また、帰れなくなるパターンじゃない?」
エリカが緊張して上ずった声を上げる。
「大丈夫、そこはただの演出だから。扉を押せば、ちゃんと開いて外へ出られるわよ。」
シオリが落ちついた様子で説明する。
どうやら、建物の中に閉じ込められたわけではないらしい。
おそらく、先ほどの
そういうプレイヤーがいるとゲームのバランスが崩れるし、システム上の機能をうまく演出の中に溶け込ませているのだ。
中は広々とした装飾的な部屋になっている。
赤い絨毯が床や階段に敷きつめられ、壁には人物や風景の絵画が飾られている。
照明器具のようなものはなく、天井からカボチャが吊り下げられその中に青白い火が灯っていた。ハロウィンのお化けが照らす明かりが、部屋の中に計4つ。
そこはメルヘンっぽい印象であるが、他の部分の部屋の造りにおいてはいたって重厚かつ厳格な雰囲気をもつ。
エリカがカボチャの照明を見て、俺に抱きついてきた。
「ねえ、マヒロ。あれ、さっきのモンスターじゃないの? 襲いかかってくるかな?」
「分からん。ゲームには、ただの調度品がじつはモンスターでしたってパターンはあるからな。壺とか宝箱なんかはとくに。」
俺が一応警戒していると、前を歩くシオリがこちらを振り返って言った。
「あれも大丈夫よ。このダンジョンは何度か潜ってるけど、あの灯りが動き出して襲ってきたことは一度もないわ。」
「いかにもモンスターっぽい見た目だけどね。恐がらせたり期待させておいて、とくに何もない。それが、このゲームにはよくあるパターンだったりするんだ。」
シオリやタカシの経験談を聞いて、エリカは安心したようだ。
カボチャの灯りを指差して言う。
「そう。じゃあ、怖くないね。襲ってこないのなら、便利そうだから松明代わりに持っていったらどうかしら? マヒロ、あのハロウィンの照明切り落とせる?」
「やってみなけりゃ分からん。だが、その前に俺に抱きつくのを止めてもらっていいか? お前にくっ付かれてると、身動きがとれない。」
「わあ! ご、ごめん。」
エリカが慌てて俺からはなれたので、カボチャの一つを剣で切り取れるのか試してみることにする。四つあるうちの奥の右側が、2階へとつづく階段からちょうど手が届きそうな位置にぶら下がっている。
カボチャの灯りは天井から細いロープのようなもので吊るされてるだけなので、切りはなすことは物理的に問題なさそうだ。
ゲームのシステム上どうなのか? という疑問はかなりあるが。
俺が階段を少し上り、照明の前まで来るとエリカがその下に
あっさりとカボチャは断ち切られ、床に落っこちる前にエリカの手でキャッチされた。
その様子を見ていたタカシとシオリの二人は、呆れたようにため息を吐く。
「やれやれ。何とも探究心の旺盛なパーティーだね、彼らは。世界の科学的考察からゲームの改造まで、気になることは何でもやってしまう。ホント、運営に何か言われないかなこれ? まったく、彼らと一緒にいると退屈しそうにないよ。」
「あの二人、息が合ってるわねえ。イチャつき具合が見ていて不快なレベルだわ。あの仲良しコンビの仲を、どうにかして引き離せないものかしら……?」
エリカは手にしたカボチャの照明を初期装備の銀の指揮棒に吊るして、闇の中にかざしてみた。
「うん。ちょっとサイズが大きめだけど、薄暗いこの屋敷の中を照らすのには便利そうだね。とりあえず、これを灯りにしてダンジョンを探索していきましょう。」
「ふーん。日本のお祭りで見られる提灯みたいねえ。」
シオリが即席の明かりをもの珍しそうに眺める。
「西洋と和の文化が融合してて面白いけど、持ち歩くのが大変そうね。もっと便利にできるわよ。」
そう言ってスマホから
振り子がゆれて時を刻む中、しばらくするとカボチャのオブジェがまるで意思をもったように動き出した。
人形が生命を吹き込まれたように振るまうことが、オカルト現象の他にあるのだろうか?
「わあ! 何これ、かわいい。飼いたい。」
エリカが目の前の魔術にのん気な感想を漏らしてるが、これはちょっと珍しい種類の魔法だ。
幻身トゥルパ。
一般の魔法使いや僧侶、神官、占い師、錬金術師の類では覚えられない技である。もちろん、このゲームでは金さえ出せば大体の魔法は習得できるのだが、これは普通の魔法学校では教えてくれない。
そう言えば、シオリも先ほど『金で買えない、知識をもつ者のみが使える特殊な魔法もある。』と語っていた。
だが、トゥルパに関しては学校では教えてもらえないが、特定の職業であれば図書館で本を見つければ覚えられる。
たしか
レベルの概念がないシムゲームでは、魔力はほぼ職業と装備に依存して決まる。魔法職用の
そして、シオリが使用してる武器がペンデュラムであることから、たぶん職業は
「シオリの職業って、スピリチュアリストか何か?」
俺が訊ねると、シオリはためらいなく答える。
「そう。あたしは霊魂を扱う
あたしが使用した魔術は、幻身トゥルパ。
人工精霊とも言われるけど、早い話が『人工知能(AI)』を霊界で造っちゃったって感じ。物質界においてただのモノである人形に、霊界からスピリチュアルAIを作用させて一時的に生命を与える技法なのよね。
そのカボチャも、後はプログラムで勝手に動くから釣り竿みたいにぶら下げてもたなくても、ダンジョンの闇を自動で照らしてくれるでしょう。技術とは、人間の想像を超えて便利になってくものね。」
カボチャはひとりでに宙に浮き、俺たちが移動してもエリカの後ろをくっ付いてくる。
現実に精霊が生きて現れたかのようだが、実際はプログラムで動いている。
「エリカに懐いたみたいね、そのカボチャ。よかったじゃない、かわいいお友だちができて。」
シオリの言うように、カボチャのランタンはエリカを自分の主人と思ってるように振るまう。
本来、魔法の使用者であるシオリが
「不思議なものだねえ。プログラムにしてはよく出来てるよ。人工知能もここまで来ると、本当の生命と見分けが付かなくなってしまいそうだ。」
タカシも驚くくらいなので、技術的に見ても高度なAIであるのだろう。
AIロボットであるカボチャのお化けは、動物のように本能に従い自らの生命を守る行動はするが、人間のように理性による判断や選択は行わない。このランタンにそれができてしまった場合、その現象はすでに科学を超えている。
小説の中でしか起こりえないことをしたことになる。
「ねえ、このカボチャくんに名前を付けてあげようよ。カボチャのランタンだから……、〝カボタン〟ってのはどうかしら? もう少し複雑に混ぜると〝ラボチャン〟になるけど、こっちは微妙だよね? みんなはどっちがいいと思う?」
ランタンがエリカを主人と見なしたのは一見自らの意思で高次な選択をしたようにも思われるが、これは刷り込み(インプリンティング)の原理でも説明できる。ヒヨコなどが生まれた直後、目の前にある動いて声をだすものを親だと思い込み後ろを追いかけていく現象で、刷り込ませるものの対象は人間やおもちゃでもよい。
エリカはカボチャのランタンを手にもっていたため、術をかけたのがシオリでもカボチャが最初に見たのがエリカだったので、彼女を
自然界において生物が進化させたシステムであり、生まれたばかりのヒナでも自分の親を選別したかに見える。しかし、それは意識によるものではなく本能の働きである。
「ねえ。マヒロはどっちがいいの、カボタンとラボチャン? みんなカボタンの方がいいって言ってるんだけど……?」
あたかも生命をもち自らの好みで物事を選んだように見えても、これの実体はプログラムである。ただの人工知能である以上、心は持たない。心をもってるかのように見せかけることができるだけだ。
新しい時代が到来したとはいえ、人間はまだ生命を生み出す魔法までは手に入れてない。それは宇宙を司ってる神に等しい存在の力だ。今この世に生命を創造する魔法はない。
ゆえに、カボタンは特別な好意の感情をエリカに抱いてない。そもそも、心がないのだから。
「カボタンは賢いねえ。ちゃんと私が親だって知ってるんだから。シオリよりも私のほうが愛情をもってるって、何となく感覚で分かるのかもねー。」
エリカがそう思っても、実際は違うのだろう。
たまたま彼女がカボタンの目の前にいたから、親だと思われたにすぎない。
ヒナが生まれる時すぐ近くにいる可能性が最も高いのは愛情をもつ親なので、エリカの言ってることもあながち間違ってはいないのだろうが……。
「エリカ。あなたに愛情があったなんて意外だったわ。そういう人間らしい心をもたない女だと思ってたのに。あなたのような人にも母性はちゃんと備わってるものなのね……。」
「まあまあ、シオリ。君の魔法でエリカ君が喜んでくれたみたいで良かったじゃないか。さすが、シオリは友達思いの大人な
シオリの皮肉に対し、タカシが焦った様子で場を和ませようとする。
二人とも顕現したトゥルパについては何となくそういうモノとして受け入れてるようで、その正体についてはとくに深く考えることをしない。
エリカに至っては、まるでかわいいペットを飼い始めた子どものように無邪気に喜んでいる。
「…………。」
こういう新しい仲間が加入するイベントではもっと楽しい気分になるはずなんだろうが、俺はそれほど盛り上がる気になれなかった。
かといって、他のメンバーがちょっと嬉しそうにしてるところに、そのカボタンが心のないプログラム生物であってあたかも心があるかのように見せかけてるだけだと、真実を言ったところで誰かが幸せになるわけでもないので、わざわざ語ることもしないのだが。
カボタンを囲んで愉快そうに談笑する俺以外の他のメンバーたち。
彼らならカボタンの実体について、その本当のところを分かってるようにも思えるのだが、あえてそこは深く考えずに擬似的な友だちとして一時的に心を通わせてるだけなのだろうか。
だとしたら、みんな頭良いよな。
心のない者と、心を通わせた気分に浸って楽しくなれる。
事実を言うよりも、そのほうが場の雰囲気も良くなってずっと賢い。
シオリもタカシもカボタンが人工知能であることは知っていた。
ならそれを知った上で、モノに心が宿ってるという仮定の下に自分を偽っていられることになる。
すごく、器用だと思う。
というか、そう感じる俺みたいな人種が世間ではコミュ障と呼ばれてるのかもしれんが……。
かといって、楽しくもないのに笑うことは何となく自分を騙してるようでできなかった。
カボタンを囲んで笑い合ってる三人を見て俺は少し孤独な気分に浸る。
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