第9話 リーダーとカリスマ

 こうして、我がパーティーは『ハロウィンゆうれい城』を協同で攻略することになった。

 チーム名称については、タカシは気に入ったようでうかれた様子でいるが、女子たちはまるで関心がなさそうだった。

 しかし、ドイツ語読みの〝ヴァイスなんちゃら〟という呼び方は分かりにくくて覚えずらいと女子たちが散々口を出してきて、結局は最初の案である『白バラ十字団』に落ち着いた。

 男子らで勝手にやっていいと言ってたのに、気に入らないからと口を挟んでくる彼女らには納得のいかないところもあったが、チームの統制のために今は反乱分子の意見も聞き入れておくことにする。

 目の前にそびえ立つブキミな城を仰いで、まずはシオリが口を開いた。

「それじゃ、これからあたしたち白バラ十字団……?はダンジョンの攻略に挑むわけだけど、それに当たってまずリーダーのあたしが各メンバーの役割を決めておくことにします。」

「ちょっと待ってよ。」

 すかさずエリカが口を挟んだ。

「なんでシオリが白バラ十字団のリーダーなの? そんなこと、いつ誰が決めたの?」

「別にいいじゃない。エリカはゲームの知識に乏しいし、適任はあたししかいないんじゃないかしら?」

 シオリが当然という風に答える。

「シオリだって、ゲームに詳しいわけじゃないじゃん。タカシ君に教えてもらってるわけだし?」

 エリカがためらいなく言い返す。

「まあまあ、2人とも。リーダーに関しては他に立候補する者がいないか聞いてみることにしよう。この四人の中で、シオリ以外にもリーダーをやる意思のある者もしくは推薦したい人物がいれば、ここで申し出てくれ。いなければ、とりあえず暫定のリーダーをシオリにしておこうと思うけど。」

 タカシが女子2人の間に割って入り、リーダーを誰にするかの提案を行った。

 エリカはあからさまに嫌そうな顔をしてる。

「シオリがリーダーって、大丈夫なの? もっとゲームに詳しくて、落ち着いた大人な人がなるべきだと思いまーす。」

「もっともな意見だね。それで、エリカ君が推薦したい人物は誰かいるかな? あ、ちなみにボクは遠慮しておくよ。チームのまとめ役というある程度のカリスマ性と実行力を要求される立場は、ボクみたいなメガネキャラには少々荷が重いものだからね。」

 エリカに問いかけつつ、タカシは自分がリーダーになる意思がないことを明らかにした。

「もー。こういう時、メガネキャラで逃げるのはずるい。」

 エリカは不満そうにほっぺを膨らませる。

「ちなみに、俺も先に辞退しとく。この中じゃゲームに詳しいほうだろうけど、責任のある役職はゲームの腕だけで務まるもんじゃない。悪いが、他を当たってくれ。」

 タカシの逃げ足に乗じて、俺も早めにリーダーへの立候補を遠慮すると。

「ふん。コミュ障を直すいい機会チャンスだから、やってみたらいいのに。」

 エリカが軽く嫌味をぶつけてきた。

 俺がコミュ障なのは確かであるが、そんなにはっきりと言わないでくれ。繊細な病気だから、もっと大切に扱ってほしいものだ。

 そして、エリカはそんなにシオリに仕切られるのが気に入らないのだろうか。

「もう、わかった。私がリーダーに立候補するよ。シオリにあれこれ指揮されるよりは、マシだもの。」

「……エリカ君。シオリにはボクからも団長としての責任ある立場をわきまえ、コンプライアンス(法令遵守)を意識して権限を振りかざすことのないよう、よく言っておくよ。だから、無理にリーダーを引き受けることはないと、シオリの友人として約束するよ。」

 四人のメンバーの中でおそらくゲーム知識が最も乏しいであろうエリカがリーダーに立候補しようとしたので、タカシがあわてて彼女を引き止める。

 さすがに、装備や魔法のことも知らないゲーム初心者に指揮を任せるのは、チームのパフォーマンスにも少なからぬ影響がでるとの判断からだろう。

 俺もエリカに関しては、人の上に立って導けるような常識人というよりは、俺と同じ部類のコミュ障だと感じている。彼女は自分で思ってる以上に、徹底して非常識な考え方をする。

 常識の外側で考えてるので、特殊な人間以外は彼女と深く関わろうとしない。

 組織や集団の中ではうまく立ち回れない人種だ。

「わかった。俺が、副リーダーに立候補する。うちのパートナーの精神的な面倒を見るのも、俺の利益につながることだ。俺はエリカがいないと、このゲームでまともにプレイすることもままならないからな。俺が副リーダーになれば、最悪シオリとエリカが口きかない状態になっても、間に入ってチームとしての行動を伝えることもできる。また、リーダーの決定が明らかに倫理に反するようなものであれば、俺が副リーダーとしてシオリの暴走を止めるように努める。」

 柄ではないが、俺は自ら責任ある立場への立候補を表明した。

 女子のケンカを未然に防ぎ、パーティーの戦力を半減させないための策だ。

「うん、いい考えだ。マヒロ君なら、女子のいがみ合い……いや、意見の対立をうまく仲裁して何とかしてくれそうだ。ボクからはとくに異論はない。」

 タカシが救いの神を得たかのように、安堵の表情で俺の提案をもち上げる。

 若干、顔に汗をかいているようだ。

 そもそも、この二人を結託させて合同チームを作らせようとしたのはこの男なのだが。

「二人とも、あたしをどんなリーダーだと思ってるのよ。まあ、マヒロ君が副リーダーをやるのはいい考えなんじゃない? 状況を冷静に見て、判断できそうな感じがするもの。」

 シオリもべつに反対する気はないらしい。

「マヒロは案外いつでも落ち着いてるからね。変則的イレギュラーな状況でも動じないし、安心できそう。ムダに人に嫌味を言わないし、チームの雰囲気も悪くならなくていいんじゃないかし

ら?」

 やんわりとシオリをディスりながら、エリカも俺の立候補を肯定した。

「じゃあ、シオリが我が団のリーダー、俺が副リーダーってことでいいな。さっそくだが、ダンジョンを攻略する前に俺から一つ提案がある。まず俺とエリカの装備と魔法についてて、もうちょっとマシなものを整えたい。何しろ俺たちはここに、危なそうだったらすぐに逃げる、というつもりでやって来たパーティーだからな。それなりの出費にはなるが、もう少しグレードが上のアイテムを揃えておきたいと思う。」

 俺らがこの場に勢いだけで乗り込んできたことと、その問題点を告げると。

 タカシが何かを思いついたように口を開いた。

「何だ、そんなことか。装備のことなら、今ちょうどいいモノがあるよ。シオリ、彼らにアレを貸してあげてもいいかな?」

 すると、シオリが何かを思い出した様子で答える。

「ああ、あのコスプレ衣装のこと? 要らないからあげちゃっていいわよ。どうせ、あたしたちは着ることのない代物だもの。」

「だそうだ。君たちに素敵な衣装をプレゼントするよ。二人のシムゲームIDを教えてもらえれば、ケータイに装備品を転送するからぜひ身に付けてみてくれ。」

 タカシの言うように、俺たちはゲーム登録時に発行されたID番号ナンバーを交換し友だち登録をした上で、装備アイテムのデータをケータイのほうに送ってもらった。

 ゲームアプリのマイページを開き、アイテムを選択して現実の異セカイへ現出さポップアップせる操作を行う。

 ぽふっと効果音を響かせながら現れた衣装を見ると、エリカが恥じらいで顔を赤く染めた。

「な、何これ! こんな服を着て公共の場に出てけっていうの? 真っ黒だし、無駄にフリフリのワンピースだし、大きなリボンとか付いてますけど? なんでこんな動きにくそうな機能性が低すぎる服を、旅にでる冒険者が着るのよ。」

「俺のも、大げさな黒マントにタキシードというやりすぎな感じが否めない衣装だ。これ、マジで着なきゃならないのか?」

 俺たちが絶句して固まってるのをよそに、タカシは装備品についての解説を始める。

「ハロウィン・パーティー用の衣装セットさ。ゲームにはよくある、キャラメイク用の衣服の一つだよ。着せ替えを楽しむための服飾アイテムとはいえ、守備力はちゃんとあるんだ。ボクらがこのハロウィン城を攻略し始めた時、シナリオに関連する装備を見に付けたほうがダンジョンを有利に進めたり戦闘バトルにおいて何らかの良い効果が期待できるんじゃないかと予想して買ってはみたものの、そういうお役立ち要素はまったくなかった。このゲームは、従来のゲームにあるようなお約束みたいなのはあまり通用しない。ハロウィンだからって仮装していっても、お得なオマケもお菓子をくれたりもしなかった。その吸血鬼をイメージして作られた衣装は、着せ替え用アイテムなので透明化はできない。実際にプレイヤーが着ることでしか、装備の効果なども得られないよ。」

 そこに、シオリも説明を付け加える。

「こんなコスプレ用の服でも、防御面での性能はそれなりに高いから安心して。なんでこんなパーティー衣装でモンスターの攻撃から身を守れるのか、って疑問はでてくると思うけど、シムゲームでの戦闘バトルは時間の奪い合いを概念化コンセプトしたものと考えられるから、物質面で強固そうな道具ツール見た目イメージのとおりに強いとは限らないのよね。」

 俺は二人に抗議の声を上げる。

「いや、こんなファンタジーみたいな格好でずっといなきゃならないってのが、けっこう心理的な抵抗があるんだが……。」

 エリカも困り顔で喚くように言う。

「そうだよ。私なんてフリフリのリボンだよ? こんなRPGのキャラみたいな格好でそこらへんを歩けってゆうの? これを着て駅前とかにいたら、絶対に好奇の目を向けられまくると思うけど……?」

 タカシが他人事のように言う。

「最近、流行りのゴスロリ・ファッションってやつだよ。自分が好きなこと・思ってること・社会に訴えたいことを服装を通じて表現できる、何気に思想的な文化なんだ。エリカ君も、すごく個性的な自分というものを持ってるみたいだし、ゴスロリで自己表現をしてみるのも悪くないんじゃないかなあ?」

 シオリも楽しそうな表情で言う。

「いいじゃない。ここはゲームの世界なんだから、ゲームみたいな格好をすれば。ゴスロリって、エリカみたいな無表情で何を考えてるのか分からない女のほうが意外と似合うよ? 向いてると思うから、嫌がらずに挑戦してみたらいいわ。」

 二人とも自分が着るわけではないので、積極的にこの黒一色の衣装を勧めてくる。

 しかし、俺たちの今の資金ではこの装備アイテムを用いるのが、最もコスパがよいのも事実……。

 俺はエリカに訊ねる。

「やっぱり、今ダンジョンに進むか? もう少し時間をかければ、もっと普通の格好でゲームができると思うが……。」

 エリカは意外にも、落ちついた様子で答える。

「そもそもこの服装、絶対に動きづらいよね。ダンジョンの攻略に集中できないと、効率が下がりそう……。死亡するリスクも上がるだろうし。」

 先ほどまでは今行かなきゃダメなのだと意気込んでいたエリカだが、冷静に考えて急いで攻略を進めるのはリスクが高いと判断したように見える。

 ここは、一旦引き返すのも悪い選択じゃない。

 ムリして突き進んで失敗しても、結局は俺たちが損をすることになるのだ。

 しかし、エリカはスマホを操作して、何やら持ちもののデータを探しはじめた。

「ハサミ、ハサミ……っと。」

 エリカはあろうことか、手にもったゴスロリ衣装のスカートや袖をハサミで切りだした。

 足首の辺りまであった長いスカートの丈を、バッサリ切り落としてミニスカートに変えてしまった。

「Oh, my God! エリカ……、ゲームの装備アイテムを切っちゃって。そんなに、その服が嫌だったの?」

 シオリが呆気に取られたように訊くと、エリカは事もなげに答える。

「デザインは嫌だけど、守備力が高いんでしょ? 見た目がアレでも性能が良いなら、身に付けとく価値があるよ。でも、こんなフリフリのドレスじゃスカートが邪魔すぎ。無駄なところはカットすれば、使い勝手も良くなるでしょう?」

 タカシも意表を突かれた反応をする。

「し、しかし。ゲーム中の服飾アイテムをハサミで切って改造してしまうなんて。こんなことをして、システム的な不具合とかバグは生じないんだろうか? ゲームの運営側から、何か言われたりしなければいいけど……。」

 エリカはあっけらかんと言う。

「大丈夫だよ。このゲームって、ゲームだけど現実みたいなものなんでしょ? 現実でも、ズボンの裾上げとかするじゃん。なら、ゲームでだって出来たっていいはずだし。それに、このくらいのほうがデザイン的にも重苦しくなくて丁度いいわ。」

「…………。」

 さすがのタカシも黙ってしまった。

 こういうことを平気でするから、エリカは変人扱いされることが多いのだろう。

 しかし、実際これでゴスロリ服の機能性が改善された上に、デザインもそこそこマシになったと言える。

 突拍子もない行動ではあるが、合理的だ。

「エリカ、俺にもハサミを貸してくれ。」

「…………?」

 俺はエリカからハサミを受け取ると、着せ替えアイテムのやたら丈の長いマントを丁度よいところでバッサリ切った。

 足首くらいまであったマントの裾がひざ上の辺りに整えられ、暑苦しい雰囲気がだいぶ軽やかになった。

「こうした方が、風通しがよくなっていいな。無駄に長ったらしいマントじゃ裾をふんで転びそうだし、そもそも古めかしくてイケてない。短くしたら、重さも減って身体への負担も少なくてすむ。」

「マヒロ君。君までエリカ君みたいなことを……。君たちは効率や合理性のためなら、既存の常識やルールなんて軽く超えていってしまうんだね……?」

 タカシがエリカだけでなく俺にまで、まるで異世界の住人を見るような目を向ける。

 まあ、気持ちは分かる。

 だが、これがただのイカれた行動なのかは、衣装を着て使ってみれば分かることだろう。

「さっそく、着替えよう。」

 俺が言うと、エリカも力づよく頷いた。

 改造ファッションに身をつつんだ、冒険が始まる。

 シオリが俺らを見ながら、呟く。

「不思議な人たち……。」

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