第7話 異世界ハロウィンゆうれい城

 そこは、いつもの見なれた街並みではなかった。

 異世界が、目の前に広がっていた。

「わあー。まるで、絵本の中に入っちゃったみたい。それも、すごくリアルな絵本に!」

 エリカの言うように、俺たちはおとぎ話の世界にいた。

 ハロウィンの城。

 カボチャのお化けがでてきそうな古めかしく怪しい古城。

 血が溶けて混じったような赤い空には大きな三日月がうかんでいる。

 周辺は森がつづいてるが、城の近くの大地は荒廃していて草木がほとんど生えてない。

 カラスでも鳴いてれば、いかにもユウレイ城といった雰囲気の佇まい。

 一言で表せば、『出そうな城』である。

「現実の住宅地とは、ファンタジー感がちがうな。それにこのリアルさ……。映画館のスクリーンの中に入ったかのような臨場感!」

「うん。ゲームと違って、五感にうったえてくる情報データを肌で感じられる……。ひんやりとした空気が怪しげなムードをいっそう高めてくれるし、じめじめとした湿気、かすかに漂ってくる木々の匂い、三六〇度全方向から聞こえてくるサラウンドな環境音。これらの複合的な刺激が、異世界を鮮明に描き出している!」

「ああ。色、音、温度、湿度、匂い。踏みしめる土の感触までもが、複雑かつ繊細に俺たちに世界を体験させる。光の反射や明暗、色の濃淡や物質の質感などの全てが、現実と同じクオリティで目の前に広がってる。奇跡のように夢を現実リアルにした異世界!」

「こんなにいいゲームなのに、何がリスクだっていうの?」

「! ヤバイ。エリカ、杖をかまえろ。戦闘の準備だ!」

「え? ……敵なんて、いないよ? 観光は? もうちょっと、この世界を探検してから……。」

「来るぞ!」

 どこからともなく、ぼんやりした光が現れる。

 地面がもり上がって、得体の知れないものの手がはい出してきた。

「キャーッ。」

 エリカが悲鳴を上げるのと同時に、人外の魔物が姿を現した。

 カボチャのお化け、ジャック・オー・ランタン。(3匹)

 包帯でぐるぐる巻きの、ミイラ人間。(2体)

──数が多い。

 俺は元来たワープポイントを手探りで確認しつつ、ケータイを操作して長剣ティルフィングを取りだす。

 同時に、カボチャの魔物をモンスター目にして「かわいい。」などと喜んでる隣りのエリカにも指示を出さないといけない。

「こいつらは見た目は楽しくても、今までの敵とはワケがちがう! 魔法を撃つ準備をしつつ、隙を見て逃げるぞ。」

「ねえ、私たちが抜けてきたこの石の壁。手を当てても吸い込まれていかないよ? 帰れないんだけど。」

「何ぃ?」

 俺は振り返って、そこに古びた墓石があることに気づくが、その中に手をおし入れようとしても前に進んでく様子はない。

 ワープポイントであるはずの墓石が、その機能を失いただの冷たい岩になっていた。

「帰れないぞ? この異空間に閉じこめられてしまったみたいだ……。マズイ。このままだと、魔物にモンスターなくなるまで時間と金をむしり取られる!」

「閉じ込められたの? ひゃあ、どうしよう!」

「とりあえず、魔法の準備だっ。」

 しかし、エリカがスマホから杖を現出さポップアップせる暇もなく、魔物たちは一斉に襲いかかってきた。

 カボチャのお化けによる『魔法の鬼火ウィルオウィスプ』。

 ミイラ男による物理アタック。

 五体もいる魔物のモンスター奇襲を全てまともに食らったら、俺たちのTPは激減する。

 つまり、大幅な時間を消失ロスする。

 失った時間は当然、『死亡リスク』を高める。


 モンスターの寿命の3分の1の時間が過ぎると、プレイヤーは多量のマイナス報酬ポイントを科せられるが、その期限は敵に攻撃されることでも縮められてしまう。

 冒険者が時間を魔物にしぼり取られ、倒すべき納期を守れなかった場合、依頼主に罰金を払わねばならない世界観となっているためだ。


 俺は近寄ってきたミイラ男の振り上げた腕を剣で切り落とし、エリカに向かってくカボチャお化けの鬼火を自らが盾になって食らった。

 派手な衝撃音が鳴り響くが、見た目の印象ほど痛かったり苦しかったりするわけじゃない。身体の痛覚をわずかに刺激して、敵からの攻撃など何らかの干渉を受けたことを知らせる程度のものだ。

 だが、痛みはなくても時間は失う。

 装備品はすでに中級マップでも通用するそれなりのものを身に付けてはいるが、それでもTPを20秒もセコンド失った。さらに、カボチャとミイラ一体ずつの攻撃を受けて計36秒を削られた。

 2体いるミイラのうち一体の腕を切り落としたとはいえ、4体の魔物から奇襲を食らってたった10秒の間に大量のTPを奪われた。

 カボチャのTPが3分ゆミニットえ、俺たちの死亡タイム(納期)はその3分の1の一分。

 俺はあと14秒で死ぬ。

 これは、別の意味で痛い。

「キャあー! マヒロ、大丈夫? 怪我はしてない?」

 モンスターの攻撃で、怪我はしない。

 ゲームでは人間にプレイヤー物理的な外傷とか精神的な苦痛を与えることは起こらない。

 そんなことは、2ヶ月もこのゲームをプレイしてるエリカなら分かりそうなものだが……。

「大丈夫だ。それより、あと10秒以内にカボチャを一体倒さないと俺が死亡扱いになる。何でもいいから早く魔法を!」

「え……。マヒロ、死んじゃうの? そんなあ。私一人じゃ闘えないよ!」

「ちがう。このゲームでの死亡とは、締め切りを守れずに罰金を科せられることだ。このハロウィン城でのマイナス報酬ポイント額は6000P。河原での俺たちの稼ぎの2日分が、この一回のバトルで消し飛ぶぞ!」

「え? やだ。せっかく汗水たらして稼いだお金が、そんなに一気に減っちゃうなんて。モンスターめ、絶対に倒す!」

 なんとか、エリカがやる気を出してくれた。

 杖をかまえながら、魔法をまたたく間に詠唱する。

 氷弾フリムスルがカボチャのお化け、ジャック・オー・ランタンの一体に炸裂する。

 すかさず、俺は氷の弾道を目視しながら、敵のコアを長剣ティルフィングで斬り割く。

 死亡タイムまであと3秒のところで、カボチャを抹消デリートさせた。

 貯蓄の消失を寸前で食い止めることに成功。


 魔物はモンスター一体を倒すと、プレイヤーの死亡タイムの時間経過分はリセットされる。

 敵が複数で襲ってきても、一体を片付けるごとに死亡までの期限は回復されるのだ。


「やったー。お金がなくならなくて済んだ!」

 エリカは喜んでるが、消滅させたのは五体のうちのたった一体。

 まだ同じレベルの強敵が、四体もいる。

 そして、今にもこちらに襲いかからんとしてるのが分かる。

 俺の即死技であるコア割りが運わるくつづけて失敗すれば、高い確率でパーティーは全滅させられるだろう。

 中級クラスのダンジョンがある程度高難度なのは予想していたが、やはり今の俺たちではまだ挑むのは早かったのかもしれない……。

「この戦闘バトル、少しリスクがでかい。一旦逃げたほうがよさそうだ。元来たワープポイントを通って、現実リアルのセカイへ……。」

「だけど、この墓石固くなっちゃって、突っついても中へ入れないよ?」

「そうだった……。くそ、逃げられないのか。やばいな、破産する!」

「え~~っ。ゲームオーバー? やっぱ、もうちょっと準備とかしてから来るべきだったのかなあ?」

「まあ、準備不足もおそらくあるが、この難易度の上がり方はなにか設計者側の悪意を感じる……。たぶん、ここで多くのプレイヤーが持ち金をむしり取られていったんだろう。」

「私たち、ここで身ぐるみ剥がされちゃうの? そんなハロウィン・パーティー、全然楽しくないじゃない?」

 …………。

 一体ずつ落ち着いて敵を倒していければまだ勝機はあるのだろうが、ここは中級ダンジョン。

 敵が列をなして順番に襲ってきてくれるほど、この異世界は甘くはなかった。

 目の前の四体が、間髪を入れずにまた攻撃を仕かけてきた。

 俺たちでは、この猛攻を防ぎきれない……。

「わあ~ん。お金取らないでえー!」

「……ここまでなのか。」

 逃げることができない絶望と高い死亡リスク、それに奇襲されたゆえの動揺もあっただろう。

 俺たちは冷静さを失い、戦意を喪失しかけていた……。

 とその時。

 どこからともなく、炎のカーテンが湧き出して魔物たちを包み込んだ。

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