第6話〝ガンスリンガー〟vs『絶対防壁』

「この場を退いてもらいないか、ミネルヴァ」


 ミネルヴァという『強化ブーステッド』の性格を考えれば、それが不可能なことはわかっていた。それでも光輝が言葉にしたのは、ミネルヴァの冷静である部分に訴えかけるためだ。〝ネクスト〟を同時に二人、相手にしなければならない状況は、ミネルヴァとて避けたいはずだった。


「退いてくれれば、この場はおれが片付ける。すべて終われば、クロスもお前に提出しよう。それで……」

「……それでこの場を見逃せ、ってのかい? あんた、相変わらずあたしらをバカにしてるようだねえ。」


 言ったミネルヴァが、手近の瓦礫を蹴りつけた。赤いヒールという、およそ格闘戦には不向きな足先が、人の身の丈の三倍以上はあるだろう瓦礫に突き刺さり、瞬間、瓦礫は爆発した。


「自分の身分をわきまえることだね、十五年前とは違うんだよ!」


 怒りに震えるミネルヴァの目が、赤い光を放ったように見えた。


「条約違反だ。あんたも、三人目も、この場であたしが殺してやるよ!」

「そうだな。残念だが、仕方がない。」


 落ち着いた男の声は、光輝の背後から聞こえた。光輝は素早く跳躍して、別の瓦礫の上へ移動した。その直後、光輝のいた瓦礫の上半分が、丸く、抉り取られるように

 光輝は舌打ちをした。音もなく瓦礫を霧散させたあの形状には、覚えがある。


「カラエフか!?」

「手を貸す、わけではないが、ミネルヴァ、コーキのことはおれに任せて貰おう。監視者のおれに。」


 夕焼けに延びる長い影が見え、その先に声の主は立っていた。鋭角なサングラス。幽鬼を連想させる白い肌。頭髪を一本も持たないのは、その方が手間がない、という本人の意思による強化の一端だ。利便性と合理主義の化身である痩身の男は、ストライプブラックのスーツの上着のボタンを外しながら歩み寄ってくる。


「あんたがコーキの監視者だったのかい。」

「そうだ。ここはおれにやらせろ、ミネルヴァ。」


 上着を脱ぎ捨て、ジレを纏った細身は、ずれたサングラスを直した。ミネルヴァが笑うように息を吐く。


「あんたが本気になってんのを、久しぶりに見たねえ。」

「監視者としての勤めだ。ここは、いいんだな?」


 七同盟の一人、カラエフ・ストラエフが念を押す。ミネルヴァは、今度は本当に鼻で笑って、その場から跳躍した。脚の能力を全解放したであろう跳躍で、ミネルヴァの身体は一瞬にして高々と中空に舞った。

 ミネルヴァがそのままこの場を退くはずはなかった。一人の〝ネクスト〟を自分と同等かそれ以上の実力を持つ男に預けたことで、ミネルヴァは当初の目的である三人目の〝ネクスト〟を追い詰めることに専念するはずだ。

 そうはさせまいと、光輝は手にした二挺の大型拳銃、デザートイーグル〝テンペスト〟を振り上げ、宙を舞うミネルヴァの赤いドレスに狙いを定めると、すぐさま発砲した。が、弾丸がミネルヴァを捉えることはなかった。打ち出された瞬間に、


「懐かしい姿だな、コーキ。」


 視線をやると、カラエフはワイシャツの袖のカフスボタンを外し、投げ捨てたところだった。七分ほど袖を捲り上げると、手首を気にするように、交互に手で握る。


「そのクロスを、もう一度見ることになるとは思わなかった。」


 光輝は無言のまま、〝テンペスト〟の銃口をカラエフに向ける。手首を気にする仕草は、彼が戦闘体勢に入った証であることを知っていたからだ。


「約束は、守られてきた。十五年だ。おれやお前、『強化』や〝ネクスト〟にとっては、大した時間ではない。だが、『非強化アンブーステッド』にとっては、意味のある、価値のある時間だったはずだ。それが、こんな形で破られる。残念でならない。」


 言葉の終わりに、カラエフが右手を振り上げた。光輝はその気配を察して、一瞬前に、元いた瓦礫の上から身を踊らせた。そうでなければ、刹那前まで立っていた巨石の崩壊に、一緒くたに飲み込まれていたはずだ。

 光輝は着地ざまに〝テンペスト〟を一射する。二発の五十口径弾の牙がカラエフに向かうが、途中、直進しかしないはずの弾丸が、何かに弾かれるようにして曲がり、カラエフの両脇にある瓦礫の突き刺さった。

 わかっていた結果だっただけに、光輝の感情は動かなかった。すぐさま次の瓦礫の影に身を潜める。


「お前の弾丸は、当たらない。それは知っているはずだ。」


 カラエフの能力。それを突き崩すのは、一人では難しい。十五年前の〝戦争〟のときもそうだった。


「お前とおれの相性は、最悪だ。」

「わかってるじゃないか。」


 応えながら、光輝は瓦礫から飛び出すと、左に持った〝テンペスト〟を連射した。歩いてカラエフとの距離を詰めながら、弾丸を全て吐き出すまで、光輝は引き金を引き続けた。それでも弾丸は、先刻と同じく、見えない何かに弾かれて、カラエフへは届かない。


「無駄なことはしない主義だっただろう、コーキ。」

「そうだな。」


 薬室の最後の弾丸が射出され、〝テンペスト〟のスライドが下がりきる。光輝はその〝テンペスト〟を握る手で、自分の白いコートを跳ね上げるように開いた。

〝ネクスト〟専用戦闘装束、それも〝ガンスリンガー〟と呼ばれた光輝に合わせて作られた『クロス』の内側から、長いくだ状のものが飛び出すと、それはまるで意思を持つもののように、光輝の左手、スライドの下がりきった〝テンペスト〟のグリップに絡み付く。途端、〝テンペスト〟のスライドが戻った。

 光輝がカラエフに照準し、引き金を引くと、〝テンペスト〟は連続してその牙を吐き出し始めた。初めの数発は先ほどと同じ様に弾かれ、あらぬ方向へと飛んだが、その名の通りのテンペストがカラエフへと向かい続けると、やがてその弾丸の軌道は真っ直ぐにカラエフへと向かうようになった。

 カラエフがその場を退く。瓦礫の影に逃れると、光輝は引き金から指をセーフティに置いた。


「短機関銃へのモードシフトか。まったく、相性は最悪だな。」


 カラエフの姿は見えない。瓦礫の原に声だけが響く。光輝は油断なく『鎧』から伸びた管に接続された〝テンペスト〟を構えた。


「お前の『絶対防壁イージス』の手の内はわかってる。……退いてはもらえないか、カラエフ。」


絶対防壁イージス』。カラエフの両腕にインプラントされた、その名の通り、防衛目的である兵器だ。その兵器の効果で、彼の両腕は常に微弱な電気を発していて、その力を引き出すと、あらゆるものを寄せ付けない電磁的障壁を周囲に作り出す。『絶対防壁イージス』という兵器の、活用の主眼はその一点であるが、カラエフにあっては、その限りではない。


「手の内はわかっている? それはいつの話だ?」

 

 カラエフの声が瓦礫に反響する。次の瞬間、変化は起こった。

 まず、光輝の目の前にあった小さな石の固まりが動いた。次いで道の両脇に屹立した人の背丈ほどの瓦礫が揺れ始め、ついに浮き上がった。

 光輝が慌ててその場から飛び退くのと、大小様々な瓦礫が光輝目掛けて殺到したのは、ほとんど同時だった。常人を遥かに越える跳躍で宙に舞った光輝が、自分のいた場所を見下ろすと、もうもうと立ち込める土埃の中に、塵ひとつ近付けずにこちらを見上げるカラエフの姿があった。

 電磁的障壁を自身の周囲だけでなく、広範囲に張り巡らすことのできるカラエフは、その力を使って、動かずして周囲のものを動かし、武器に変える。重さも形も関係ない。まさにカラエフそのもののようなインプラントウェポンだった。

 しかし、と光輝は崩れた瓦礫を眺める。それがいまの『絶対防壁イージス』の効力範囲ということになるが、その広さは明らかに十五年前のものとは異なる。


「十五年前の認識であれば、それは改めるべきだ、コーキ。おれの『絶対防壁イージス』はあれから三世代進んでいる」


 光輝は着地すると、再び銃口をカラエフに向けた。カラエフはゆっくり歩み寄ってくる。右手の掌を広げて、光輝に向ける。


「さあ、やるか。油断なく。」


 言ったカラエフが次の行動を取る前に、光輝が〝テンペスト〟が再び咆哮する。

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