第8話 精神感応
「十五年は、おれたち『
カラエフは瓦礫の裏に隠れたコーキに向けて言葉を紡ぐ。同時にコーキの隠れた瓦礫の大きさを『強化』された目で計測すると、それとほぼ同程度の大きさの、人の身の丈の二倍以上はある別の瓦礫を『
その直前、コーキが瓦礫から飛び出したのを確認したカラエフは、すぐさま『絶対防壁』の効果範囲を広める。たったいま砕け散った瓦礫ひとつひとつが、電気的な影響を受けて浮かび上がると、コーキの気配を追って、短機関銃の弾丸さながら、撃ち出された。
コーキが次に隠れた瓦礫が無数の石片に撃たれ、冗談のように磨り減り、砕けると、コーキがその陰から飛び出して、銃撃を返して来る。
予想外の反撃だったが、カラエフは眉ひとつ動かすことなく、冷静に対処する。片手の『絶対防壁』の力を自身の周囲にのみ発生させる。攻撃に使っていた瓦礫は半分になるが、自身にはあらゆる全ての事象が届かない障壁ができあがる。相手は〝ネクスト〟ハイタニコーキ。〝魔弾の
カラエフの予想通り、コーキは自分に向かって迫る砕石に、短機関銃モードにシフトした大型拳銃デザートイーグル〝テンペスト〟を向け、引き金を引いた。カラエフの操る砕石がさらに砕け始める。コーキは全ての砕石を視認して、自身に近いものから確実にひとつひとつ、撃ち落としているのだ。それだけではない。自身への着弾にコンマ数秒の余裕があれば、その刹那の間だけは照準をこちらに向けて、撃ってくる。攻防一体の、『強化』にも、まして『非強化』になぞ決してできない芸当を、さらりとこなす。その能力は十五年前よりもさらに進化しているようだった。
カラエフの目前まで〝テンペスト〟の五十口径弾が迫り、その全てを『絶対防壁』が弾き返す。コーキの舌打ちが聞こえたが、それはこちらも同じだった。砕石は全て撃ち落とされていた。
「いまさら、なぜ裏切る? なぜおれたちとの盟約を捨てられる? このおれとの絆を絶てる!」
カラエフが吠えた時、一発の弾丸がカラエフの頬を擦過した。短機関銃モードとは逆の手に握った〝テンペスト〟を構えて立ったコーキが、こちらを見ていた。
「盟約? 絆だと?」
射撃音としてはあまりにも大きすぎる音を立てて、次の弾丸が放たれる。カラエフは、今度は両手の『絶対防壁』を自身の周囲に張り巡らせた。その電気的防壁を、コーキの弾丸が撃ち破る。一層目を破り、二層目で止まる。もし両手の力を使っていなければ、いま、目の前で宙に浮いている弾丸は、間違いなく自分の額を撃ち抜いていただろう。カラエフは奥歯を噛み締める。
「そういうのは、『強化』同士でやるんだな。少なくとも、おれは願い下げだ」
「なぜだ? 死者に殉じて何になる? お前が望もうと、望むまいと、おれたちの絆が、この十五年を守ってきたのだろうが!」
「それで貴様らの行いが帳消しになると? 友になれると? 友ってのは、そういうもんじゃない。」
三発目の弾丸が放たれる。その弾丸は、やはり一層目を破り、二層目で止まって、宙に浮いたままの、二発目の弾丸を、寸分違わぬ正確な射撃で撃ち抜いた。
しまった、と思った時には遅かった。強い閃光を発して、弾丸と弾丸が弾け、爆発する。カラエフの眼前で起こった爆発は、危害こそ加えないものの、一時的に視界を奪った。
すぐさまカラエフは『絶対防壁』の出力を最大に発揮する。案の定、そこに短機関銃から放たれる無数の弾丸が殺到した。視力機能が復旧すると、その場にコーキの姿はなかった。
「友だちが作りたければ、他所でやってくれ。おれはお前を殺す。この場でな」
「お前におれの防壁は破れん。この絆もな、コーキ!」
事実、危ないシーンもあったが、基本的には銃弾という種類の攻撃は、カラエフには届かない。それはどんな口径の、どんな威力を持ったものでも同じである。最大出力で展開される電気的障壁に対して影響を受けない物体はない。どんなベクトルでもその力に干渉し、歪め、押し止める。無理に攻撃に転じる必要はないのだ。あちらが弾切れになるまで撃たせればいい。全てを弾き切った後に、もう一度、降参させればいいのだ。
どん、という大きな音と共に、土煙が立ち上がる。カラエフはそちらを見た。コーキが隠れている場所ではないが、そのすぐ近く。どうやら戦いながら気づかぬうちに、ミネルヴァと三人目の〝ネクスト〟が戦う場に近づいていたようだ。同時にカラエフの『絶対防壁』が発する電磁波が、高速で微震動する空気を捉えた。張り巡らされた『絶対防壁』の電磁波には、ソナーのような役割もこなすことができる。この震幅の速さには覚えがある。ミネルヴァのものだ。そしてそれはあの男、ソードダンサーと呼ばれた〝ネクスト〟
ミネルヴァの脚に高周波ブレードと同じ『強化』が施され、破壊力が格段に上昇していることは知っていたし、それがミネルヴァの奥の手であることも理解していた。それを出した、ということは、あの三人目がそれ相応の実力者であったことを示す。だが、こうなってしまえば、ミネルヴァの勝ちだ、とカラエフは踏んだ。三人目の〝ネクスト〟は、確かに〝ネクスト〟だが、幼すぎた。生物としても〝ネクスト〟という超越者としても。その一点において、戦闘という武力的交渉をミネルヴァとこなすには、荷が重い。ミネルヴァ・ハルクという女は、あの戦闘狂は、そういう女だ。
再び、どん、という大きな音。巨大な瓦礫群の一列向こうまで、ミネルヴァたちの戦闘は迫っていた。と、コーキが動く。瓦礫の陰から飛び出した動きを『絶対防壁』が察知する。だが、こちらには向かってこなかった。常人では不可能な跳躍力で、背後に横たわる瓦礫の壁を飛び越えた。
まさかこの期に及んで、自分の心配よりも三人目の心配をしたのか。ミネルヴァの猛攻から、三人目を守ろうと言うのか。カラエフには到底信じることのできない行動だったが、とにかくコーキとの距離を詰める。革靴の底が地を蹴り、『絶対防壁』の電磁波がカラエフの跳躍力を
そこでカラエフが目にしたものは、二人の〝ネクスト〟が背中合わせに立つ姿だった。カラエフとは真逆の位置にミネルヴァの姿が見え、たったいま着地したのであろうコーキが、三人目の〝ネクスト〟の背後に、背を向ける形で立っていた。カラエフは目を見開く。ひと呑みだ。そう思った。二人の敵が隣接しているのであれば、『絶対防壁』を彼らの周囲に発生させ、張り巡らせることで、まるごと電磁波の壁に呑み込んで、この戦いを終わらせることができる。
「終わりだ、コーキ!」
カラエフが空中で両手を二人の〝ネクスト〟に向ける。これでいい。これでおれたちの絆は保たれる。争いは起こらず、おれたちもまだ友でいられる。カラエフは目を閉じ、恍惚とも感じる高揚感を味わった。こんな感情は、いったい何十年ぶりだろうか。未来永劫、味わうことはない、と思っていた、充足する感情。
「〝ネクスト〟おぉぉぉ!」
ミネルヴァの絶叫が木霊する。下がっていろ、ミネルヴァ。ここはおれの力で終わらせる。そう思って、それを行動で示そうとして、カラエフは両手首の装置を最大出力に振り切り、目を開いた。
その瞬間、何が起こったのか、カラエフには理解できなかった。
二人の敵は、ごく自然な動きで、背中合わせのまま各々一歩、退くことで、その場で立ち位置を入れ換えた。三人目に蹴撃を見舞おうと飛び込んで来たミネルヴァの正面にコーキが立ち、一瞬にしてその距離を詰めると、最小限の動きでミネルヴァのミドルキックの直線上から外れる。そして、あの大型拳銃を、まるで殴り付けるように突き出した。既に脚に体重を乗せ、蹴り出していたミネルヴァに、それを避けることは不可能だった。狂暴で獰猛な獣の唸りを思わせる銃声が響いた時には、ミネルヴァの頭の半分が吹き飛んだ。血と機械油が入り交じった体液が、水風船を割ったかのように飛び散ったが、それを目にしたカラエフが何かを言葉にする余裕はなかった。既にカラエフの目の前には、刀の切っ先が迫っていたからだ。
地を蹴り、跳躍した三人目の〝ネクスト〟は、刀を突き出す形でカラエフ目掛けて飛来した。『絶対防壁』を解き、既に自由落下の中にあったカラエフは、慌てて『絶対防壁』を自身の周囲に張り巡らせようとしたが、間に合わなかった。どん、という鈍い衝撃が右の胸にあり、高周波ブレードの鋼鉄が突き刺さったのを感じた時には、〝ネクスト〟が切り上げた刃によって、胸から首までを斜めに切り裂かれた。刃は背中まで突き通っていたらしく、機械脊髄を破壊された身体が、感覚を失っていく。手も足も、あるのかどうかとわからなくなり、ただ、妙に覚めた頭だけで、カラエフは地面に叩き付けられた。
予め相談する時間はなかった。背中合わせに立ったあの一瞬だとしても、相談する暇は、やはりなかっただろう。だとしたら、いったいあの二人は、どうやって……
まだ頭部の痛覚は生きているはずだったが、落下の衝撃はほとんど感じなかった。それゆえカラエフは、高所から落ちたにもかかわらず、ただ、考えていた。あの二人の行動。一瞬で、互いの敵をシフトした、あの行動。
三人目の〝ネクスト〟は、自身の得物と同じ武器を持つミネルヴァを前に、苦戦したはずだ。奴の刀には斬れない脚。それが、ミネルヴァという戦闘強者に振るわれれば、あの〝ネクスト〟に勝ち目はない。反面、コーキはこの『絶対防壁』の前に手詰まりになっていた。何千発の弾丸を撃ち込まれても、防ぎきる自信はあった。
だが、互いの敵を入れ換えればどうだ。ミネルヴァにコーキの正確無比の銃撃を防ぐ術はなく、自分も対象をスイッチされた一瞬、完全な無防備になった。その結果がこれだ。
だが、結果がわかったとしても、あの二人はそれをどうやって意思疎通したのか。二人が接触したのは、どう考えてもあの背中合わせの一瞬のみ。〝ネクスト〟には〝ネクスト〟だけの、
カラエフの耳に、歩み寄る革靴の足音が聞こえた。どうにかまだ機能する右目だけを動かすと、白いコートの裾に見え隠れするブーツの足が近づいていた。
「……これが、絆だとでもいうのか、コーキ……」
カラエフが呟いた言葉に答えたのは、大型拳銃の銃声だった。
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