Chapter.4
〝戦争〟
第1話 十五年前
『
行き場の失くし方は様々だったが、根元では一致していた。『強化』の強引な支配、力による蹂躙を前に、親兄弟、親族全てを失い、路頭に迷った子どもたち。どういうわけか、彼らは皆、この打ち捨てられた瓦礫の〝塔〟を拠り所として集まり、身を寄せあって暮らすしていた。そうする他に、生きる術がなかった。当時、この地に政府を築いていた国は、まさしく風前の灯であり、そんな最下層の子どもたちに救いの手を差し出すものはいなかった。子どもたちは誰に説明されたわけではなかったが、ひとりひとりがそのことをはっきりと、自らの肌身で理解していた。
光輝が最初に思い出すのは、この〝塔〟の最上階から見た夕焼けだ。〝ネクスト〟として生まれ落ちたのがその瞬間なのか、それとももっと前から活動はしていたが、それ以前の記憶が存在しないのか。プロフェッサー・グレイが死んだいまとなっては、おそらく誰にもわからないことだ。今日の夕陽は、あの始まりの夕焼けによく似ているような気がした。赤々と燃える、光。
光輝は沈み行く夕陽を、ガラスの割れた窓枠から眺めた。幾筋か、最後の光を振り絞るように伸ばし、夕陽は機械の地平の向こうへ消えていこうとしていた。もうすぐ、夜が来る。機械の街には存在しない、夜が。それでも、この〝塔〟に夜は来る。それはまるで、在りし日の安らぎをもたらすように。
薄紫のベールを被ったような闇が、ゆっくりと広がっていく。光輝は窓枠から外を眺めるのを止め、部屋の中に視線を移した。
部屋と言っても、そこは廃屋だ。違法改築と増築、改造によって肥大、巨大化した〝塔〟の迷路の中にある一室。かつては誰かが暮らしたであろう痕跡があったが、それで十五年という時の流れを偲ぶことはできても、止めることは不可能だった。荒れ果て、崩れ落ちた家財道具の中に、かろうじて形を保っていた革張りのソファを見つけ、光輝はアスカを横にした。黒い衣服の胸が、僅かに上下していることを確認する。大丈夫だ。息はある。
光輝は闇に沈んだ部屋の床に座り込んだ。アスカの眠るソファに寄り掛かり、天井を仰ぐような姿勢で周囲を見渡した。この部屋に入り込んだのは、偶然でしかない。〝塔〟の迷路に地図はなく、普段生活に使う道以外には、覚えることも困難な有り様だった。そうした建物の構造も、彼らがこの〝塔〟を反抗拠点に選んだ理由だった。
行き場を失くし、打ち捨てられた子どもたち。その立場が変わる契機は、唐突に訪れた。この〝塔〟に逃げ込んできた大人たちがいた。彼らは風前の灯であるこの地の上流階級の人間たちであり、プロフェッサー・グレイとその研究を知る人間たちだった。自ら『強化』になり損ねた金持ちたち。宗教か、信条か、信念か、それはわからなかったが、とにかく金と権力があったのに、『強化』の時流に乗り遅れ、淘汰されるのを待つだけになった、この国最後の『政府』であった。
『強化』の圧倒的武力を前に、彼らは最後の反抗手段として、プロフェッサー・グレイの存在を思い出したのだ。その研究は、公には凍結されていたが、その研究成果をここで利用しようと考えた。そして、この〝塔〟へやって来た。彼らが光輝を、そして耶麻人を見たときの顔を、光輝はよく覚えている。これで自分たちの、かつての栄光を取り戻すことができる。そういう顔だった。決して、誰ひとりとして、この建物に流れ着いた子どもたちに救いの手を差し伸べることができる、とは口にしなかったし、顔にも出ていなかった。人間というものは、どうやらそういうものらしい、と光輝は学んだ。
ここの子どもたちが『強化』との闘争を求めていたか、戦い、『強化』を討ち滅ぼし、親兄弟の仇を取り、在るべきだった未来を取り戻すことに興味があったか、といえば、答えはノーである。『政府』の連中は声高に『強化』との闘争を叫び、復讐を誓い、かつての生活を取り戻すことを目標としたが、そんなことはここの子どもたちには、もはやどうでもいいことであった。あのタクヤのような
〝ネクスト〟として、それを俯瞰で眺めながら、光輝は日々を生きていた。プロフェッサー・グレイからの依頼で、『政府』の人間たちを護衛したり、『強化』が〝塔〟に現れ、子どもたちから略奪をしようとすれば、これを追い返したりしていた。
事態が〝戦争〟と呼ばれるほど大きくなったのは、〝塔〟に逃げ込んできた『政府』を完全に打倒しようと、ミネルヴァ・ハルクが部下を引き連れて現れた、あの日のことだった。
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