第8話 シオリとタカシ

 火属性の魔法、火柱ウゥルカヌス……。

 ハロウィンのお化けたちが燃え上がる火の中でおどる最中、さらに真横から水平に投げ斧が飛んできた。

 宙をまう斧が魔物の群れを上下真っ二つに切断する。

 それらは断末魔のうめき声を上げながら、あっけなくデータの断片に四散していった。

 後に残されたのは、ハロウィン城を背景にしたさら地のみである。

 モンスターは、跡形もなく蒸発した……。

 どうやら、俺たちは助かったようだ。

 しかし、なぜ?

 一体何者が、敵の群れを蹴散らしてしまったというのか。

 その者たちは、すぐに俺たちの前に姿を現した。

「やあ。危ないところだったね。大丈夫だったかい?」

「やっほー、エリカ。元気してた?」

 一組の男女の声が、こちらに向かって投げかけられた。

 うち、女子のほうはエリカのことを知ってるような口調ではあるが……。

「シオリ。あなた、日本に来てたの?」

「そうなの。久しぶりねえ。やっぱ、日本のお漬物は最高の文化だわ。それに、なんか日本のゲームとかアニメって面白そうなのがいっぱいあるじゃない? 興味があって、アメリカから帰ってきたのよ。」

 シオリと呼ばれた人物が、エリカの問いかけに答える。

「へえー。シムゲームのアプリだったら世界中で無料配布されてるんだから、わざわざ日本にいなくたって遊べるんじゃないの?」

 エリカがシオリに疑問をぶつけると、今度はその隣りにいる眼鏡をかけた男子が口を開く。

「このシムゲームは国際連合による主導とはいえ、実質的なゲーム製作は日本の企業だからね。開発に当たって、当然日本のゲーム作りの知識や経験が多く生かされてるんだ。ゆえに、彼女はこのゲームを日本に来て遊びたかったらしいんだよ。」

 シオリが、それに付け加えて言う。

「……この現実の世界を支配してる法則がゲームと同一であることを発見し、シムゲームの基礎理論を構築した科学者も日本人なのよね。私はどうしても、日本でこのゲームをプレイしたかったのよ!」

 シムゲームというのは、アメリカが中心となって世界中に展開してる娯楽ではあエンターテイメントるが、開発してるのは主に日本人だ。

 大国に命令されて言いなりになる日本を弱い小国として揶揄する向きも国際的にはあるが、ゲームの運営が開始されてからはその完成度の高さに世界がおどろき賞賛を送ってるのもまた事実だ。

 世界を統べる法則を見出した日本人科学者というのは、科学雑誌『Nature』に投稿された本人の名前を記すなら、『まじかる☆ミーちゃん』という人物なのだが、世界的に権威ある雑誌にニックネームで論文を寄稿するのはどうなのかと、いろいろと物議をかもした歴史がある。

 本名は公開されてるのでその人が女性であることは知られてるが、メディアへの出演などは一切を拒否してるため顔を含めた詳しい経歴はよく分かっていない。

 噂によると、女好きの変人らしい。

 ノーベル賞候補の古生物学者であり、シムゲームの根本を作った生みの親ともいえる日本人……。

 ゲームが好きな者は一度は会ってみたいと思うだろうし、シオリが日本に来たというのも動機としては理解できる。

 俺はエリカに訊ねる。

「知り合いなのか、ここにいる二人?」

 エリカは男女のペアに目を向けつつ答える。

「ああ、こっちのシオリって娘は私が以前アメリカにホームステイしてた時にお世話になった家の子で、親の仕事の都合で幼少のころから海外で暮らしてたらしいんだけど……。2週間だけだったけど、まあ友だちと言えば友だちなのかしら。ところで、そちらの殿方は私は初対面なのだけど……、ひょっとしてあなたの彼氏?」ボーイフレンド

 唐突に、話がシオリに振られる。

「え? いや、タカシはべつにそういんじゃなくてただの幼馴染みってやつよ。家が近所で、小学校の途中くらいまではよく一緒に遊んでた仲でね。日本のゲームやアニメに詳しいから、このシムゲームのこともいろいろ教えてもらってるってわけ。まあ、彼も眼鏡を外すとけっこうイケメンなんだけどね……。」

 シオリが若干あわてながらコメントする。

「メガネを外すと、とは酷いなあ。まあ、ボクみたいなメガネキャラは日頃からその手の罵倒には慣れているので、今さら傷付きはしないけども。」

 シオリにタカシと呼ばれたメガネ男子が、文句クレームを付ける。

「ただの幼馴染みなんだ。それにしても危ないところを助けてくれてありがとう、タカシ君。」

 エリカがにっこりと笑って、タカシにお礼を言う。

「ちょっとお。あたしにはお礼とかないわけ、エリカさん? あの娘友だちだから助けよう、って提案したのはあたしなのにぃ?」

「はいはい、ありがとシオリ。ちょっとヤバイ状況だったから、助かったわ。」

 エリカはシオリに対しては気持ちぞんざいに言う。

 そして、今度はシオリがエリカに向かって質問をし返す。

「ところで、エリカ。そちらの紳士はどジェントルマンちらで? あなたに異性のお友だちがいたなんて、初耳なんだけど?」

「は? いや、マヒロはそういうアレじゃなくて。単にいっしょにゲームしてるだけのビジネス・パートナーでしかないけどさ。こいつもゲームとか詳しいから、私が分からないことをすぐ聞けたりして都合がいいのよ……。」

「ふう~ん。あなたって知らないことや分からないことは人に聞かず、自分でネットとかで調べるタイプの人だったと思うけど……。まあ、いいか。マヒロくん、エリカって基本人見知りだから他人に心を開くのってけっこう珍しいことなのよ。根はまじめでいい娘だから、これからも友だちとして仲よくしてあげてね。」

 エリカの友だちから友だち付き合いを頼まれたようで、俺は何と答えたものだろうか。

 本人の意向もあるとは思うが、たぶんシオリはエリカが自分からは他人に心を開かないから、俺のほうから気遣ってやってくれみたいなことを言ってるんだろう……。

 俺も自分から人に話しかけたりするのは苦手なタイプなんだが。

「シオリさんとタカシくんだっけ……。助けてくれてありがとう。二人はこのゲームを始めて、もう長いのか?」

 一応彼らには助けてもらったことのお礼を言いつつ、俺は二人のゲーム歴についてわりと当たり障りのない会話を振ってみることにした。

「あたしたちはもう、4ヶ月くらいにはなるわね。このゲームのプレイヤーの中では新参者って扱いにはなると思うけど……。」

「そうだね。このゲームが運営を始めてからすでに8ヶ月は経つから、ボクたちはどっちかと言うと後発組に属するパーティーになるよね。最近、中級のダンジョンを攻略するようになったけど、難易度が格段に上がってて苦戦を強いられてるところだよ。」

 シオリとタカシがそれぞれ答えてくれた。

「やっぱ、それくらいは時間をかけて準備するべきだったのかなあ? 私たちなんて、まだチームを組んで2週間ちょっとだもんねえ……。いきなり来て、財布がすっからかんになるところだったもん。」

 エリカが深くため息を吐く。

 主にお前の提案のおかげで、破産する寸前だったものな。

 まあ、これは安易に『ヤバそうだったら、すぐ逃げる。』作戦に乗った俺も悪かったが……。

「へえ、君たちたったの2週間でもう中級のダンジョンにまで……? すごいスピードだよねえ。」

 タカシが驚いたようすで言う。

「いや、2週間ってのは俺たちがパーティーを組んでからのことだ。ソロでやってた期間も含めると、二人とも大体2ヶ月のゲーム歴になるな。」

「2ヶ月。それでもかなり早い方じゃないか。よくそんな短期間でここまで……。」

 タカシがすっかり感心した表情になる。

「そんな大したモンでもないんだ。ここにいるエリカが、今日行かないでいつ行くんだと急かすもんだから、何も準備とか計画もせずに勢いで乗り込んできただけでな。挙句に、ワープポイントが塞がれた状態で逃げることもできずに、持ち金をむしり取られるところだったわけさ。」

「ふ~む。確かに、君たちの身に付けてる装備を見たところ、中級のフィールドに挑むには少しもの足りないって感じがするね。それにダンジョンに通じるワープポイントは魔物とモンスターの戦闘中は塞がれてしまうから、奇襲されたのでもなければ敵とはむしろ闘ったほうが安全かもしれない。逃げることに失敗すると、その間に攻撃されてすぐに時間と金を枯渇させられてしまうことになる。」

 ダンジョンに関して、俺の知識が不足していた。

 タカシの言う通り、ダンジョン・マップと現実をつなぐワープポイントがいつでも通れるのなら、その付近で戦闘バトルをつづけて危なくなったらすぐに逃げるという反則チートみたいな技をいくらでも使えてしまう。

 そして、資金を十分に貯めないまま不十分な装備でダンジョンに突入してしまい、結果モンスターに奇襲されて逃げられない状況を生んでしまった。

 勢いにまかせて進むにしても、危険リスクのある場所へ向かう以上、最低限の下調べは怠るべきではなかった。


 ちなみに、俺たちの装備は武器しか目に見えてない。現実のセカイを舞台にすることもあるシムゲームでは、ファンタジーっぽい服を着て街中をうろうろするのは仮装集団と見分けがつかなくなるので推奨されてない。

 武器以外の身に付けるものは装備してる設定だけを反映して、見た目には影響しないようにすることができる。従来のゲームのキャラが新しい武器や防具を身につけても、画面の上では見た目が変わらないのと同じ仕様にできる。

 着せ替え用の服飾アイテム以外のものは、全て透明化して私服のままゲームをプレイすることが可能なのだ。


「ところでタカシ君、装備って何? ゲームと関係があるものなの?」

 エリカが質問をする。

「ずいぶんと基本的なことに関する質問だねえ。装備とはプレイヤーが身に付けることができる武器とか防具のことで……、あ。ちょっと待ってくれたまえ。」

 タカシは何やら腕に巻きついてる細いロープのようなものをたぐり寄せ始める。

 ロープの先には、先ほど投てきした投げ斧が結び付けられている。

 それを地を引き摺らせながら引き寄せ、手に持つとタカシは言った。

「例えば、これはボクが使用してる武器。これを装備することによって、一般のゲームで言う攻撃力を高めることができる。このゲームの設定で言い換えれば、モンスターから搾取できる時間が増大する。」

「ふうーん。」

 タカシが持ってる武器、投げ斧フランキスカ。

 投げるために使用される斧で、このゲームでは一列に並んだ敵をまとめて攻撃することができる。

 投げた後はどうやら紐でたぐり寄せなければ回収できないらしいが、さっきの戦闘のように複数の敵に奇襲された場合には非常に便利な武器と言える。

 というか、エリカは装備のことも知らずにゲームをしていたのか……。

「武器は敵から時間を奪うための力を上げる。防具は敵から時間を奪われるのを防いでくれる。従来のゲームとは違い、このゲームにプレイヤーのレベルの概念は存在しないから、時間に対する強者となるためには装備だけが重要なファクターとなってくるよ。

 そして、装備はポイント……、つまり金でのみ買える。シムゲームでは、モンスターが強力な装備アイテムを落っことしてくれたりすることは、基本ないんだ。また、ダンジョンの中にある宝箱に入ってたりすることも、通常はない。

 このゲームにおいてプレイヤーの強さとは=金イコールだ。金でアイテムを買うことでプレイヤーは強くなり、時間を支配する者になれる。それが、このゲームの根底にある思想なんだ。

 モンスターが低確率で落とすレアなアイテムを求めて、何十時間・何百時間と同じ作業をつづけることでは、プレイヤーは強くならない。プレイヤーを強くしてくれるのはただ一つ、金という価値のみさ。」

「分かりやすい説明をありがとう。このゲームのことが何となく理解できたわ。質問なんだけど、魔法はどうやって覚えたらいいの? レベルの考え方がないとすると、魔法を覚える機会もなさそうに思えてしまうけれど?」

 エリカがさらに問いを投げかける。

 説明書を熟読してからゲームをする派だとか自分で言ってた気がするが、そんなことも知らないとは俺も知らなかった……。

「君、職業は魔法使いだよね? 最初から覚えてる魔法だけで今までプレイしてきたのかい? 基本的な設定について改めて確認すると、

魔法は金で買うんだ。

魔法使いは、学校に通うことで新しい魔法を覚える。その魔法学校に高い授業料を払うことで、覚えたい魔法をすぐに教えてもらえるんだ。

 一応、職業別に覚えやすい魔法の種類とかはあるんだけど、基本金さえ出せばどんな魔法でも教示はしてもらえる。」

「へえ~。勉強になるなあ。」

 エリカは感心した様子で聞いている。

 なんかチームを組んでる俺まで恥ずかしくなってきた……。

「ちなみに、金で買えるのは一般的な魔法だけね。異世界には特殊な魔法や知られてない新しい使い方があったりもするから、そういうのは自分で探さないと手に入らないようになってるわよ。魔法の力の源は、知識だからね。

 物質、肉体ではなく精神、知性に関わってくるものゆえに、そこらへんは武器や防具とは扱いが違ってくるのかしらね?」

 シオリが大事な情報を付け加えた。

 金=強さの公式が至るところで成り立つこのゲームにおいて、金で買わなくてもよい魔法が一部存在してることは公式のマニュアルにも載ってることだ。

 だが、その詳細はプレイヤーには明らかにされていない。

 魔法の根源は知識であるというのは、たしかマニュアルにも小さく書かれてた記憶があるが、シオリはゲームの世界観や設定をよく読み込んでる……。

 そんなゲームとは直接関係しない物語の背景についての記述は、俺もとっくに忘れてたようなことだ。

「魔法の力の源泉が知識ってことは、ようするにこのゲームでは『情報』も重要になってくるってことだな。そうすると、

金と情報=プレイヤーの強さ

って図式が成り立ちそうだ。まるで現実みたいなセカイだな。問題は、情報を手に入れるのには何が効率的な方法か、ってことだが……?」

 俺が言うと。

「情報も金といっしょ。速さが大事。大量にあふれてる情報の中に有益な価値のある知識を見つけだすには、大量の文章を読まないとダメ。それには、読むスピードを上げればいい。」

 とエリカ。

 いつものように、理屈上は正しそうな合理的な見解を述べる。

「情報といっても、全てがホントで正しいものとは限らないわね。魔法は、隠された知識だもの。中には、ウソやミスリードを誘う誤情報もあるはずよ。正しい真理を得ようと思ったら、ある程度のウソを見抜く力……情報リテラシーが必要になってくると思うわ。」

 シオリが冷静に意見を語る。

「どちらにしろ、このゲームを有利に進めるのには、情報を読み解く力が必要になってきそうだね。隠された魔法は金で買えるものじゃなく、プレイヤーが知恵を使って見つけ出さなければならないんだろう。そうなると、金=強さというシムゲームの法則のほうが、むしろミスリードを誘う情報なんじゃないかと思えてくるなあ。」

 タカシが女子2人の考えをまとめつつ、独自の推論を語った。

 彼らの対話を聞いていて、俺の中に金と知識のどちらがよりプレイヤーの強さを決定するのか? という問いが生まれた。

 せっかくなので、俺も今考えたことを何か言ってみようか。

「金があれば装備や基本の魔法を入手できるが、隠された魔法は知識をもってしか得られない……。ようするに、必要なのは情報なんだ。現実でもそうだけど、知ってるか知らないかが金もうけの機会に影響してきたりすることはある。金を得るには、情報がツールになる。このゲームでも、強い装備を身に付ければプレイヤーが強くなれるのは分かってるが、それを手に入れるのには結局は金が要る。となると、最初のうちは高い装備品にたよらずにモンスターと闘うための攻略法を知る必要がある。つまりは、強さとは情報だ。」

「なるほど。情報も結局は金につながるわけか。金=強さの図式は、その強さを求める過程で情報も集めることになるから、これをゲーム製作者側が仕かけたミスリードと考えたのは、少々ボクの早とちりだったかな。」

 タカシが自分の発言を分析しながら言う。

 すると、シオリがさらに付け加える。

「そうでもないわよ。情報がプレイヤーの強さを決めるのはその通りだけど、その情報が実は間違いだらけかもしれないんだから。現実にしたって、ウソの知識は溢れてるからね。間違った情報を信じてしまうと、金と時間をムダにすることになるわ。だから、嘘を見抜く洞察力は必要。怪しそうなものは、全て疑ってかかるくらいじゃないとね。」

 ゲームの運営側も商業ビジネスとしてやってる以上、プレイヤーが多くのお金を落としてくれるように正しい選択を誤らせる仕かけは当然してくると思っといてもいいだろう。

 タカシやその意見を擁護するシオリのように、ゲームの前提を疑ってみることは決して間違ってはいない。

 さらに、エリカが言う。

「ウソの情報を見破るためには、ホントの情報・正しい知識を見つける必要があるわ。いくらでも情報がある世の中で、質の高いたしかな知識を見いだすにはたくさんのメディアに目を通さなければならない。正しい知識を一つでも見つければ、それ以外のすべてのゴミ情報は排除できる。それをするには、読むスピードが重要。」

 エリカがまた、理屈的には間違ってないであろう考察を展開した。

 シオリがちょっと怪訝そうな目をエリカに向けた。

「ちょっと、エリカさん。あなた、先ほどからスピードが何にも増して大事みたいなことを仰ってるけど、何か論理的に熟考することの価値を軽視しがちな口調だわね。速さは金と時間を生むのは事実だけど、何も考えずに回転率がいいだけの人材はグローバルでは通用しないわよ?」

 俺もそれは何となく思ってたことだ。

 だが、短い期間とはいえエリカという人間を間近で見てきた俺には、どうもこの女はべつに何も考えてないということもない、ということは分かってたのでとくにその主張に異を唱えてみようとはしなかった。

 しかし、シオリは俺も内心思ってたことを口にした。

 すると、エリカは。

「シオリが言ってるのは、チェスで人間とコンピューターが勝負してどっちが強いか? って問題に似てるわね。チェスを打つ人間は思考と勘で次の手を決めるわけだけど、コンピューターは違う。駒をどこに進めるとどうなるのかを全てのパターンで計算して、最良の答えを出す。深く考える人間と高速で試行するコンピューターは、闘ったらどっちが勝つか? 歴史はコンピューターが強者だと証明してるわね。この結果は、熟考も勘も経験も、手当たり次第の試行よりは役に立たないと言ってるのよ。」

 また、エリカの理屈。

 人間らしさを肯定することのない、純粋に理性的で身もフタもない論理。

 結局、人間よりもコンピューターのほうが強者なら、人間の存在価値はどうなるのか?

「あなたは、コンピューターのほうが強いから、人間もコンピューターみたいになればいいと仰るのかしら? 人間の尊厳と自由を無視した考え方をするのね。あなたはキカイのように考え、行動すれば満足できる人なのかしら? それって、すごい古い考え方じゃないのかしら?」

 シオリが思ったことをさらっと言ってのける。

 こういうところからも、彼女が自分の意見をちゃんと主張するアメリカの文化の中で育ってきたことが窺える。

「科学を知らない人の発言ね。人間とキカイは、原理上同じよ。電気をエネルギーにして動くところも、たくさん動くと熱を発生させるのも、遺伝子はデジタルな暗号で構成されてるし、人間の脳はいたって数学的な認知・行動処理を行っている。人間とキカイを別のモノと考える人のほうが、古い常識に囚われてるわ。

 それに、キカイのように生きるのが不自由だって誰が決めたの? キカイにすら負ける人間に尊厳も自由もあるのかしら? キカイはものすごく速く仕事をして後は寝て(スリープになって)るんだから、睡眠を削って働く人に比べたら優雅な生活を送ってるわね。キカイみたいに生きても、勝てば金と時間が手に入る。つまり、自由になれるし何かに支配もされない。」

 エリカが理屈で反論すると、シオリはほっぺを膨らませて顔を赤くした。

 そうなる気持ちは、俺もなんとなく分かるが……。

「何よ! あなたってホント、人の心をもたないキカイみたいな女ね! そんなんだから、顔はかわいくても男にモテないんでしょ? その固い性格をちょっと柔らかくすれば、男子ウケも良くなるっていうのに!」

 おこのシオリを前に、エリカは淡々と自分の考えを語る。

「その考え方こそ、女を古来のイメージに縛りつける偏った価値観よね。女はかわいくてなよなよしてればいいって、それこそ自分の意見をもたない人形じゃないの。そんな誰かの所有物みたいな状態で生きて、あなたこそ不便じゃないのかしら……?」

「ぐぬぬっ……。」

 シオリが不機嫌を押し殺した表情で、言葉を詰まらせてしまった。

 彼女には同情してしまうが、エリカと議論をすると何か人として大事なモノを失ってくので、それが気になる者は深く関わらないのが安全である。

 逆にそこをクリアできれば、向こうから心を開いてくる案外社交的なやつだ。

 一応エリカを擁護しとくと、彼女は議論によって相手の価値観を否定しようとしてるのではない。あくまで、自分が真実だと思ってることを口にしてるだけだ。

 しばらく一緒にゲームをしてきて分かったが、彼女は感情的に人格を否定するようなことはせず、理屈を語った結果ヒトを不愉快にさせることがあるだけなのだ。

 それゆえ、俺はエリカと行動を共にしてからというもの、人の心が無くなりかけた以外にはとくに居心地の悪さを感じたことがなかった。

 つまらない自分本位の理由で人を不快にさせない女なのだ。たぶん。

「エリカさん! あなたの考えはよく分かりましたわ。じゃあ、キカイみたいに強くて感情をもたない人になれるといいわね。友だちとして応援してるわ!」

 シオリが激おこで言い放つと。

「キカイが強者なのは感情が無いからじゃなくて、心に左右されない存在だからよ。感情は無くすものではなく、支配するべきもの。無意識に感じることに流されてると、自分に勝てない。心を支配しなければ、心にコントロールされる。」

 相手の気分にお構いなしになおも反論をするエリカ。

 傍でずっと様子を見ていたタカシが、ここで二人の間に割って入った。

「まあまあ、2人とも。一旦、落ち着いて。深く考えてみることも手当たり次第に試していくスピードも、どっちも情報を読み解く上では重要な能力じゃないかなあ? 人が2人以上いれば当然違う考え方の人もいるものだし、ここはお互いに手を取り合って協力してくのがベターで平和的な道だと思うんだ。ボクたちが今いるダンジョンはそれなりに難易度も高いし、チームワークだって大事になってくるはずだよね? 仲良くしてみてはどうだろうか?」

 言い争い気味になってる女子らをなだめつつ、タカシは両者が協力することを提案した。

 和解を促すのはまだしも結託までさせようとするとは、大胆な思いつきであるが大丈夫なのだろうか? この二人が結託すると、流れ的にパーティーも合同されるように思えるが。

 べつに俺は構わないが、果たしてうまくまとまるんだろうか。

「え~? この女とチームを組むとか、ありえなーい。戦力的にはまあマシかもだけど、エリカさんってちょっと性格がアレじゃない? 人の心を失ってキカイみたいな思考をする人に、仲間と協力してくことがちゃんとできるのかしら……?」

 シオリが嫌そうな顔で文句を付ける。

 エリカのほうを見ると、とくに不快そうな表情もせずに普通にしている。

「チームを組むのは、いい考えね。この先のダンジョンって難しいんでしょ? 協力したほうが、成果がでやすいわ。シオリの洞察の鋭さや頭の良さも役に立つかもしれないし、私は一緒に行動してあげてもいいよ?」

 そう言って、手を差し出すエリカ。

 握手しようということなのだろう。

 シオリは露骨に嫌そうにしているが。

「ふん。まあ、せっかくのお友だちが一緒にゲームしようと誘ってくれてるのだから、それを無下に断るのもマナーが悪いわね。私の資質をそれなりに高く評価してくれてるみたいだし、そこまで言うならチームに入れてあげなくもないけど?」

 不服そうに言いながら、しぶしぶエリカの手を握った。

「やあ、君たち仲良いじゃないか。いやはや、協力し合うことになって良かったね、ふぅ。さて、これでボクらと君たちの二チームが合同することになったわけだが、さっそくだけど『チーム名』なんかを決めてみてはどうだろうか? メンバーが一丸となって行動するには、チーム名があったほうが結束が固まるように思えるんだ。ちなみに、我がパーティーを結成する時にボツ案となった『白バラ十字団』なんてのもあるけど、これ以外に何か案があれば今ここで募りたい。」

 タカシが険悪なムードの女性陣をうまく引き合わせたことに安堵しつつ、結成するチームの呼称を募集しだした。

 シオリがため息混じりにタカシを横目で見る。

「その『白バラなんとか団』ってのは、あたしが前に却下したじゃない。あなたもそのネーミングにずいぶんと固執するわねえ。チーム名なんて何でもいいから、勝手に決めといてちょうだい。」

「チーム名、あってもいいじゃないか……。」

 タカシが少ししょんぼりした顔になる。

「私もチーム名とか興味がないから、タカシ君が好きなようにすればいいよ。でも、『白バラなんとか団』はちょっと嫌。」

「……そう? あんまり、イケてない?」

 エリカにもネーミングをダメ出しされて、タカシはますます悲しげに肩を落とす。

 俺は少し同情して、タカシに言う。

「白バラ十字団のままでも悪くはないけど、若干センスが古い感じなのは否めない。この名称をそのままドイツ語風にしてみると……、〝ヴァイス・ローゼンクロイツ〟みたいになるか。これを、日本語の呼称に被せて『白薔薇十字団』ヴァイス・ローゼンクロイツ、と読ませてみるのはどうだろう……? 少しは昭和臭さが消えるように思えるが。」

 ケータイで辞書サイトを見ながら、チーム名の案を出してみると。

「何か長ったらしい名前になったわねえ。意味もよく分からないし。でも、男子たちがそう呼びたければそれでいいんじゃない? あたしら女子は、そういう中二病みたいのはよく解らないものね。」

 シオリの毒舌が俺にも向けられる。

「そうね。ダサさが和らいだと思ったら、今度は中二病だものね。ネーミングも意外と難しいんだろうけど。男子ってこういうヘンな部分に妙にこだわるんだよね。私たち女子は、そういうのは気にしないから男子たちで好きにやってくれたらいいよね。」

 エリカの容赦ない言葉が俺に突き刺さる。

 なぜか俺までとばっちりを受けてるが、女子らに批判されるタカシの気持ちが少し分かったような気がした。

「君たち、仲良いじゃないか。」

 男どもを言葉で叩くことで、なぜか結託しだした女性陣を見てタカシが呆れて呟いた。

「結局、チーム名はどうするんだ? 女子2人はべつに興味なさそうにしてるが。」

 俺が肝心なチーム名称の行方について、タカシに問うと。

「いいさ。彼女らに、男のロマンってやつは理解できないらしい。好きにしてくれと言ってるのだから、この問題は男子の我々で勝手にやらせてもらうことにしよう。チーム名は君の良案を採用し、『白薔薇十字団』ヴァイス・ローゼンクロイツで行こうと思うけど異論はないだろうか? 女子らは中二病だとか言ってるけど、なかなかイケてる名前じネーミングゃないか。」

 タカシは、気に入ってるようだ。

 俺もどっちかと言うと、チーム名はあってもなくてもいいと思うが、タカシのこだわりも同じ男子として分からんでもないので、一応ここは賛同しておく。

「ロゴとか紋章を考えてみても、カッコイイかもな。薔薇と十字架のモチーフをうまく組み合わせれば、なんかそれっぽい象徴的なデザインになりそうだ。」

「うん。ロゴを考案するのも面白いね。そういうみんなで共有できるシンボルがあれば、チームの結束もより強いものにできるかもしれない。それに、何といってもカッコイイ。あとで、ネットでいろんな紋章について調べつつ、デザイン案を考えてみることにしよう。」

 タカシがやる気になってくれたので、ようやくこのパーティーも一つにまとまりそうだ。

『白バラなんとか団』という名称はともかく、メンバーの全員が前向きにならないとチームは回らない。

 各々の居心地がよくなければ、どんなパーティーも長くは続かないだろう。

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