第5話 エラーと協力
「今のまま何も変えなければジリ貧になるのは目に見えてるけど、やっぱ普通に進学したほうが安全だから『お前は来るな。』ですか……。それで、キミは私がいなくても一人で生きていける力があるのかな?」
うぐぐっ。
精神をぐりぐりと抉られつつ、エリカの指摘に耳を傾ける。
ファーストフード店の一角で、俺たちは軽食を摂るついでに話し合っている。
口を動かしながらも、エリカはポテトを食べる手を止めない。
「だからと言って、俺の都合でお前をこの世界に引き止めるのもなんか違うだろ。現代はゲームをするだけで金を稼げる時代だが、本当にそれだけで生活していけるのなんてほんの一握りのトップ集団だけだ。その一部の人間だって、いつ収入が無くなるか分からない。リスクが、でかいだろ。」
「リスクがあるのはその通りだけど、それなら保険をかけとけばよくない?」
「保険とは?」
「他の収入源を持つための勉強をする。失敗しても、とりあえずは別の道で生きてられるように。」
「他の収入源か。お前の場合、その他の収入源を得るほうが見込みがあるから、そっちに行ったらどうだと俺は
「でも今は、生活のためにあくせく働いて安定な収入を得る時代じゃなくなったんでしょ? 物質的な安泰よりも、精神的な楽しさが主体の世界になったんじゃないの?」
「そうかもしれんが、お前は一般の社会でも普通にやっていけるんだから、そっちに行ってエリートコースを進んだほうが効率がいいだろ?」
「言ってることは理に適ってるけど、じゃあキミは勉強とかしないの? 効率がいいと思うんなら、キミも同じようにやればいいんじゃない?」
「お前の言ってることは、つねに理屈的には正しい。だが、俺はお前みたいに効率がいいわけじゃない。やっても大した結果につながらないことくらい、自分の頭でも理解はできるからな。」
「キミはいつも冷静で客観的な分析をするけど、たまに理解が浅い。この世界の原理がゲームなら、勉強はゲームの中にでてくるミニゲームってことじゃん。ただのゲームなら、攻略法を見つければできるはずでしょ? なんで、自分にはできないって思ってるの?」
「できないって言うか、やる気が起こらない。勉強はべつに、嫌いなわけじゃない。ただ、何の役に立つのか分からないからやる意義をあまり感じない。」
「何の役に立つか分からないのはゲームと一緒じゃん。ていうか、ゲームなんだから何の役に立つかじゃなくて、楽しまなくちゃ意味ないじゃん。今は、人間の心が中心の時代でしょ? 遊ばなきゃ、生きてる意味がないでしょ?」
「……勉強がゲームなら、お前はなおさらそのゲームを楽しめばいいんじゃないか? ゲームをやってて金になるんだから、こんなにコスパの高い遊びは他にないだろう。」
「それで、キミはやらないの? 金になるコスパの高いゲームって分かってるんなら、すぐに始めればいいのに。」
「まあ、ようするに俺は甘えてるんだろうな。面倒くさいことから逃げて、自分を守ってるんだろう。頭の悪いやつがやりそうなことだわな。」
「理解、浅いねえ。キミが勉強をやれないのは、頭が悪いからでも自分に甘えてるからでもないよ。
「……ものによるけど、基本の操作法くらいは読んでから始める。後は、面倒くさいからゲームを進めながら、その都度確認してくくらいだな。」
「そっかあ。私はねえ、最初にマニュアルを熟読する派なんだなあ。あ、これは料理もそうなんだけどね。ネットで作る料理のレシピを確認して、そこに書いてある通りにまずは作業してみるんだけど。それでも上手くいかないこともあるんだけど、何回かやっているうちにちゃんとできるようになるのよね。そうすると、楽しい。」
「……。」
「で、またいろんな料理を試してみたくなる。そうやって、早く上達していく。ゲームといっしょ。」
「なるほどね……。効率はいいと思うよ。だが、マニュアル通りに作れるってことは、マニュアルに書いてない料理は作れないってことになるんじゃないか?」
「どうして、そう思うの?」
「失敗しないから、かな。生物の進化だってそうだけど、遺伝子がたまたま間違いを起こして変化したりすることによって、その姿形を刷新してきたわけだろう? 進化の原動力は、
「言っとくけど、私なんてマニュアル通りにやったって、しょっちゅう失敗するから。そして、何度も言うけど、キミの理解は浅い。進化の原動力となる間違いとは、遺伝子の複製ミスによって起こるわけだけど、私の作った料理が『複製』ならその過程でしょっちゅう起こる
「たしかに、そうなるな。複製をしなければ、
「そうでしょ?」
「逆に、マニュアルを見ないで何かを作ることは、過去の技術を複製せずに一から手順を組み直すようなものだ。生物の進化で言えば、人間の複製を作ろうと思ったときに、遺伝子の配列を調べたりせずにミドリムシあたりから進化の過程をやり直すようなもの……。さすがにそれは、めちゃくちゃ効率が悪い。」
「生物の進化をくり返そうとしたら、四〇億年かかっちゃうからね。複製しないオリジナルを創るってことは、それくらい非効率なこと。画家のピカソの言葉に、『優れた芸術家は模倣し、偉大な芸術家は盗む。』というのがあるそうよ。芸術家も最初は他人をマネし、パクることから始める。その先に、自分のオリジナルが生まれたりする……。」
「つまりは、どんどん複製してみるほうがいい。その回数を増やしてくことが、進化につながる。」
「その通りだよ! 料理でも勉強でも、マニュアルを見ながらたくさんやれば、早くできるようになって楽しくなるよ。そのうち自信がついて、自分から学ぶようにもなるし、上達が早くなるよね。」
「そして、安定収入を得る意味で最もコスパが高い勉強ができれば、ゲームの世界で仮にダメになって無収入になっても、保険が利くな。合理的で、効率がいい生き方だ。」
「そう思うんなら、勉強もしないと。私にできることは、キミにもできるはずだから。勉強はやれば、誰でもできるんだから!」
「そうだな。勉強は、特別に必要とされる才能もとくにない。頭が良いほうが有利にも思われるが、べつに偉大な科学理論や新しい技術を発見しなけりゃならないわけでもないんだ。本来、やった分だけできるはずのものだ。」
「そう。やった分だけできるんだから、たくさんやったほうが得なんだよ。でも、私たちの時間は限られてるから、結局は効率を上げるしかない。だから、スピードが大事。」
「なるほど。ゲームも勉強も同じってわけだ。いや、この世界がゲームであるように、勉強もまた
「そうだよ。高ポイントを獲れば、保険になる。勉強とゲームを両立させて、安全にビジネスをすることも決して不可能じゃない。でも、そのためには効率のほかに、何か大事なものがあるとは思わない?」
「……。ああ、協力か? チームワークを大事にしようって、言いたいわけか?」
「そういうこと! 私がキミに勉強のやり方とかを教えるから、キミは私をゲームのことで全面的に助ける。お互いが足りない部分を補い合う。この激動の時代に、私は安定を用意し、キミは変化を導く。私たちで、新たなセカイを切り拓いていく!」
「ふむ。お前の言ってることは、いつも目的を達するための最短かつ堅実なルートを示している。俺も、勉学をがんばってみることにするよ。そして、その上でゲームで頂点を目指す! 長時間プレイをした者が勝つゲームなんて、時代遅れだ。普段の生活と両立しながらでも、ゲームで上に行く道は必ずあるはずだ。」
「その意気だよ! じゃあ、さっそく英単語のテストをしようか。ちゃんと、覚えてきたんだよね?」
「もちろんだ。俺も一応ゲーマーだからな、こんな初級ゲームでいきなり敗北するわけにはいかない。」
「ようし、今からいつもの河原へ。そこで、実力テストを開始するっ。」
「……?」
俺はてっきり、このファーストフードの店内でペーパーテストでも始めるのかと思ってたが、エリカによると「そんな時間はもったいない。」とのことで……。
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