第6話〝ガンスリンガー〟vs『絶対防壁』
「この場を退いてもらいないか、ミネルヴァ」
ミネルヴァという『
「退いてくれれば、この場はおれが片付ける。すべて終われば、
「……それでこの場を見逃せ、ってのかい? あんた、相変わらずあたしらをバカにしてるようだねえ。」
言ったミネルヴァが、手近の瓦礫を蹴りつけた。赤いヒールという、およそ格闘戦には不向きな足先が、人の身の丈の三倍以上はあるだろう瓦礫に突き刺さり、瞬間、瓦礫は爆発した。
「自分の身分を
怒りに震えるミネルヴァの目が、赤い光を放ったように見えた。
「条約違反だ。あんたも、三人目も、この場であたしが殺してやるよ!」
「そうだな。残念だが、仕方がない。」
落ち着いた男の声は、光輝の背後から聞こえた。光輝は素早く跳躍して、別の瓦礫の上へ移動した。その直後、光輝のいた瓦礫の上半分が、丸く、抉り取られるようになくなった。
光輝は舌打ちをした。音もなく瓦礫を霧散させたあの形状には、覚えがある。
「カラエフか!?」
「手を貸す、わけではないが、ミネルヴァ、コーキのことはおれに任せて貰おう。監視者のおれに。」
夕焼けに延びる長い影が見え、その先に声の主は立っていた。鋭角なサングラス。幽鬼を連想させる白い肌。頭髪を一本も持たないのは、その方が手間がない、という本人の意思による強化の一端だ。利便性と合理主義の化身である痩身の男は、ストライプブラックのスーツの上着のボタンを外しながら歩み寄ってくる。
「あんたがコーキの監視者だったのかい。」
「そうだ。ここはおれにやらせろ、ミネルヴァ。」
上着を脱ぎ捨て、ジレを纏った細身は、ずれたサングラスを直した。ミネルヴァが笑うように息を吐く。
「あんたが本気になってんのを、久しぶりに見たねえ。」
「監視者としての勤めだ。ここは、いいんだな?」
七同盟の一人、カラエフ・ストラエフが念を押す。ミネルヴァは、今度は本当に鼻で笑って、その場から跳躍した。脚の能力を全解放したであろう跳躍で、ミネルヴァの身体は一瞬にして高々と中空に舞った。
ミネルヴァがそのままこの場を退くはずはなかった。一人の〝ネクスト〟を自分と同等かそれ以上の実力を持つ男に預けたことで、ミネルヴァは当初の目的である三人目の〝ネクスト〟を追い詰めることに専念するはずだ。
そうはさせまいと、光輝は手にした二挺の大型拳銃、デザートイーグル〝テンペスト〟を振り上げ、宙を舞うミネルヴァの赤いドレスに狙いを定めると、すぐさま発砲した。が、弾丸がミネルヴァを捉えることはなかった。打ち出された瞬間に、見えない壁によって叩き落とされたからだ。
「懐かしい姿だな、コーキ。」
視線をやると、カラエフはワイシャツの袖のカフスボタンを外し、投げ捨てたところだった。七分ほど袖を捲り上げると、手首を気にするように、交互に手で握る。
「その
光輝は無言のまま、〝テンペスト〟の銃口をカラエフに向ける。手首を気にする仕草は、彼が戦闘体勢に入った証であることを知っていたからだ。
「約束は、守られてきた。十五年だ。おれやお前、『強化』や〝ネクスト〟にとっては、大した時間ではない。だが、『
言葉の終わりに、カラエフが右手を振り上げた。光輝はその気配を察して、一瞬前に、元いた瓦礫の上から身を踊らせた。そうでなければ、刹那前まで立っていた巨石の崩壊に、一緒くたに飲み込まれていたはずだ。
光輝は着地ざまに〝テンペスト〟を一射する。二発の五十口径弾の牙がカラエフに向かうが、途中、直進しかしないはずの弾丸が、何かに弾かれるようにして曲がり、カラエフの両脇にある瓦礫の突き刺さった。
わかっていた結果だっただけに、光輝の感情は動かなかった。すぐさま次の瓦礫の影に身を潜める。
「お前の弾丸は、当たらない。それは知っているはずだ。」
カラエフの能力。それを突き崩すのは、一人では難しい。十五年前の〝戦争〟のときもそうだった。
「お前とおれの相性は、最悪だ。」
「わかってるじゃないか。」
応えながら、光輝は瓦礫から飛び出すと、左に持った〝テンペスト〟を連射した。歩いてカラエフとの距離を詰めながら、弾丸を全て吐き出すまで、光輝は引き金を引き続けた。それでも弾丸は、先刻と同じく、見えない何かに弾かれて、カラエフへは届かない。
「無駄なことはしない主義だっただろう、コーキ。」
「そうだな。」
薬室の最後の弾丸が射出され、〝テンペスト〟のスライドが下がりきる。光輝はその〝テンペスト〟を握る手で、自分の白いコートを跳ね上げるように開いた。
〝ネクスト〟専用戦闘装束、それも〝ガンスリンガー〟と呼ばれた光輝に合わせて作られた『
光輝がカラエフに照準し、引き金を引くと、〝テンペスト〟は連続してその牙を吐き出し始めた。初めの数発は先ほどと同じ様に弾かれ、あらぬ方向へと飛んだが、その名の通りの
カラエフがその場を退く。瓦礫の影に逃れると、光輝は引き金から指をセーフティに置いた。
「短機関銃へのモードシフトか。まったく、相性は最悪だな。」
カラエフの姿は見えない。瓦礫の原に声だけが響く。光輝は油断なく『鎧』から伸びた管に接続された〝テンペスト〟を構えた。
「お前の『
『
「手の内はわかっている? それはいつの話だ?」
カラエフの声が瓦礫に反響する。次の瞬間、変化は起こった。
まず、光輝の目の前にあった小さな石の固まりが動いた。次いで道の両脇に屹立した人の背丈ほどの瓦礫が揺れ始め、ついに浮き上がった。
光輝が慌ててその場から飛び退くのと、大小様々な瓦礫が光輝目掛けて殺到したのは、ほとんど同時だった。常人を遥かに越える跳躍で宙に舞った光輝が、自分のいた場所を見下ろすと、もうもうと立ち込める土埃の中に、塵ひとつ近付けずにこちらを見上げるカラエフの姿があった。
電磁的障壁を自身の周囲だけでなく、広範囲に張り巡らすことのできるカラエフは、その力を使って、動かずして周囲のものを動かし、武器に変える。重さも形も関係ない。まさにカラエフそのもののようなインプラントウェポンだった。
しかし、と光輝は崩れた瓦礫を眺める。それがいまの『
「十五年前の認識であれば、それは改めるべきだ、コーキ。おれの『
光輝は着地すると、再び銃口をカラエフに向けた。カラエフはゆっくり歩み寄ってくる。右手の掌を広げて、光輝に向ける。
「さあ、やるか。油断なく。」
言ったカラエフが次の行動を取る前に、光輝が〝テンペスト〟が再び咆哮する。
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