Chapter.5

〝ネクスト〟

第1話 止まるなよ

強化ブーステッド』の街は光に満ちていた。恐怖すら感じるほどの光。闇が存在することを許さない光。どこにも隠れようはないし、どこにも逃れようのない光。だから、光輝こうきは隠れながら目的地を目指すことはしなかった。堂々と、『強化』の街中を歩いたのだ。

『強化』の街中で、『crus.クルス』であることを示す白いコートを纏うものはいない。例えそれがコスプレの類いの何かだったとしても、それだけは避ける。それがトーキョーの上層街では暗黙の了解となっていた。

 これは、裏を返せば、そんな格好をしているものがもしいれば、殺されても仕方がないし、『強化』の道行く誰もが殺そうと襲いかかって来る、ということである。

 光輝は当然、全てを理解していた。街全体が敵として立ちはだかる。それでも構わなかった。これで全て終わるなら、最も短く、近い道を選ぶべきだ。そう考えてのことだった。

 だが、奇妙なことに、光輝を殺そうと襲ってきた『強化』の数は、片手で数えるほどしかいなかった。街に人がいないわけではない。殆んどの『強化』が光輝を見ても目を背けた。どうすべきなのかを決めかねて、飛び出そうとして止めるものあった。それどころか、ある通りでは『強化』の犯罪組織同士の抗争が起こっていて、激しい戦闘が行われていた。繁華街とおぼしき通りに面した飲食店には火が付けられ、猛り狂う炎の中で『強化』たちが思い思いの武器を手に殺し合いに興じていた。その横を通り抜けるとき、幾人かが光輝の方を見たがそれだけで、すぐに戦闘に戻って行った。


「……ラジーとミネルヴァの組織ね。この辺りは縄張り争いが以前から激しかった」


 一歩後ろから聞こえた声に、光輝は振り返ることなく頷く。背中についてくるアスカは光輝とは対象的に黒一色にその身を包んでいる。光が強すぎるあまり、影すらも存在しない『強化』の街では、その姿は光輝の白いシルエットよりも目立っている。


「あっちにいたのは、知らない武装組織だった。『七同盟』の下部組織か、全くの新興勢力か」


 街の熱が、吹き零れようとしている。

 アスカの言葉がなくても、それは感じられる。例えば『七同盟』という独楽が回り続けることで、バランスを保ってきたのがこの犯罪都市トーキョーだ。いまや『七同盟』はシン・フェルナスとシルヴィオ・ネスタの二人を残すだけとなり、実質的に二柱のような存在となっていたミネルヴァ・ハルクとカラエフ・ストラエフの死が、この街のたがを外してしまった。たった一夜にして伝わった二人の頭目の死によって、『七同盟』という独楽は大きく揺れて落ちる寸前だった。


「……だが、ここからは違う」


 言って光輝は足を止めた。目の前には一直線の道がある。差し渡し十メートルはある通りは、両脇を高いビルに囲まれながら、それでも影を落とすことなく光に照らされている。その先に目をやれば、必然と視線は真上に持っていかざるを得なくなる。通りの終わりに聳えるのは、雲を貫く巨大なビルだった。そのシルエットはどこか『crus.』たちの、在りし日のあの〝塔〟の姿に似ていた。意識されたものなのか、それともビルというもののシルエットが全てそうなのか、光輝にはわからかった。ただ、この最上階にいるはずの男の気配を求めて、夜の闇の向こうに消えている超高層ビルの尖端を見上げた。いかに〝ネクスト〟と言えども、その姿はもちろん、気配も捉えることはできない。

 だが、いる。待っている。光輝は闇を見据えた瞳でその感覚を確かにした。

 ちょうどその時だった。旧世界の寺社や仏閣、はたまた教会といった、信仰の対象へと誘う道のようにひたすら広い道でありながら、植栽も何もない、ひどく無機質な通りに、両脇のビルから武装した『強化』がまろび出た。その数はざっと見ただけでも両手では数えきれず、長い道の先まで含めれば、百にも手が届く数のように見えた。銃火器で武装した『強化』はその銃口を油断なく光輝に向ける。剣や槍などの近接格闘武器で武装した『強化』は各々に飛び出す瞬間を伺っていた。

 目的地に辿り着くのは絶望的に見える。光輝はホルスターの大型拳銃に手を伸ばしかけて、止めた。


「コウ兄……」

「アスカ、いいか」


 光輝はだらりと下げた両腕を一度振る。余計な力の強張りをそれで緩和する。


「……止まるなよ。絶対に」


 言い切る前に、光輝は地面を蹴った。その動きは、アスカには見えたはずだ。一部の『強化』にも見ることはできたかもしれない。しかし、少なくとも光輝が最初に飛び掛かった『強化』の眼球型センサーは、光輝の、〝ネクスト〟の速さに対応できていなかった。

 自動小銃を構えていた男性型の『強化』は、突然目の前に現れた光輝の姿に、一拍遅れた動揺を見せた。そのときには、光輝の左手が『強化』の自動小銃を取り押さえている。強く引くと、釣られて引っ張られた男が前のめりに倒れる。その一瞬、光輝は男の左脇下に下げたホルスターから、拳銃を抜き取った。躊躇ない光輝の動作は男に再度動揺する暇を与えなかった。拳銃の安全装置セーフティを外すと男の後頭部に照準し、引き金を引いた。光輝の予想通り、『強化』の銃からは『強化』のボディも打ち砕ける重さ、口径、設計の弾丸が飛び出し、男の頭を破壊した。

 倒れる男から奪い取った小銃を腰だめに抱え、扇状に乱射する。そのときには漸く反抗に出ようとしていた『強化』の出鼻を、光輝の銃弾が砕いた。その場に転がる『強化』を踏み越える時、ひとりひとりの頭を油断なく撃ち壊し、光輝は猪突する。シンの配下であろう『強化』兵士と肉薄すると、組み合い、相手の銃を奪い取っては自身の武器に変える。無数の種類の銃を、光輝は使い分け、一瞬のうちに使いこなした。かつて〝ガンスリンガー〟と呼ばれた由縁だった。

 衝撃は、突然訪れた。正面から右肩に加わった力は、殴り付けられたようだが、光輝の目の前には誰もいなかった。強い衝撃に弾かれたが、光輝は右足を地面に打ち付けて、退きそうになる身体を止めた。

 右肩を見ると、白いコートに弾痕がくっきりと残っている。『クロス』の防弾性能を突破できなかった弾丸が足元に落ちていた。

 狙撃か、と光輝は判断して、右肩を撃った弾丸の侵入角度から狙撃ポイントを割り出す。遠くに視線をやると、〝ネクスト〟の超感覚がビルの一室から覗くスナイパーライフルの筒先を見つける。

 光輝は奪い取った拳銃を、その筒先に向けた。拳銃の有効射程距離ではないが、弾丸が直進するものであり、風や湿度の計算が機械マシーンよりも正確に、感覚として理解することのできる〝ネクスト〟の力を持ってすれば、ハンドガンでも撃ち返して有効打を与えることのできる距離だった。

 だが、狙撃者の『強化』もかなりの手練れだったのだろう。光輝にマーキングされても動揺することはなく、すぐさま二射目を放った。光輝の目に、筒先で閃くマズルフラッシュが見えた次の瞬間、その視界が漆黒に覆われた。何も見えない、見透すことのできない、闇。光輝は口元に笑みを刻んだ。

 乾いた音が響くと、光輝の視界がクリアになる。光輝と狙撃者の間に割って入った闇が、二射目の弾丸を弾いて落とすと、その武器を光輝の周囲に迫っていた別の『強化』たちに向けて振るった。五人の『強化』が一瞬にして撫で斬りにされ、首が飛ぶ。耶麻人やまとと同じ刀型の高周波ブレードは、その切れ味も変わらない。濃淡すらない闇を身に纏うアスカは、光輝に言われた通り、一瞬たりとも立ち止まることなく、『強化』の群れに飛び込んでいく。

 光輝はその背中を見ながら、手にした拳銃の引き金を引いた。ポイントしたところまでで、狙撃の瞬間は見ることもなく、着弾までを見守ることもなく、それでも放たれた弾丸は光輝を狙撃したスナイパーライフルの筒先を破壊し、それを構えていた『強化』の頭蓋を破壊した。

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