第6話 シミュレーテッド・リアリティ

 河原。

「忙しくなるけど、2つのことを同時にやるよ。今日はいつものようにゲームをして報酬ポイントを稼ぎながら、英単語のテストもします。私が単語ワードを口にしたら、すかさず日本語訳を答えてください。また、私が日本語のワードを口にした時は、適切な英単語に直しましょう。OK?」

「いや、いいけど。さすがに、ここはゲームとテストは別々にやってもいいんじゃないか? 一つずつ着実にこなしていっても、とくに問題はないと思うが?」

「キミはゲームをやる時、手は動かしてるけど口のほうは動いてるのかな?」

「動かしてるわけないだろ? ゲームなんて黙々とやってるんだから、口は閉じたまんまだよ。常識的に考えて。」

「常識で考えてちゃ、ダメじゃん。私なんか料理しながら長電話することだってできるし、口と手は同時に動かせるよ。ゲームとテストはいっしょにできる!」

「……まあ、お前がそう言うんならそうなんだろ。分かった、テストを始めてくれ。」

「じゃあ、いくよ!」

 かくして、英単語テストが始まった。

 スマホなどで、シムゲーム・アプリの開始ボタンを押せばゲームが起動する。

 本来はゲームを開始する地点から、50mは離れた場所でアプリを起動するのが望ましい。モンスターは突然何も無いところから現れるのではなく、あくまでこの世界に生息してるものとして、プレイヤーに提示されるからだ。

 ゲームがゲームであることをなるべく思い出させない配慮として、我々の位置情報を取得してるアプリが赤い『!!』マークを画面に表示させてるが、その警告を無視して強制的にゲームを始めることもできる。

 俺がアプリを操作すると、辺りの変哲のない川原に突如モンスターが姿を現した。

 リアルな生きものが急に目に入ってくるので、何事かと思ってしまう。

 シムゲームではこういった違和感をあまり感じなくていいように、工夫もなされているのだが今はそんな事はどちらでもよかった。

 顔がネコで胴体が犬のモンスターがこちらに襲いかかってくるので、エリカはスマホから魔法の指揮棒をとり出し、詠唱を始める。と同時に、もう片方の手に英単語帳を持ちながら、いくつかのワードを叫んだ。

「Virtual,Simulation,Reality.」

 俺は通常どおりにエリカの魔法の軌跡を見ながら、モンスターの急所を狙い剣による攻撃を加える。

「実質上の、見せかけ、現実。」

 同時に口を動かして、単語の日本語訳を答える。

「いいね。その調子!」

 エリカが次々と近づいてくる敵に魔法を詠唱しながら、単語をくり出す。

「垂直の、刺激する、関係。」

 俺は身体を動かしつつ、英訳を答える。

「Vertical,Stimulate,Relation.」

「Grate!」

「次、どんどん頼む!」

「じゃあ、Verify,Simultaneous,Relative. ちょっと難しいよ?」

「余裕だ。検証する、同時の、相対的な!」

 初級モンスターを狩ることで現金ポイントを稼ぎながら、英単語テストの点数ポイントを獲得する作業をしてくこと15分。

 宿題の三〇〇ワードのテストがまたたく間に終了。

 二人合わせて二七〇円分のポイントを勝ち取り、肝心の英語テストの結果はと言うと……。

「9割正解。二七〇点だね。」

「そうか。がんばったわりに、もの足りない結果だな。ゲーマーとしては、もっと攻略できそうなのに。正解クリアできなかったところは、あとでちゃんと復習しておかないと……。」

「いや、たった一日でこれだけ覚えられたんだから、上出来だよ。ややっこしい単語もあったのに、たぶん培ってきたゲームセンスでうまく暗記できたんだろうね。あとは、この努力を習慣的につづけてね。人間の脳はくり返し見たり聞いたりしたことを、長期記憶として保持する性質があるから。」

「ああ、脳の仕組みがそうなってるなら、反復して学習するのが最も効率がいいことになる。回転率を上げるのが、一番勉強に有効なわけだ。」

「理屈上、そうなるよね。それで、次にゲームのことで相談なんだけど……。」

 いきなり、話のベクトルが変わった。


「なんだ?」

「英単語もそうだけど、一問クリアして一点みたいな配点の低い問題だけを解いても、点数は稼げないよね?」

「……うむ。確かに、その通りだが。つまり、何が言いたいんだ?」

「中級モンスターも狩らないと、収入が増えないと思うの。」

「なるほど。配点の高い応用問題も解ければ、テストの点数が一気に稼げるのと同じで、中級クラスの高報酬ポイントモンスターを狩っていけば、俺たちの少ない収入もうなぎ上りに上がるってわけだな。」

「そうでしょ? だから、これからは『ダンジョン』に潜ろうと思うワケ。」

「それは、ヤバイ。」

「……なんで?」

 ダンジョンという言葉を聞き、俺はとっさに危機を予感した。

「ダンジョン。高配当モンスターはたしかにいるが、それゆえに多くの者が金をポイント目当てに挑み、結果大半が敗れ去っている。なぜかと言うと、そこはハイリターンではあるものの、それ以上にハイリスクでもあるからだ。」

「……どういうこと?」

「考えてもみろよ。このシムゲーム、もともとは『遊びは義務である。』といったキャッチコピーを掲げて、ベーシック・インカム(基礎所得保障)の代替制度として全世界に導入されたアプリではあるが……。」

「うん。今は、遊びが義務の時代。生産性の低い長時間労働を社会からなくし、働く人に残業代を払わなくてよくなることで、浮いた分のお金がゲームを遊ぶ人に還元される。遊んだほうが得な制度だから、みんなムリをせず適度に働いて、余った時間は外でゲームして遊ぶ……。とっても良心的で、健全な社会形態じゃない。」

「そう思うか? だが、それはゲームを運営してる側の理屈で、実態は違うんだ。シムゲームは米国政府を中心とした国際連合によって主導され、開発されたものであるため、一見利益を追求する営利団体とは無関係であるように思われてる。しかし、ダンジョンに潜って収入を増やそうとした多くのプレイヤーは、結果的に少なくない負債を抱えたりもしている……。当初の『働かなくていい時代』を築く計画とは、逆のことが起こってしまってる。」

「どうして、そうなったの?」

「わからん。しかし、今実際に起きてることは、みんなが生活を保護されて幸せに生きられる社会の実現じゃなく、敗北した者からの搾取だ。一部の人間を除いて、ほとんどの者が不幸になっていく構造。」

「じゃあ、ゲームを作ってるのは悪い人たちなの? 『遊びは義務だ。』とか言って、ゲーム好きな人たちから金を巻き上げるのが目的ってことかな。」

「全てが悪い人ってわけじゃないんだがな。実際、ゲームの製作に関わってる日本の民間会社には、国連の非人道的なやり方に異議を唱える者もいるらしい。また、プレイヤーもゲームの運営のし方にクレームを付けたりして、国によっては社会問題にまで発展してる。

 当のアメリカなんかだと、不満を持つ者たちが国会議事堂の前に集まって、デモを起こしたくらいだからな。大勢で『俺たちを責任もって養え。』と訴える映像が、世界中のメディアで報道もされた。日本の場合、プレイヤーや製作者が国連に対し、大きな声を上げないためにいいカモにされてる部分もあるんだろう。」

「……すごいね、アメリカ。日本人も、見習わなくちゃ。このゲームそのものの体質を変えるのも、大事な社会活動だと思うわ。」

「日本は政府がアメリカの言いなりだから、しばらくはムリかもな。この国は自由リベラルを主張するには、なんか民衆に時間が無さすぎる。社会を変革するのにも、それなりの時間はどうしても必要になるんだよな。」

「世の中を変えるのに時間が要るけど、そもそもその時間が無いのか。でも、時間なら作れるよ。このゲームに私たちが、勝てばいい。負けるから、金も時間もない。勝てば、両方とも手に入る。金と時間があれば、ゲームの不正を放ったらかしにしてる日本政府も、動かす方法が見えてくると思うよ。」

「まあ、アメリカ人もやってることだしな。しかし、中級のダンジョンに行くとなると、金をポイント失うリスクも大きくなる。そこでの戦闘バトルは、死亡リスクとTP減少量が格段に上がることになるからだ。一回の戦闘でもらえるポイントが増えても、プレイヤーの持つ時間を削り取られ、マイナスのポイントによる借金が膨らみやすい。」

「TPって何? 死亡リスクって、死ぬとどうなるの?」

「お前はほんと、何も知らないでゲームをしてるんだな……。まず、TPについて。


TPとは『Time Point』の頭文字をとったもので、意味は時間ポイント。

このゲームでは、従来のロールプレイング・ゲームのような体力(HP)の概念はないんだ。

あるのは、時間という資源リソース

それが全プレイヤーに平等に一〇〇〇〇P、ポイントプラス8%のボーナスが付いて合計一〇八〇〇Pが与えられる。

1P=1秒の価値があるから、一〇八〇〇Pは一時間が三六〇〇秒でちょうどその3倍。

つまり、全プレイヤーはTP(タイム・ポイント)を、等しく3時間所有してるんだ。

このTPは、何もしなくても1秒に1Pずつ減っていく。

戦闘バトル中でも街中でも、アプリを起動してる限り常に一定の間隔で消費されることになる。だから、3時間たったらプレイヤーのTPは自動的にゼロになり、ゲームが終了する。」

「へえ~、知らなかったなあ。」

「……それで、モンスターに攻撃をされると、俺らはこのTPを失うんだ。

我々は魔物にモンスターより、時間を奪われていく。

同時に、モンスターにも固有のTPが設定されてるから、プレイヤーは敵のTPを削っていけばいい。

攻撃して、魔物の寿命を奪っていくということだ。

例えば、粘液状生物のネバイムはTPを60P(1分)所有してるが、これは何もしなくても敵が1分で消滅するという意味になる。

が、プレイヤーが剣や魔法で魔物ののこり寿命を減らすことで、モンスターを早く昇天さアセンションせることができる。

ちなみに、魔法使いにはMP(マジック・ポイント)の概念はない。

魔法は、何度でも好きに使用できる。

ただし、魔法の使用は原則、詠唱時間を必要とする。

強力な魔法ほど多くの時間を消費するし、初級の魔法であれば少ない時間で足りることが多い。

このゲームでは、全ての価値は時間に集約されるんだ。

魔法使いが費やすのは魔力マジックポイントとかそういうのではなく、発動するまでにかかる時間なわけだ。」

「TP60のモンスターは、こっちが何もしなくても1分後には消滅しちゃうの? 楽なゲームだねえ。」

「本当にそういう楽なゲームなら、よかったんだがな。

俗にいう『死亡リスク』というのがあるために、苦労するゲームとなってるよ。」

「死亡リスクって何?」

「一般のRPGで考えてみれば、モンスターが寿命で死ぬまで放置しとくってのは、冒険者がいる意味がないだろ? 村を荒らす魔物がいるから早急に倒してほしい、という依頼があった時にどうせそのうち寿命で死ぬからと、冒険者が何もしなければ村は壊されて手遅れになる。いくらゲームでも、そんな状況はおかしいと普通は思う。

だから、冒険者にも仕事の納期は重要になってくる。

モンスターの寿命(TP)の3分の1の時間内に敵を倒せないと、大幅なポイント減となる。

これが、通称『死亡』と呼ばれるものだ。

プレイヤーの一人が死亡した場合、マップやダンジョンごとに決まった額のSIMポイントを罰金として払わされる。

俺たちが普段ゲームをしてる河原では、一回につき3000Pを失う。

初級のマップとしては、ごく一般的なマイナス報酬ポイント額だ。

モンスターを倒さずに放置しとくことは、依頼をこなしてくれない冒険者と見なされ、多量の現金を支払うことになってしまう損な行動なんだ。

一方で、モンスターをその寿命の10分の1の時間で倒すことができれば、ゲーム内で仕事が早い冒険者という評価をされ、獲得ポイントが3割増える。

ゲームの世界には大抵、モンスターに命を脅かされて困ってる住民がいるよな? 彼らにしてみれば、一刻も早く魔物の脅威を退けてほしいわけだ。

モンスターが寿命で死ぬのを待ってる冒険者よりも、手際よく討伐してくれる者のほうが当然、価値は上がる。

そういうプレイヤーに多くの報酬が払われるのは、理屈から言って納得できる。

俺たちはTP60のネバイムを平均4~5秒ほどで倒してるから、通常よりもポイントが加算されて一匹につき1・3ポイントがもらえたりするわけだ。

これは俺のコア割りがうまく成功した時に、しばしば得られるボーナスだな。

ようするに、このゲームは時間が価値にもなるし、負債にもなるんだ。」

「じゃあ、早く敵を倒さないとダメなんだ。それで、なぜダンジョンに行くとリスクが高くなるの?」

「敵が一気に強くなって、早く倒せなくなるからだ。

戦いに手間どって納期を過ぎてしまうと、大量のマイナス報酬ポイントを科せられる。

また、TP(タイム・ポイント)の減少も激しくなってくるので、ゲームのプレイ時間も短くされてしまう。そうすると、収入が減ってしまう。

もっとも、ゲームのマップごとに『ログイン・ボーナス』というのが設定されていて、難度に応じてTPをかさ増ししてくれる。

死亡するリスクは増えるが、ゲームのプレイ時間が減らされる損失はある程度保障されることになる。

この河原では、ログイン・ボーナスが一〇〇分手に入るから、基本のプレイヤー時間一〇〇〇〇秒+8%ボーナスの八〇〇秒+ログイン分の六〇〇〇秒で、計一六八〇〇秒つまり4時間40分がプレイヤーの持ち時間となる。

この時間内でどれだけ効率よく稼ぐかが、プレイヤーの収入を決める。」

「そうなんだ。ややっこしくてよく分からないけど、時間を失うと金も減ってくから、TPを削りとられやすい中級のダンジョンは危険も大きいってことだね?」

「ちなみに、このゲームは時間を課金アイテムとして購入することができる。

一日経てばプレイヤーのTPは回復するけど、今すぐにゲームを再開したい時もあるだろう。

その場合は、2時間を五〇〇円で買うことが可能だ。

課金をし続ければ、延々とゲームを遊ぶこともできるってわけだ。」

「課金アイテムか……。敵が強くなるごとにTPも失いやすくなるんなら、その減った時間を取り戻すために大量に課金しまくるという、負の連鎖の未来が見えてきそう……。」

「死亡リスクも含めると、このゲームは下手をすれば借金地獄におちいる可能性も少なくはない。リスクをとる場合、まずは十分な資金を貯えてから余ったお金でやるのが定石だ。今の俺たちでは、まだ貯金も少なく、中級に挑むのは時期尚早と言わざるを得ないだろう……。」

「じゃあ、いつやるの? 十分な資金って、いつになったら貯まるの?」

「今のペースでいくと、最低でもあと1ヶ月くらいはポイントを貯めるのがよさそうに思う。俺たちの一人当たりの月収が、現在だいたい1万8000円。無駄遣いをせずに貯蓄しとけば、中級のダンジョンでも3回は死ねる。いや、新たな装備品を買う必要もあるから、あともう一ヶ月は貯めとくべきか。余裕をもって、3ヶ月くらい初級のマップでポイントを稼げば、十分ではないかと思われる……。」

「遅いよ! 3ヶ月もそこらの河原をうろうろしてるとか、時間かけすぎ。今日、行こうよ。行ってみてダメそうなら、引き返せばいい。」

「……そうか。今日行って、ダメっぽかったら逃げてくる。お前、頭いいな。いつでも逃げれる準備だけととのえて、今日ダンジョンに潜ればいい。そうすれば、俺たちの目で見た生の情報が手に入るし、今後の計画も立てやすくなる!」

「そうだよ。ヤバくなったら、逃げればいい! 私たちの先祖のほ乳類だって、強敵から逃げ延びることで進化してきた。」

「ああ、真正面から闘うことだけが、進化じゃないさ。俺たちは今からダンジョンに行き、最悪ちょっと覗いてすぐに帰ってくるだけかもしれんが、それでもいい。今日できる最大限のことを、すぐにやるんだ。」

「やったー。お金、儲けよう!」

 こうして、俺たちは中級のダンジョンを偵察しに行くことになった。


 シムゲーム(ASR)は、現実を舞台としたバーチャル・リアリティ(VR)として設計されている。正確には、VRではなく擬似現実と呼ばシミュレーテッド・リアリティれる技術を用いた世界なのだが、この二つに本質的な差異はない。

 強いて言えば、VRはゲームを現実に近づけようとするのに対し、SR(擬似現実)は現実リアルをゲームに作り替え再構築しようとする。アプローチの方向は逆なのだが、とは言ってもゲームと現実リアルに別に違いというのはない。

 ところで、ダンジョンとは一体どこに行けばあるのか?

 近辺の住宅地にゲーム用のマップが不自然におかれてるのではなく、まったく別の異空間に新たな構成現実を用意し、現実リアルの世界に接続させているのだ。

 地球とは異なる再創造された異世界だが、そこに通底する物理の法則や分子構造などは現実と共通のものである。

 光の性質から物体の運動方程式まで、地球と同じ機構をメカニズムもつ。

 本来、どこでもドアみたいのが出現してそこを通り抜けて別セカイに移行しても、物理上の問題はない。しかし、ゲームの仕様としてそれはナシな光景のようで、どこか行き止まりになってる壁を通過してワープしてく必要があるのだ。

 それは、どこから行けるのか?

 また、どこにあるのか?

 何もふしぎな遠くのセカイに行くのではない。

 異世界も現実リアルも、人間の脳の中にあるものなのだ。

 パソコンの中にゲームをいくつも保存しておけるように、世界というのはただ隣り合って存在してる。ただし、異なるセカイが互いに混じり合うことは、日常においては決して起こらない。


 俺たちはまず、ケータイからシムゲーム・アプリのマイページ画面にアクセスして、攻略できそうな中級者向けのダンジョンを検索する。

 数多ある候補の中から、とりあえずそこまで難しくはなさそうな『ハロウィンゆうれい城』というのを選択してみる。

 ケータイの画面上に地図が表示され、別マップに接続するワープポイントが赤い丸で示される。

 地図を見ながら河原から住宅地へすすみ、大きい通りから少しせまい路地に塀に沿って入っていく。

 しばらく歩くと行き止まりに当たったので、そこで立ち塞がる壁にゆっくりと右手を押し込んでみる。

 俺の手は、コンクリートの平面の中へと沈んでいく。

「あれ、手が壁の中に入ってくよ? どうして!」

 隣で様子を見まもっていたエリカが、フシギそうに尋ねた。

「そもそも、物体が物体にぶつかるほうが、おかしいんだ。この世界のあらゆる物質はデータだからな。パソコンで描画ソフトなどを使ったことがあれば分かると思うが、図形と図形を同じ場所に重ねておいたりってことが、何も問題なくできるだろ。ゲームにしても、キャラクターが人や壁をすり抜けたりする現象が起こる。まるで幽霊が自由に壁を行き来できるように、現実のセカイだって同じことができても不思議はないんだ。」

「へえ~。現実はゲームやパソコンといっしょなのかあ。普通の人間よりも、幽霊のほうがほんとうは普通なんだね。ゲームでいう当たり判定みたいなのをわざわざ設けないと、壁とかをすり抜けちゃって私たちから見るとヘンに感じるのにね。」

「そういうことだな。プログラムで作られた世界ってのは、そう設計しなければ人間が壁や他の人間をすり抜けたりもしてしまう。」

「だとすると、幽霊の実体もまたデータなのかもしれないよね。肉体からさまざまな物質の性質を取り除いて自由にしてあげると、なんか幽霊みたいになるもの。」

「面白い着眼点だなあ。たしかに人の肉体は、幽霊をもっと不自由にした面倒くさいものにも思える。ものにぶつかるし、空をとべない、瞬間的にべつの場所に移動することもできない。その仮説だと、幽体離脱やポルターガイストなどの数々の霊現象も、うまく説明できそうな気がする。幽霊は死んだ人間の魂などではなく、肉体というデータの着物をぬぎ捨てたさらに高次のアバターなのだから。」

「肉体をもった人間のほうが縛られてて特殊な形態なのかも。これは、コペルニクス的転回だね。肉体に霊が生じたのではなく、霊が肉体に宿り動かしてる。主体は霊であって、肉体はその劣化版。そバージョンう考えるほうが、よっぽど科学的な発想と言えそうだわ。」

「地球が宇宙の中心にあると考えられてた時代があったように、最近までの我々も肉体をもつ人間こそが宇宙の頂点に君臨してると、端から疑ってかからないところはあったよな……。」

「本当は私たちのほうがマイナーな存在かもしれないのにね?」

「肉体をもたずに霊体で暮らしてる者のほうが多いかもしれないと……。その可能性はたしかに否定はできない。」

「幽霊は目に見えないから、いることを証明はできないけど、いないという根拠もないんだよね。」

 エリカもコンクリートの壁に手をつっ込むと、その中に白く細い腕が吸い込まれていった。

 俺らはそのまま壁をつっ切って、向こう側へとぬけ出た。

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